婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

文字の大きさ
17 / 40

第十七話 息の合う二人

しおりを挟む
第十七話 息の合う二人

 王都の社交界は、噂を食べて生きている。

 しかもその噂は、事実よりも「印象」を好む。
 何が起きたかより、どう見えたか。
 誰が正しいかより、誰が映えたか。

 そして今、王都で最も“映えている”二人は、間違いなく――
 アバンダンティア・コーニュコピアと、マーキュリー・ヘルメスだった。

 先日の舞踏会以降、二人の名はセットで囁かれるようになった。

「破棄の場に、あの二人がいたでしょう?」
「ええ、しかも直前から並んでいたとか」
「偶然とは思えませんわね」
「まあ……息が合っていること」

 その評価は、好意でも嫉妬でもなく、
 観測結果に近い。

 誰かが意図的に広めた噂ではない。
 だが、否定もされない。

 それが、最も長く残る形だった。

 アバンダンティアは、その流れを把握していた。

 コーニュコピア伯爵家の応接室。
 午後の柔らかな光の中で、彼女は紅茶を一口含む。

 執事から渡された書簡の束には、
 例の舞踏会以降に届いた招待状や問い合わせが混じっていた。

「増えましたわね」

 ぽつりと漏らす。

 直接的な縁談ではない。
 だが、顔を出してほしいという催しが増えている。

 それはつまり、
 「見極めたい」という意思表示だ。

 アバンダンティアは、その手の視線に慣れていた。

 だが今回は、
 自分一人ではない。

 数日後、別の茶会。

 招かれた先で、彼女は自然な流れでマーキュリーと再会した。

「奇遇ですね」

 彼は穏やかな声でそう言い、
 すでに用意された席に視線を向ける。

 二人分の席が、隣同士。

 不自然ではない。
 だが、偶然とも言い切れない配置。

「偶然でしょうか」

 アバンダンティアが言うと、
 マーキュリーはわずかに笑った。

「主催者の期待、でしょうね」

 周囲の貴族たちは、
 二人を並べたことで満足したようだった。

 会話は弾み、
 空気は和らぎ、
 何より――場が安定する。

 二人は、騒がない。
 煽らない。
 だが、空気を読む速度が同じだ。

 その安心感は、社交の場では非常に価値が高い。

「……不思議ですわ」

 茶会の途中、アバンダンティアが静かに言った。

「わたくしたち、何もしていませんのに」

「ええ」

 マーキュリーも同意する。

「ですが、“何も起こさない”というのは、
 案外、難しいことです」

 確かにそうだ。

 目立つことをしなくても、
 目立たないこと自体が、
 評価になる場がある。

 二人は、視線を交わす。

 確認でも、同意でもない。
 ただの事実共有。

 その様子を、周囲はしっかりと見ていた。

 数日後。

 王都の別の邸で、
 またしても二人は同席することになる。

 そしてその頃から、噂の質が変わり始めた。

「仲が良い、ではなく……」
「相性が良い、でもなく……」
「“息が合う”ですって」

 それは、感情を含まない言葉だ。

 恋情でも、情熱でもない。
 だが、信頼の前段階としては、十分すぎる。

 アバンダンティアは、その変化を冷静に受け止めていた。

 予測できる。
 理解できる。
 だが――

(ここから先は)

 ほんのわずか、思考が遅れる。

(観客のままでいられるかしら)

 マーキュリーは、観察者としては同類だ。

 視点が似ている。
 速度が合う。
 無駄な説明がいらない。

 だが、それは――
 当事者になった時も、同じとは限らない。

 彼女は、その可能性をまだ口にしない。

 今はまだ、
 噂は噂のまま。
 二人は、息の合う観客。

 けれど社交界は、
 観客が長く席に留まることを、
 決して許さない。

 次に動くのは、
 誰なのか。

 その問いが、
 静かに、確実に、
 アバンダンティアの前に置かれ始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

王命により、婚約破棄されました。

緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。 そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。 シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。 ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。 それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。 それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。 なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた―― ☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆ ☆全文字はだいたい14万文字になっています☆ ☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆

えっ「可愛いだけの無能な妹」って私のことですか?~自業自得で追放されたお姉様が戻ってきました。この人ぜんぜん反省してないんですけど~

村咲
恋愛
ずっと、国のために尽くしてきた。聖女として、王太子の婚約者として、ただ一人でこの国にはびこる瘴気を浄化してきた。 だけど国の人々も婚約者も、私ではなく妹を選んだ。瘴気を浄化する力もない、可愛いだけの無能な妹を。 私がいなくなればこの国は瘴気に覆いつくされ、荒れ果てた不毛の地となるとも知らず。 ……と思い込む、国外追放されたお姉様が戻ってきた。 しかも、なにを血迷ったか隣国の皇子なんてものまで引き連れて。 えっ、私が王太子殿下や国の人たちを誘惑した? 嘘でお姉様の悪評を立てた? いやいや、悪評が立ったのも追放されたのも、全部あなたの自業自得ですからね?

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

婚約破棄されたので、前世の知識で無双しますね?

ほーみ
恋愛
「……よって、君との婚約は破棄させてもらう!」  華やかな舞踏会の最中、婚約者である王太子アルベルト様が高らかに宣言した。  目の前には、涙ぐみながら私を見つめる金髪碧眼の美しい令嬢。確か侯爵家の三女、リリア・フォン・クラウゼルだったかしら。  ──あら、デジャヴ? 「……なるほど」

【完結】離縁王妃アデリアは故郷で聖姫と崇められています ~冤罪で捨てられた王妃、地元に戻ったら領民に愛され「聖姫」と呼ばれていました~

猫燕
恋愛
「――そなたとの婚姻を破棄する。即刻、王宮を去れ」 王妃としての5年間、私はただ国を支えていただけだった。 王妃アデリアは、側妃ラウラの嘘と王の独断により、「毒を盛った」という冤罪で突然の離縁を言い渡された。「ただちに城を去れ」と宣告されたアデリアは静かに王宮を去り、生まれ故郷・ターヴァへと向かう。 しかし、領地の国境を越えた彼女を待っていたのは、驚くべき光景だった。 迎えに来たのは何百もの領民、兄、彼女の帰還に歓喜する侍女たち。 かつて王宮で軽んじられ続けたアデリアの政策は、故郷では“奇跡”として受け継がれ、領地を繁栄へ導いていたのだ。実際は薬学・医療・農政・内政の天才で、治癒魔法まで操る超有能王妃だった。 故郷の温かさに癒やされ、彼女の有能さが改めて証明されると、その評判は瞬く間に近隣諸国へ広がり── “冷徹の皇帝”と恐れられる隣国の若き皇帝・カリオンが現れる。 皇帝は彼女の才覚と優しさに心を奪われ、「私はあなたを守りたい」と静かに誓う。 冷徹と恐れられる彼が、なぜかターヴァ領に何度も通うようになり――「君の価値を、誰よりも私が知っている」「アデリア・ターヴァ。君の全てを、私のものにしたい」 一方その頃――アデリアを失った王国は急速に荒れ、疫病、飢饉、魔物被害が連鎖し、内政は崩壊。国王はようやく“失ったものの価値”を理解し始めるが、もう遅い。 追放された王妃は、故郷で神と崇められ、最強の溺愛皇帝に娶られる!「あなたが望むなら、帝国も全部君のものだ」――これは、誰からも理解されなかった“本物の聖女”が、 ようやく正当に愛され、報われる物語。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...