婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第二十一話 条件の確認

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第二十一話 条件の確認

 条件確認という言葉ほど、婚約という制度に相応しいものはない。

 愛情。
 情熱。
 運命。

 そうした言葉は、後からでも付け足せる。
 だが、条件は最初に確認しなければならない。

 アバンダンティア・コーニュコピアとマーキュリー・ヘルメスは、その点において、驚くほど同じ感覚を持っていた。

 再会から数日後。
 場所は王都でも格式があり、しかし密談に向いた小さな応接室。

 家同士の正式な場ではない。
 だが、遊びでもない。

 互いに「確認する意思」を持って設けられた席だった。

「まず、前提を揃えましょう」

 マーキュリーが口を開く。

 声は落ち着いており、緊張も気負いもない。

「この縁談は、恋愛を前提としたものではありません」

「ええ」

 アバンダンティアは即座に頷いた。

「少なくとも、現時点では」

 確認に、感情は混ざらない。

 それだけで、会話の質は大きく変わる。

「目的は、家同士の安定と、社交界における配置の確定」

「それにより、不必要な干渉や噂を減らす」

「ええ」

 二人の言葉は、噛み合いすぎるほど噛み合っていた。

 まるで、事前に打ち合わせをしてきたかのように。

 だが実際は、そうではない。
 視点が同じだけだ。

「次に、生活について」

 マーキュリーは、用意してきた覚書に目を落とす。

「婚約後も、互いの行動は基本的に干渉しない」

「賛成ですわ」

 アバンダンティアは、少しも迷わず答えた。

「過度な同席や同行は、必要ありません」

「社交の場では?」

「必要な場合のみ」

 彼女は、淡々と続ける。

「互いの評価を下げない範囲で」

「合理的ですね」

「ええ」

 婚約者としての役割を、
 感情ではなく機能で定義する。

 それは、冷たいと評されるかもしれない。
 だが、少なくとも曖昧ではない。

「感情については?」

 マーキュリーが、少しだけ間を置いて尋ねた。

「……育てる努力は、必要ですか」

 その問いは、慎重だった。

 アバンダンティアは、一拍置いてから答える。

「義務ではありません」

 はっきりと。

「ですが、拒否もしません」

 それは、逃げではない。
 正確な線引きだ。

「自然に生じるものなら、否定しない。
 ですが、求められて作るものではありませんわ」

 マーキュリーは、その答えを噛みしめるように頷いた。

「私も、同意します」

 少しだけ、肩の力が抜けたように見えた。

「正直に言えば、
 期待される“情熱的な婚約”には、
 あまり自信がありません」

「奇遇ですわ」

 アバンダンティアは、口元をわずかに緩める。

「わたくしも同じです」

 二人の間に、短い沈黙が落ちる。

 だがそれは、気まずさではない。
 むしろ、安心に近い。

「最後に」

 マーキュリーは、少し姿勢を正した。

「もし、どちらかがこの関係に
 明確な不満を抱いた場合」

「はい」

「話し合いを経て、
 解消も選択肢に含める」

 その言葉は、重かった。

 だが、逃げ道ではない。

 保険だ。

「ええ」

 アバンダンティアは、静かに頷く。

「無理に続ける理由は、ありませんもの」

 その言葉を聞いた瞬間、
 マーキュリーの表情に、ほんのわずかな安堵が浮かんだ。

 それを、彼女は見逃さない。

(……この人は)

 内心で、冷静に分析する。

(観察者ではあるけれど、
 完全に割り切れているわけではない)

 だからこそ、条件を求める。
 だからこそ、確認を怠らない。

「以上が、私の考えです」

 マーキュリーが言う。

「異論は?」

「ありません」

 アバンダンティアは即答した。

「むしろ、想定していたより整っていますわ」

「それは、光栄です」

 二人は、静かに立ち上がる。

 この場で契約書に署名するわけではない。
 だが、方向性は固まった。

 感情ではなく、
 合理性による合意。

 それは、社交界が最も好む形でもある。

(……これで)

 アバンダンティアは、心の中で呟く。

(“理想的な婚約”が、完成する)

 少なくとも、
 外から見れば。

 だが彼女は、知っている。

 理想的であることと、
 無理が生じないことは、
 必ずしも一致しない。

 この条件確認は、
 安定の始まりであると同時に――
 後のズレの種でもある。

 そのことを、
 二人とも、まだ言葉にはしなかった。

 けれど、
 理解は、すでに共有されていた。
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