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第六話 破棄された側は、ゆっくりと席を失う
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第六話 破棄された側は、ゆっくりと席を失う
婚約破棄という出来事は、社交界において決して珍しいものではない。
それでも人々が必要以上に騒ぎ立てるのは、その瞬間が劇的だからだ。
だが、本当に致命的なのは、その場面が終わった後に訪れる。
アバンダンティア・コーニュコピアは、そのことをよく理解していた。
噂が沈静化し、誰もが次の話題へ移った頃――
破棄された側は、ゆっくりと、しかし確実に“席”を失っていく。
それは誰かに追い出されるわけでも、露骨に拒絶されるわけでもない。
むしろ、その逆だ。
過剰な配慮。
過度な遠慮。
そして、曖昧な気遣い。
それらが重なった結果、
その人は「そこにいてはいけない存在」へと変えられていく。
午前中、アバンダンティアはとある伯爵夫人主催の茶会に出席していた。
柔らかな香りの紅茶と焼き菓子、穏やかな笑顔。
表向きは、いつもと変わらない社交の場だ。
しかし、ひとつだけ違う点があった。
破棄された令嬢の席が、最初から用意されていなかったのだ。
「今日は、少し人数が少ないのですね」
誰かがそう口にした時、主催者は即座に微笑んで答えた。
「ええ、皆さまお忙しいようで」
その場にいた誰もが、それ以上踏み込まなかった。
問いたださないことが、礼儀だと分かっているからだ。
だが、アバンダンティアには見えていた。
この茶会に呼ばれなかった理由が、
「忙しい」ではないことを。
午後、別の集まりに顔を出すと、そこではより分かりやすい変化が起きていた。
「あの方、最近お姿を見ませんわね」
「ええ……少し、今は難しい時期ですもの」
“難しい時期”。
それは、誰にとっても便利な言葉だ。
同情も、距離も、すべてを曖昧に包み込める。
誰も彼女を責めていない。
だが同時に、誰も彼女を迎え入れようとはしない。
それが、評価が下がった状態だ。
婚約破棄は、本人の価値を即座に否定するものではない。
だが、「安定した存在である」という前提を、静かに壊す。
問題は、何をしたかではない。
何が起きたかでもない。
また何か起きるかもしれない存在として見られてしまうこと。
それだけで、人は無意識に距離を取る。
帰りの馬車の中、アバンダンティアは窓の外を眺めながら考えていた。
破棄された令嬢は、きっと今、強い非難にさらされているわけではない。
むしろ、静かすぎる空気に包まれているだろう。
声をかけられない。
誘われない。
話題にもされない。
それは、社交界において最も残酷な状態だ。
数日後、マーキュリー・ヘルメスと王都の回廊で言葉を交わす機会があった。
互いに立ち止まり、短い沈黙の後、彼が口を開く。
「……動きましたね」
「ええ」
アバンダンティアは静かに頷いた。
「彼女はもう、
“誰かの隣に立つ前提”では扱われていません」
「非があるようには、見えませんでしたが」
「ええ。だからこそ、です」
非が明確であれば、責めれば済む。
距離を取る理由も、正当化できる。
だが、婚約破棄は曖昧だ。
感情と体面が絡み合い、誰も断定できない。
だから人は、最も安全な選択をする。
――関わらない。
「破棄した側は?」
マーキュリーの問いに、アバンダンティアは即答した。
「すでに、次の配置に移行しています」
「早いですね」
「当然ですわ」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「彼は“決断した側”として整理されました。
一方で彼女は、“決断されなかった側”です」
同じ出来事でも、
評価の行き先はまったく違う。
「……残酷ですね」
マーキュリーが低く呟く。
「ええ」
アバンダンティアは否定しなかった。
「ですが、
これは感情の問題ではありません」
社交界は、
安定を好む場所だ。
不確定要素は、
ゆっくりと端へ追いやられる。
それが、誰の悪意でもなく行われるからこそ、
避けようがない。
「ですから」
アバンダンティアは静かに結論を口にした。
「婚約破棄は、
その場の悲劇ではなく、
その後の配置こそが本体です」
マーキュリーは、深く息をついて頷いた。
「……なるほど」
彼女は確信していた。
この流れは、特別なものではない。
繰り返される構造だ。
そして構造であるなら、
次に何が起きるかも、
ある程度は読める。
観覧席は、まだ最前列にある。
だが、ただ眺めているだけの段階は、
そろそろ終わりに近づいていた。
婚約破棄という出来事は、社交界において決して珍しいものではない。
それでも人々が必要以上に騒ぎ立てるのは、その瞬間が劇的だからだ。
だが、本当に致命的なのは、その場面が終わった後に訪れる。
アバンダンティア・コーニュコピアは、そのことをよく理解していた。
噂が沈静化し、誰もが次の話題へ移った頃――
破棄された側は、ゆっくりと、しかし確実に“席”を失っていく。
それは誰かに追い出されるわけでも、露骨に拒絶されるわけでもない。
むしろ、その逆だ。
過剰な配慮。
過度な遠慮。
そして、曖昧な気遣い。
それらが重なった結果、
その人は「そこにいてはいけない存在」へと変えられていく。
午前中、アバンダンティアはとある伯爵夫人主催の茶会に出席していた。
柔らかな香りの紅茶と焼き菓子、穏やかな笑顔。
表向きは、いつもと変わらない社交の場だ。
しかし、ひとつだけ違う点があった。
破棄された令嬢の席が、最初から用意されていなかったのだ。
「今日は、少し人数が少ないのですね」
誰かがそう口にした時、主催者は即座に微笑んで答えた。
「ええ、皆さまお忙しいようで」
その場にいた誰もが、それ以上踏み込まなかった。
問いたださないことが、礼儀だと分かっているからだ。
だが、アバンダンティアには見えていた。
この茶会に呼ばれなかった理由が、
「忙しい」ではないことを。
午後、別の集まりに顔を出すと、そこではより分かりやすい変化が起きていた。
「あの方、最近お姿を見ませんわね」
「ええ……少し、今は難しい時期ですもの」
“難しい時期”。
それは、誰にとっても便利な言葉だ。
同情も、距離も、すべてを曖昧に包み込める。
誰も彼女を責めていない。
だが同時に、誰も彼女を迎え入れようとはしない。
それが、評価が下がった状態だ。
婚約破棄は、本人の価値を即座に否定するものではない。
だが、「安定した存在である」という前提を、静かに壊す。
問題は、何をしたかではない。
何が起きたかでもない。
また何か起きるかもしれない存在として見られてしまうこと。
それだけで、人は無意識に距離を取る。
帰りの馬車の中、アバンダンティアは窓の外を眺めながら考えていた。
破棄された令嬢は、きっと今、強い非難にさらされているわけではない。
むしろ、静かすぎる空気に包まれているだろう。
声をかけられない。
誘われない。
話題にもされない。
それは、社交界において最も残酷な状態だ。
数日後、マーキュリー・ヘルメスと王都の回廊で言葉を交わす機会があった。
互いに立ち止まり、短い沈黙の後、彼が口を開く。
「……動きましたね」
「ええ」
アバンダンティアは静かに頷いた。
「彼女はもう、
“誰かの隣に立つ前提”では扱われていません」
「非があるようには、見えませんでしたが」
「ええ。だからこそ、です」
非が明確であれば、責めれば済む。
距離を取る理由も、正当化できる。
だが、婚約破棄は曖昧だ。
感情と体面が絡み合い、誰も断定できない。
だから人は、最も安全な選択をする。
――関わらない。
「破棄した側は?」
マーキュリーの問いに、アバンダンティアは即答した。
「すでに、次の配置に移行しています」
「早いですね」
「当然ですわ」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「彼は“決断した側”として整理されました。
一方で彼女は、“決断されなかった側”です」
同じ出来事でも、
評価の行き先はまったく違う。
「……残酷ですね」
マーキュリーが低く呟く。
「ええ」
アバンダンティアは否定しなかった。
「ですが、
これは感情の問題ではありません」
社交界は、
安定を好む場所だ。
不確定要素は、
ゆっくりと端へ追いやられる。
それが、誰の悪意でもなく行われるからこそ、
避けようがない。
「ですから」
アバンダンティアは静かに結論を口にした。
「婚約破棄は、
その場の悲劇ではなく、
その後の配置こそが本体です」
マーキュリーは、深く息をついて頷いた。
「……なるほど」
彼女は確信していた。
この流れは、特別なものではない。
繰り返される構造だ。
そして構造であるなら、
次に何が起きるかも、
ある程度は読める。
観覧席は、まだ最前列にある。
だが、ただ眺めているだけの段階は、
そろそろ終わりに近づいていた。
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