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第2話 自由初日の過ごし方について
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第2話 自由初日の過ごし方について
翌朝――正確には、昼近く。
カーテン越しに差し込む光が、私の瞼をそっと撫でた。
眩しい、と思った瞬間、私はくるりと寝返りを打ち、再び布団の中へ潜り込む。
(……ああ、幸せですわ)
これほど穏やかな目覚めは、いつ以来だろうか。
王太子妃候補であった頃は、朝は常に緊張とともに始まった。
起床時間は厳守。
身支度は決められた順番で。
朝食の席では、何気ない一言すら評価の対象になる。
それらすべてが――昨日で終わった。
私は布団の中で、思う存分息を吸い、ゆっくりと吐く。
誰にも見られていない。
咎められない。
急かされない。
「……最高ですわね」
思わず、声に出してしまった。
コンコン、と控えめなノック音がしたのは、その少し後だった。
「お嬢様。起きていらっしゃいますか」
聞き慣れた声。
長年仕えてくれている、侍女のマルタだ。
「起きておりますわ。たぶん」
「たぶん、とは……」
扉の向こうで、苦笑いが伝わってくる。
「入ってよろしいですわよ」
返事をすると、マルタは静かに扉を開けた。
彼女は一瞬、私の姿を見て、目を瞬かせる。
髪は下ろしたまま。
夜着のまま布団に転がり、まったく身なりを整えていない。
――かつてなら、即座に注意が飛んでいただろう。
「……お変わりありませんか?」
マルタは慎重に言葉を選んだ。
「ええ。とても」
私はにこやかに答える。
「昨夜はよく眠れましたし、今朝もよく眠れました」
「それは……何よりでございます」
そう言いながらも、彼女の表情には戸惑いが滲んでいた。
無理もない。
婚約破棄された令嬢は、普通、落ち込む。
食事も喉を通らず、部屋に閉じこもり、涙に暮れる。
そうでない私の態度は、想定外なのだろう。
「本日は、どのようなご予定でしょうか」
マルタがそう尋ねた。
私は少し考える素振りをしてから、正直に答える。
「今から、二度寝をします」
「…………」
沈黙。
そして、マルタは小さく息を吐いた。
「失礼ですが、お嬢様。それは……本気で?」
「ええ。婚約破棄の翌日ですもの。記念日ですわ」
「記念日……?」
「自由初日、です」
私は布団を引き寄せ、満足げに目を閉じる。
「それから起きたら、紅茶をいただいて、読みかけの本を読みますの。夕方になったら、また少し眠って……」
そこまで言って、私ははたと気づいた。
「……あら。とても忙しいですわね」
マルタは、とうとう耐えきれなかったのか、小さく笑った。
「お嬢様らしい、と申しますか……」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
私は目を閉じたまま、手をひらひらと振る。
「それと、もう一つ」
「はい」
「今後、社交界からの招待状は、基本的にお断りくださいな」
マルタの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……よろしいのですか?」
「ええ。今の私には、必要ありませんもの」
王太子の婚約者でなくなった今、無理に顔を出す理由はない。
むしろ、行けば余計な詮索や同情を受けるだけだ。
そんなものに、時間と気力を割くつもりはなかった。
「分かりました。旦那様にも、そのようにお伝えいたします」
マルタは深く一礼すると、そっと部屋を出ていった。
静かになった寝室で、私は再び天井を見上げる。
不思議なほど、心が軽い。
不安も、怒りも、悲しみも――ない。
ただ、静かな満足感だけが、胸の奥に満ちている。
(私は、選ばれなかったのではありませんわ)
(選ばれる役目から、降りただけ)
そう思うと、すべてが腑に落ちた。
王太子にとって私は、
努力が足りず、覇気がなく、つまらない女だったのだろう。
――結構。
誰かの理想になるために生きるより、
自分の機嫌を取る方が、よほど大切だ。
私は再び目を閉じる。
次に目が覚めたら、紅茶にしよう。
それとも、少し甘い焼き菓子も添えようか。
自由初日の予定は、まだまだ詰まっている。
なにせ――
何もしない、という大仕事が残っているのだから。
翌朝――正確には、昼近く。
カーテン越しに差し込む光が、私の瞼をそっと撫でた。
眩しい、と思った瞬間、私はくるりと寝返りを打ち、再び布団の中へ潜り込む。
(……ああ、幸せですわ)
これほど穏やかな目覚めは、いつ以来だろうか。
王太子妃候補であった頃は、朝は常に緊張とともに始まった。
起床時間は厳守。
身支度は決められた順番で。
朝食の席では、何気ない一言すら評価の対象になる。
それらすべてが――昨日で終わった。
私は布団の中で、思う存分息を吸い、ゆっくりと吐く。
誰にも見られていない。
咎められない。
急かされない。
「……最高ですわね」
思わず、声に出してしまった。
コンコン、と控えめなノック音がしたのは、その少し後だった。
「お嬢様。起きていらっしゃいますか」
聞き慣れた声。
長年仕えてくれている、侍女のマルタだ。
「起きておりますわ。たぶん」
「たぶん、とは……」
扉の向こうで、苦笑いが伝わってくる。
「入ってよろしいですわよ」
返事をすると、マルタは静かに扉を開けた。
彼女は一瞬、私の姿を見て、目を瞬かせる。
髪は下ろしたまま。
夜着のまま布団に転がり、まったく身なりを整えていない。
――かつてなら、即座に注意が飛んでいただろう。
「……お変わりありませんか?」
マルタは慎重に言葉を選んだ。
「ええ。とても」
私はにこやかに答える。
「昨夜はよく眠れましたし、今朝もよく眠れました」
「それは……何よりでございます」
そう言いながらも、彼女の表情には戸惑いが滲んでいた。
無理もない。
婚約破棄された令嬢は、普通、落ち込む。
食事も喉を通らず、部屋に閉じこもり、涙に暮れる。
そうでない私の態度は、想定外なのだろう。
「本日は、どのようなご予定でしょうか」
マルタがそう尋ねた。
私は少し考える素振りをしてから、正直に答える。
「今から、二度寝をします」
「…………」
沈黙。
そして、マルタは小さく息を吐いた。
「失礼ですが、お嬢様。それは……本気で?」
「ええ。婚約破棄の翌日ですもの。記念日ですわ」
「記念日……?」
「自由初日、です」
私は布団を引き寄せ、満足げに目を閉じる。
「それから起きたら、紅茶をいただいて、読みかけの本を読みますの。夕方になったら、また少し眠って……」
そこまで言って、私ははたと気づいた。
「……あら。とても忙しいですわね」
マルタは、とうとう耐えきれなかったのか、小さく笑った。
「お嬢様らしい、と申しますか……」
「褒め言葉として受け取っておきますわ」
私は目を閉じたまま、手をひらひらと振る。
「それと、もう一つ」
「はい」
「今後、社交界からの招待状は、基本的にお断りくださいな」
マルタの笑顔が、ぴたりと止まった。
「……よろしいのですか?」
「ええ。今の私には、必要ありませんもの」
王太子の婚約者でなくなった今、無理に顔を出す理由はない。
むしろ、行けば余計な詮索や同情を受けるだけだ。
そんなものに、時間と気力を割くつもりはなかった。
「分かりました。旦那様にも、そのようにお伝えいたします」
マルタは深く一礼すると、そっと部屋を出ていった。
静かになった寝室で、私は再び天井を見上げる。
不思議なほど、心が軽い。
不安も、怒りも、悲しみも――ない。
ただ、静かな満足感だけが、胸の奥に満ちている。
(私は、選ばれなかったのではありませんわ)
(選ばれる役目から、降りただけ)
そう思うと、すべてが腑に落ちた。
王太子にとって私は、
努力が足りず、覇気がなく、つまらない女だったのだろう。
――結構。
誰かの理想になるために生きるより、
自分の機嫌を取る方が、よほど大切だ。
私は再び目を閉じる。
次に目が覚めたら、紅茶にしよう。
それとも、少し甘い焼き菓子も添えようか。
自由初日の予定は、まだまだ詰まっている。
なにせ――
何もしない、という大仕事が残っているのだから。
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