婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第四十話(エピローグ) 他人事なら遠慮もありますが、自分のことなら、遠慮なくお金が取れますわ

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第四十話(エピローグ) 他人事なら遠慮もありますが、自分のことなら、遠慮なくお金が取れますわ

 一週間後。
 王都の空気は、明らかに変わっていた。

 噂は、熟成する。
 急げば雑音になり、放置すれば腐る。
 だが、適切な時間と環境を与えれば、価値に変わる。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、そのことをよく理解していた。

 会場は、前回の舞踏会よりも格式の高い場所が選ばれている。
 出席者も限定され、名目は「説明会」。
 だが誰もが知っている。

 ――これは、婚約破棄の最終局面だ。

 そして同時に、
 最も洗練された見世物でもあった。

 列席者は、静かだった。
 騒がない。笑わない。
 だが、視線の熱量は前回以上だ。

 アバンダンティアは、主催者席に立つ。

 壇上に立っているのは彼女だが、
 主役の席は、もう一つ用意されている。

 マーキュリー・ヘルメス。

 彼は、逃げなかった。
 それだけで、彼は最低限の資格を保っている。

(そこは、評価して差し上げましょう)

 アバンダンティアは、ゆっくりと口を開いた。

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 声は穏やかで、よく通る。
 感情を煽る調子ではない。

「本日の目的は、一つです」

 一拍、置く。

「憶測ではなく、
 整理された事実として、
 この婚約の結末を提示すること」

 誰かが息を飲む。

 彼女は続ける。

「まず前提として申し上げます」

 書類を手に取る。

「本婚約は、両家合意のもと、
 合理的判断に基づいて成立しました」

「感情的な欺瞞も、
 一方的な強制もありません」

 これは、免責だ。
 そして同時に、舞台装置の解体。

「次に」

 彼女は視線を上げる。

「この婚約は、
 価値観の差異により、
 継続が困難となりました」

 ざわめきはない。
 すでに、皆が知っているからだ。

 マーキュリーは、一歩前に出る。

「……本件については」

 彼は、準備してきた言葉を述べる。

 責任。
 判断。
 そして、結論。

 彼は、醜態を晒さなかった。
 感情に溺れもしなかった。

 だが――
 彼は、主導権も取り戻せなかった。

 すべてが終わった後、
 アバンダンティアは最後に告げる。

「以上をもって、
 本婚約は正式に解消されます」

 それは、静かな宣言だった。

 拍手は起きない。
 だが、場は納得している。

 誰もが理解した。

 これは破局ではない。
 処理だ。

 会が終わり、人が引いていく中で、
 誰かが小声で言った。

「……ずいぶん、整っていたな」

「感情がないわけじゃない。
 ただ、無駄がなかった」

 アバンダンティアは、その声を聞き流す。

 控室に戻り、侍女から帳簿を受け取る。

「事前登録料、
 会場使用協力金、
 資料提供費……」

 淡々と読み上げられる数字。

 すべて、合法だ。
 すべて、合意済み。

 侍女が、恐る恐る尋ねる。

「……よろしかったのですか?」

 アバンダンティアは、微笑んだ。

「何が?」

「その……」

 侍女は言い淀む。

「ご自分の婚約破棄を、
 このような形で……」

 アバンダンティアは、迷わず答える。

「他人事なら、遠慮もありますわ」

 そして、はっきりと。

「でも」

 一拍置いて、告げる。

「自分のことなら、遠慮なくお金が取れます」

 侍女は、言葉を失った。

 アバンダンティアは、窓の外を見る。
 王都は今日も騒がしく、
 新しい噂を待っている。

(ええ。これで終わりです)

 婚約破棄は、見世物。
 だが今回は、違う。

 主導権を握り、
 構造を整え、
 価値に変換した。

 誰も傷ついていない、とは言わない。
 だが、誰も踏み潰されてもいない。

 それで十分だ。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、
 静かに次の予定を確認する。

 もう、観覧席に戻る必要はない。

 なぜなら――

 舞台を用意する側に、なったのだから。

 物語は、ここで終わる。
 だが、彼女の日常は、何一つ変わらない。

 それが、この物語の結末だった。
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