婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第十三話 完成しすぎたパートナー

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第十三話 完成しすぎたパートナー

 舞踏会当日、王都は朝から落ち着かない空気に包まれていた。
 天候は穏やかで、雲ひとつない。
 それがかえって、人々の視線を内側へ向けさせている。

 何かが起きる日だと、誰もが無意識に感じ取っていた。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、支度を整えながら鏡の中の自分を見つめていた。
 華美ではない。
 だが、曖昧さもない。

 立場が一目で分かる装い。
 派手すぎず、控えすぎず。
 そして何より、「隣に誰が立っても破綻しない」配置を前提とした選択。

「……十分ですわね」

 感想はそれだけだった。

 屋敷の正面に馬車が止まり、マーキュリー・ヘルメスが姿を現した。
 時間ぴったり。
 遅すぎず、早すぎず。

 それだけで、今日の同行が感情ではなく、計算の上に成り立っていることが分かる。

「失礼します」

「ええ。問題ありません」

 挨拶は簡潔だった。
 余計な言葉はない。
 だが、視線と間合いだけで、互いの状態は十分に把握できる。

 馬車に並んで座った瞬間、アバンダンティアは内心でひとつ確認した。

 ――違和感が、ない。

 それは重要なことだった。

 社交界では、どれほど相性が良く見えても、
 並んだ瞬間に歪みが生じる組み合わせがある。

 姿勢。
 呼吸。
 沈黙の扱い方。

 そのどれかが噛み合わなければ、周囲はすぐに気づく。

 だが、マーキュリーとの間には、それがなかった。

「……静かですね」

 馬車の中で、彼が言った。

「ええ」

 アバンダンティアは頷く。

「皆さま、準備中ですわ」

 噂はすでに回っている。
 だが、確信はまだない。

 だからこそ、人は言葉を控え、視線だけを動かす。

 会場に到着した瞬間、空気が変わった。
 視線が集まり、次に流れる。

 一瞥。
 二瞥。
 そして、理解。

 この二人は、自然だ。

 アバンダンティアは、それを肌で感じ取る。

 マーキュリーと並んで歩くことで、
 自分の配置が、より明確になっている。

 未婚の令嬢。
 だが、単独ではない。
 曖昧な関係でもない。

 説明を必要としない位置。

「……完成度が高すぎますね」

 マーキュリーが、周囲に聞こえない声で言った。

「そうでしょうか」

「ええ。
 観覧のためとは思われない」

 アバンダンティアは、わずかに口角を上げた。

「それでいいのですわ」

 観覧席に座るためには、
 観覧者に見えてはいけない。

 舞踏会が始まり、音楽が流れ、人々が動き出す。
 二人は、自然な流れで中央近くへ配置された。

 目立ちすぎない。
 だが、端でもない。

 最前列に近い、理想的な位置だ。

 数人が声をかけてくる。

「ご一緒でしたのね」

「最近、よくお見かけしますわ」

 どれも軽い挨拶だ。
 探る意図はあっても、踏み込む気配はない。

 それ自体が、評価だった。

 ダンスの誘いも、自然に舞い込む。
 断る理由はない。

 音楽に合わせ、二人は無言で動いた。
 特別な呼吸合わせはしていない。
 それでも、動きが乱れない。

 アバンダンティアは、内心で少しだけ驚いていた。

 観測者としての相性が良いのは理解していた。
 だが、身体的な配置までここまで一致するとは思っていなかった。

「……周囲の視線が」

 ダンスの合間に、マーキュリーが低く言う。

「集まっています」

「ええ」

 アバンダンティアは即座に答えた。

「理由は、簡単ですわ」

「完成しすぎている?」

「そうです」

 不自然ではない。
 だが、偶然とも思えない。

 その微妙な差が、好奇心を刺激する。

 舞踏会の空気が、少しずつ張り詰めていく。
 中心では笑顔が交わされ、周縁では沈黙が増えていく。

 アバンダンティアは、確信した。

 今日の舞台は、すでに整っている。

 観覧席は、確保された。
 視線も、集まりつつある。

 そして何より――
 隣に立つ相手が、完璧すぎる。

 それが、この舞踏会を、
 単なる再現では終わらせない。

 彼女は、静かに次を待った。

 起きるべき事象は、
 すでに時間の問題になっている。
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