婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第十八話 持ち上がる縁談

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第十八話 持ち上がる縁談

 縁談というものは、前触れもなく降ってくるわけではない。
 必ず、兆しがある。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、その兆しを見逃すほど鈍くはなかった。

 朝の執務机に並べられた書簡の量が、ここ数日で明らかに増えている。
 しかも内容は、以前とは微妙に違っていた。

 舞踏会の招待状ではない。
 茶会の誘いでもない。
 文面はどれも丁寧で、直接的な言葉を避けながら、しかしはっきりと「個人的なご挨拶」を求めている。

「……なるほど」

 アバンダンティアは一通一通に目を通し、同じ結論に辿り着いた。

 これは前段階だ。
 値踏みの準備。

 相手はまだ名乗らない。
 だが、こちらの反応次第で、次の手を決めるつもりなのだろう。

 彼女は、手紙を几帳面に分類していく。

 家同士のつながりを探るもの。
 本人の性格を測ろうとするもの。
 そして――明らかに、噂を裏取りしようとするもの。

(「息の合う二人」という評価が、効いていますわね)

 自分ひとりが目立つのなら、ここまで露骨にはならない。
 だが、誰かと並んで“安定した存在”として見られると、話は変わる。

 家は、安心できる相手を求める。
 個人ではなく、配置として。

 その日の午後、伯爵家の応接室に、叔母が訪れた。

 社交界に顔が利く人物で、
 しかも噂話を“整理して持ってくる”稀有な存在だ。

「最近、お忙しそうね」

「ええ。観察対象が増えましたの」

 アバンダンティアの返答に、叔母は苦笑する。

「相変わらずね。……それで」

 彼女は紅茶を口にし、何気ない調子で続けた。

「あなたに、正式な縁談の打診が来ているわ」

 来たか、と内心で思う。

 だが、表情は変えない。

「複数、ですか?」

「ええ。まだ名前は伏せられているけれど」

 叔母は視線を落とし、言葉を選んだ。

「今回の特徴はね、“急いでいない”ことよ」

 アバンダンティアは、その意味を即座に理解する。

 急がない縁談ほど、厄介なものはない。
 焦らせず、逃がさず、
 選択肢を削っていく。

「わたくし、まだ何も表明していませんのに」

「だからよ」

 叔母は静かに言った。

「あなたが、どこまで動くかを見ている」

 その夜、アバンダンティアは一人、書斎で考える。

 縁談は、拒めば終わるものではない。
 むしろ拒んだ瞬間から、別の評価が始まる。

 そして、
 今の自分に付いている評価は――

(観察者。安定。冷静。扱いやすい)

 どれも、悪くはない。
 だが、自分で選んだものでもない。

 数日後、再び茶会の席。

 いつものように、
 自然な流れでマーキュリー・ヘルメスと同席する。

「最近、妙に視線を感じませんか」

 彼が、控えめに切り出した。

「ええ。測られていますわ」

「同じくです」

 二人は、視線を合わせる。

 言葉にしなくても、
 状況は共有できた。

「あなたにも、来ていますか」

「縁談の前段階が。ええ」

 マーキュリーは、苦笑とも取れる表情を浮かべる。

「奇妙ですね。
 我々は何も約束していないのに」

「だからこそ、ですわ」

 アバンダンティアは、淡々と答える。

「“約束していない二人”が、
 これほど安定して並んでいるのは、
 社交界にとって都合が悪い」

 曖昧な状態は、早く確定させたい。
 白か黒か。
 味方か他人か。

 マーキュリーは、しばし考え込む。

「……当事者に、引きずり出され始めた、ということでしょうか」

「ええ」

 その言葉を認めた瞬間、
 アバンダンティアは小さく息を吐いた。

 観覧席は、
 少しずつ、狭くなっている。

 その夜、彼女のもとに一通の書簡が届いた。

 今度は、回りくどさのない文面。

 差出人は伏せられているが、
 仲介役の名は、よく知っている人物だった。

 要件は、明確だ。

 正式な縁談の打診。

 アバンダンティアは、静かに目を閉じる。

(さて)

 これは、避けられない流れだ。
 だが、
 受け身で飲み込む必要はない。

 誰と、
 どの立場で、
 どの席に座るのか。

 それを決める権利は、
 まだ――自分にある。

 彼女は、ゆっくりと書簡を折りたたんだ。

 観客でいる時間は、
 確実に、終わりに近づいている。

 次に選ぶのは、
 どの形で当事者になるか。

 その問いが、
 初めて現実的な重さをもって、
 彼女の前に置かれていた。
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