16 / 40
第十六話 偶然ではないと知る夜
しおりを挟む
第十六話 偶然ではないと知る夜
舞踏会は、何事もなかったかのように続いていた。
音楽は滑らかに再開され、
給仕たちは完璧な間合いでグラスを配り、
人々は再び笑顔を貼りつけて会話を始める。
だが、それは「元に戻った」のではない。
一段階、更新されただけだ。
アバンダンティア・コーニュコピアは、その違いをはっきりと認識していた。
視線の動きが変わっている。
会話の組み合わせが変わっている。
さきほどまで隣にいた相手が、もうそこにいない。
婚約破棄とは、破壊ではない。
再配置だ。
「……見事ですね」
マーキュリー・ヘルメスが、低い声で言った。
称賛でも、感嘆でもない。
事実確認に近い響きだった。
「ええ」
アバンダンティアは静かに答える。
「これほど綺麗に流れるとは、正直思っていませんでした」
「流れた、という表現が適切ですね」
マーキュリーはグラスを傾けながら、フロア全体を見渡す。
「誰も取り乱さない。
誰も責任を取らない。
それでいて、全員が次の行動を選んでいる」
「選ばされている、とも言えますわ」
「ええ。ですが――」
彼は一拍、間を置いた。
「それが“場”というものですから」
アバンダンティアは、わずかに口元を緩めた。
同じ言葉を使わなくても、
同じ構造を見ていると分かる。
二人は、再びダンスの輪に加わることはしなかった。
今は、動く必要がない。
最も価値のある情報は、
動かない場所に集まってくる。
案の定、
数人の貴族が遠回しに近づき、
探るような視線を向けてくる。
だが、誰も声はかけない。
今はまだ、
「話す価値がある人物」かどうか、
測っている段階だ。
「……噂の回り方も、想定通りですね」
マーキュリーが言う。
「早いですが、方向が限定されています」
「主語が曖昧だからですわ」
アバンダンティアは即答した。
「誰が悪い、ではなく
“そうなった”という語りに変換されています」
「つまり」
「誰も責任を負わずに済む」
マーキュリーは、静かに頷いた。
「これは……偶然ではありませんね」
その言葉は、先ほどよりも重かった。
確認ではない。
結論だ。
「ええ」
アバンダンティアは、迷いなく答える。
「偶然であれば、
二度続きません」
二人は、ほぼ同時に視線を合わせた。
今日の舞踏会。
前回の舞踏会。
どちらも、予兆があり、配置があり、圧があり、
そして――結果があった。
「我々は」
マーキュリーが言葉を選びながら続ける。
「未来を当てているわけではない」
「ええ」
「条件を見て、
起きる場所を選んでいるだけだ」
「正確には」
アバンダンティアは、淡々と補足する。
「起きても問題にならない場所、ですわ」
マーキュリーは、短く息を吐いた。
「……なるほど」
それは、納得の息だった。
理解した瞬間、
彼の視線が変わった。
興味ではない。
警戒でもない。
対等な確認。
「アバンダンティア嬢」
「はい」
「あなたは――」
彼は一瞬、言葉を止めた。
「観客でいるつもりですか?」
アバンダンティアは、即答しなかった。
グラスを置き、
フロアを一度、ゆっくりと見渡す。
すでに、次の動きが始まっている。
次の縁談。
次の噂。
次の破棄。
「今は、まだ」
そう前置きしてから、彼女は答えた。
「観覧席が、
一番安全ですわ」
マーキュリーは、小さく笑った。
「同感です」
だが、その笑みには、
わずかな期待が混じっていた。
アバンダンティアは、それを見逃さない。
観察者同士が、
同じ場所に立ち続けられる時間は、
そう長くない。
いずれ、
どちらかが
当事者になる。
その時が来たら、
観覧席は、
もう存在しない。
舞踏会の灯りは、まだ明るい。
だが、
二人の間には、
確かな次章への扉が開き始めていた。
舞踏会は、何事もなかったかのように続いていた。
音楽は滑らかに再開され、
給仕たちは完璧な間合いでグラスを配り、
人々は再び笑顔を貼りつけて会話を始める。
だが、それは「元に戻った」のではない。
一段階、更新されただけだ。
アバンダンティア・コーニュコピアは、その違いをはっきりと認識していた。
視線の動きが変わっている。
会話の組み合わせが変わっている。
さきほどまで隣にいた相手が、もうそこにいない。
婚約破棄とは、破壊ではない。
再配置だ。
「……見事ですね」
マーキュリー・ヘルメスが、低い声で言った。
称賛でも、感嘆でもない。
事実確認に近い響きだった。
「ええ」
アバンダンティアは静かに答える。
「これほど綺麗に流れるとは、正直思っていませんでした」
「流れた、という表現が適切ですね」
マーキュリーはグラスを傾けながら、フロア全体を見渡す。
「誰も取り乱さない。
誰も責任を取らない。
それでいて、全員が次の行動を選んでいる」
「選ばされている、とも言えますわ」
「ええ。ですが――」
彼は一拍、間を置いた。
「それが“場”というものですから」
アバンダンティアは、わずかに口元を緩めた。
同じ言葉を使わなくても、
同じ構造を見ていると分かる。
二人は、再びダンスの輪に加わることはしなかった。
今は、動く必要がない。
最も価値のある情報は、
動かない場所に集まってくる。
案の定、
数人の貴族が遠回しに近づき、
探るような視線を向けてくる。
だが、誰も声はかけない。
今はまだ、
「話す価値がある人物」かどうか、
測っている段階だ。
「……噂の回り方も、想定通りですね」
マーキュリーが言う。
「早いですが、方向が限定されています」
「主語が曖昧だからですわ」
アバンダンティアは即答した。
「誰が悪い、ではなく
“そうなった”という語りに変換されています」
「つまり」
「誰も責任を負わずに済む」
マーキュリーは、静かに頷いた。
「これは……偶然ではありませんね」
その言葉は、先ほどよりも重かった。
確認ではない。
結論だ。
「ええ」
アバンダンティアは、迷いなく答える。
「偶然であれば、
二度続きません」
二人は、ほぼ同時に視線を合わせた。
今日の舞踏会。
前回の舞踏会。
どちらも、予兆があり、配置があり、圧があり、
そして――結果があった。
「我々は」
マーキュリーが言葉を選びながら続ける。
「未来を当てているわけではない」
「ええ」
「条件を見て、
起きる場所を選んでいるだけだ」
「正確には」
アバンダンティアは、淡々と補足する。
「起きても問題にならない場所、ですわ」
マーキュリーは、短く息を吐いた。
「……なるほど」
それは、納得の息だった。
理解した瞬間、
彼の視線が変わった。
興味ではない。
警戒でもない。
対等な確認。
「アバンダンティア嬢」
「はい」
「あなたは――」
彼は一瞬、言葉を止めた。
「観客でいるつもりですか?」
アバンダンティアは、即答しなかった。
グラスを置き、
フロアを一度、ゆっくりと見渡す。
すでに、次の動きが始まっている。
次の縁談。
次の噂。
次の破棄。
「今は、まだ」
そう前置きしてから、彼女は答えた。
「観覧席が、
一番安全ですわ」
マーキュリーは、小さく笑った。
「同感です」
だが、その笑みには、
わずかな期待が混じっていた。
アバンダンティアは、それを見逃さない。
観察者同士が、
同じ場所に立ち続けられる時間は、
そう長くない。
いずれ、
どちらかが
当事者になる。
その時が来たら、
観覧席は、
もう存在しない。
舞踏会の灯りは、まだ明るい。
だが、
二人の間には、
確かな次章への扉が開き始めていた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~
村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。
だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。
私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。
……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。
しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。
えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた?
いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?
ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」
華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。
目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。
──あら、デジャヴ?
「……なるほど」
【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~
猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」
王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。
王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。
しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。
迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。
かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。
故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり──
“冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。
皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。
冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」
一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。
追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、
ようやく正当に愛され、報われる物語。
※「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる