働いたら負けって、もう負けてますわ。 ―お小遣い制侯爵様は、奥様が怖い―』

ふわふわ

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第十三話 減っていくもの

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第十三話 減っていくもの

 ラトゥール侯爵邸の朝は、以前より静かになっていた。

 かつては廊下を行き交う使用人の足音が絶えなかった。食器の音、笑い声、指示を飛ばす声。邸は常に“動いて”いた。

 今は――妙に静まり返っている。

「……少ないな」

 ギヨームは朝食の席で周囲を見回した。

 以前なら、給仕が三人は控えていた。

 今日は一人だけ。

「人手を減らしました」

 向かいに座るヴィオレーヌが淡々と答える。

「人手を減らした?」

「給金の見直しに伴い、必要最小限に」

「勝手にか」

「管理の一環でございます」

 にこやかだが、決定事項。

「これまでが過剰だったのですわ」

 ギヨームはパンを置く。

「ラトゥール家は、格式を重んじる」

「格式は人数ではございません」

「だが、人が減れば見栄えが悪い」

「支払いが滞れば、もっと見栄えが悪うございます」

 即答。

 彼は言葉を詰まらせる。

「旦那様」

 ヴィオレーヌはナプキンを整えながら続ける。

「使用人が減った理由はご存じで?」

「給金の問題だろう」

「それだけではございません」

 視線が上がる。

「信用でございます」

 彼は眉を寄せる。

「使用人も、人でございます。安定した家を選びます」

 安定。

 その言葉は、今のラトゥール家には重い。

「安定は、見せるものではなく、感じさせるものです」

 静かな言葉。

 ギヨームは椅子に深くもたれる。

「私は、何もしていないわけではない」

「存じております」

「夜会も開き、顔も出し、関係を保っている」

「社交は大切でございます」

 だが、と続ける。

「それだけでは足りません」

 その言葉は優しい。

 だが否定だ。

 朝食が終わる。

 彼は書斎へ向かう。

 廊下の空気が広い。

 広すぎる。

 空間が目立つのは、人が減った証だ。

 書斎に入り、机に手を置く。

 豪華な装飾。

 重厚な椅子。

 だが、静かすぎる。

「旦那様」

 執事が控えめに声をかける。

「今月で辞職を希望する者が、あと二名」

「……理由は」

「将来への不安と」

 わずかな間。

「他家からの引き抜きでございます」

 他家。

 つまり、信用のある家。

 ギヨームは無言で頷く。

 止める言葉が見つからない。

 一方。

 ルクセリア公爵邸では、若い従者が新たに採用されていた。

「この家は安心できる」

「支払いが確実だからな」

 そんな会話が交わされる。

 エルミリアは庭を歩きながら、その報告を受ける。

「辞職はございません」

「よろしいですわ」

 小さく頷く。

 信用は、静かに人を集める。

 金だけではない。

 安心。

 それが、家の強さになる。

 夕刻。

 ラトゥール侯爵邸の大広間。

 灯りはともっているが、どこか空虚だ。

 ギヨームは一人、肖像画を見上げる。

「私は、間違っていない」

 呟き。

 だが、声は弱い。

 働いたら負け。

 誇りを守る。

 その考えは変わらない。

 だが現実は、静かに削っていく。

 使用人の数。

 商人の信頼。

 そして――自分の発言力。

 背後で足音がする。

「旦那様」

 ヴィオレーヌだ。

「明日の会合ですが、私が主導いたします」

「……私ではないのか」

「旦那様はお顔を出していただければ十分でございます」

 十分。

 その言葉が刺さる。

 彼は気づき始めている。

 自分の役割が、形だけになりつつあることを。

 減っていくものは、人だけではない。

 権限。

 自由。

 そして誇り。

 月明かりが窓から差し込む。

 広間は静かだ。

 そしてその静けさが、何より雄弁だった。
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