婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第十二話 観覧のための同行

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第十二話 観覧のための同行

 同行を決めたあと、二人の間に特別な高揚感は生まれなかった。
 それは当然だった。
 感情の共有ではなく、条件の整理が終わっただけだからだ。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、書斎で招待状を改めて確認していた。
 紙面に記された舞踏会の概要、主催家の名、開催日時、そして同伴者の欄。
 すでに頭では理解していた内容だが、目で追うことで配置を確定させる。

「……同行、ですわね」

 呟きは独り言に近い。
 だが、その言葉には迷いがなかった。

 婚約者でもない。
 家族でもない。
 それでも不自然ではなく、場に溶け込める関係。

 その条件を満たす相手は、現状ではマーキュリー・ヘルメスしかいない。

 同じ頃、マーキュリーもまた、自室で同じ結論に至っていた。
 彼にとっても、この選択は感情的なものではない。

 むしろ、極めて合理的だった。

 単独での参加は不可能。
 家族同伴では、舞踏会の性質と合わない。
 婚約者として参加するほどの関係性も、現時点では不要。

 ならば、答えはひとつしかない。

 数日後、二人は正式な確認のために再び顔を合わせた。
 場所は王都の静かな応接室。
 誰の目にも触れにくく、それでいて不自然ではない場所だ。

「では、確認を」

 アバンダンティアが切り出す。

「今回の舞踏会には、
 同行という形で参加します」

「ええ」

 マーキュリーは頷いた。

「目的は観覧。
 当事者になるためではありません」

「当然ですわ」

 彼女は即座に答える。

「私たちは、
 あくまで“配置された観測者”です」

 その言葉に、マーキュリーは小さく息をついた。

「……不思議ですね」

「何がです?」

「この話をしていて、
 誰よりも冷静なのが、
 あなたであることが」

 アバンダンティアは、わずかに首を傾げる。

「冷静でなければ、
 観られませんもの」

 観測とは、距離を保つことだ。
 近づきすぎれば当事者になり、
 離れすぎれば構造が見えなくなる。

「……同行という形は」

 マーキュリーが続ける。

「周囲には、
 どう見えるでしょうか」

「噂になるでしょうね」

 アバンダンティアは、あっさりと答えた。

「ですが、それで構いません」

「構わない?」

「ええ。
 噂は、
 観測の妨げにはなりません」

 むしろ、噂が立つことで、
 二人の配置はより自然になる。

 “息の合う二人”。
 “よく一緒にいる伯爵家同士”。

 それ以上でも、それ以下でもない。

「……線引きは」

 マーキュリーが確認する。

「明確にしておきましょう」

「もちろんですわ」

 アバンダンティアは、落ち着いた声で答える。

「舞踏会の間のみ。
 役割はパートナー。
 それ以上の意味は持たせない」

 ダンスも、会話も、立ち位置も、
 すべては配置として最適化する。

「感情は?」

「必要ありません」

 即答だった。

 マーキュリーは、その答えに一瞬だけ苦笑した。

「……分かりました。
 完全に利害一致ですね」

「ええ」

 アバンダンティアは頷く。

「目的は同じですもの」

 婚約破棄が起きそうな舞踏会。
 その構造を、最前列で観ること。

 それだけだ。

「……ですが」

 マーキュリーは、ふと視線を逸らして言う。

「周囲は、
 そうは見ないでしょう」

「承知しています」

 アバンダンティアの声は静かだった。

「ですが、
 周囲がどう誤解しようと、
 私たちの目的は変わりません」

 誤解は、構造の一部だ。
 それもまた、観測対象になる。

 話し合いは、それ以上必要なかった。
 条件は揃い、役割は定まった。

 二人は立ち上がり、形式的な挨拶を交わす。

「当日は」

 マーキュリーが言う。

「最前列を、
 確保しましょう」

「ええ」

 アバンダンティアは微笑んだ。

「観覧席は、
 選んで座るものですもの」

 応接室を出たあと、彼女はひとりで歩きながら考える。

 同行。
 それは、一見すると小さな一歩だ。

 だが、社交界においては、
 誰と並んで立つかは、
 そのまま評価に直結する。

 観測のためとはいえ、
 完全に無関係ではいられない。

「……当事者になる一歩手前、ですわね」

 そう自覚したうえで、
 彼女は足を止めなかった。

 次の舞踏会は、
 ただの再現ではない。

 今回は――
 意図して選ばれた観覧だ。

 そして、
 その席には、
 二人分の役割が、
 すでに用意されている。
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