婚約破棄は、他人事ですので

ふわふわ

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第三十九話 ちょっとまったー!その話、一週間お待ちください

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第三十九話 ちょっとまったー!その話、一週間お待ちください

 その日は、あまりにも「予定通り」だった。

 王都の中心に位置する大広間。
 高い天井、磨き上げられた床、並ぶ貴族たち。
 名目は、季節の社交を兼ねた小規模な舞踏会――そして、その実態は、噂好きな者たちが期待を胸に集う場だった。

 誰もが薄々察している。

 今日は何かが起きる。

 アバンダンティア・コーニュコピアは、会場の端、視界のよい位置に立っていた。
 派手すぎないが、軽視もできない装い。
 主役でも脇役でもない、だが確実に目に入る配置。

(ええ……ここですわね)

 視線の流れ。
 囁き合う声の向き。
 空気の密度。

 この場に集まった者たちは、舞踏を楽しむために来たのではない。
 「結果」を見に来ている。

 ほどなくして、マーキュリー・ヘルメスが前へ出た。

 彼の動きは、これまでと変わらない。
 背筋は伸び、声も落ち着いている。
 だが、彼をよく知る者なら分かる程度に、呼吸が浅い。

「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

 その一言で、会場が静まり返る。

 ――来た。

 誰もが、次の言葉を待っている。

 婚約の行方。
 破棄か、継続か。
 あるいは、どちらかが醜態を晒すのか。

 マーキュリーは、一瞬だけ視線を伏せた。

「本日は、私と――」

 その瞬間。

「ちょっとまったー!」

 澄んだ声が、空気を切り裂いた。

 ざわめきが走る。
 視線が一斉に、声の主へ向かう。

 アバンダンティアだった。

 彼女は一歩、前に出る。
 慌てる様子も、気負いもない。
 むしろ、予定通りの進行を確認する司会者のようだった。

「その話」

 彼女は微笑む。

「一週間、お待ちください」

「……は?」

 思わず漏れた声は、マーキュリーだけではなかった。
 会場全体が、理解を拒む空気に包まれる。

 アバンダンティアは、そんな反応を予測していたかのように、静かに続ける。

「本日、この場で何かが起きると、皆さま期待なさっているのは承知しております」

 ざわめきが、さらに広がる。

「ですが」

 彼女は視線を巡らせる。

「結論だけを即座に消費されるのは、少々もったいないと思いません?」

 貴族たちは、言葉を失った。

 もったいない、だと?

「婚約破棄とは、本来、当事者にとって重大な選択ですわ」

 穏やかな声。
 だが、その内容は鋭い。

「それを、噂と憶測だけで消費されるのは、あまりに効率が悪い」

 効率。
 その言葉に、何人かが眉をひそめる。

 だが、否定はできない。
 社交界は、常に効率で動いている。

「ですから」

 アバンダンティアは、はっきりと言った。

「正式な場を設けます」

 息を飲む音が、あちこちで聞こえる。

「一週間後。
 同じく王都にて」

 彼女は微笑みを深める。

「事情説明の場を」

 沈黙。

 誰もが、理解しかけて、理解を拒んでいる。

 マーキュリーは、ようやく言葉を発した。

「……それは」

 彼は、彼女を見る。

「どういう意味だ?」

「そのままの意味ですわ」

 アバンダンティアは、穏やかに答える。

「本日ここで、感情のままに結論を投げるのではなく」

「準備された場で、
 説明され、
 納得され、
 記録に残る形で」

 彼女は、一拍置く。

「終わらせましょう」

 会場が、ざわつく。

 これは先延ばしではない。
 主導権の掌握だ。

 マーキュリーは、何か言おうとして、止めた。
 この場で反論すれば、彼女の思惑通り「感情的な当事者」になる。

 そのことに、彼は気づいてしまった。

「……分かった」

 彼は、短く答えた。

 アバンダンティアは、軽く一礼する。

「ありがとうございます」

 その瞬間、
 観客だったはずの貴族たちは、悟った。

 これは延期ではない。
 演出の再配置だ。

 婚約破棄は、まだ起きていない。
 だが、もう――

 逃げ場は、どこにもなかった。

 アバンダンティアは、内心で静かに告げる。

(ええ。これでよろしい)

 見世物は、
 準備された方が、価値が上がる。

 そして次は――
 主催者としての仕事が始まる。

 拍手も、歓声もないまま、舞踏会は続行された。

 だが誰一人、踊りに集中できてはいなかった。

 一週間後を、
 誰もが心待ちにしていたからだ。
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