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第23話 選別された空気と、残る名前
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第23話 選別された空気と、残る名前
王城が沈黙を破ってから、さらに数日が過ぎた。
それは、決定的な分岐点だったのだろう。
王都の空気は、もはや以前のようには戻らない。
噂は続いている。だが、その質が変わった。
(……軽くなりましたわね)
私は朝の居間で紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。
風は穏やかで、庭の木々はゆっくりと揺れている。
以前の噂は、
期待と焦りと、下世話な興味が混じったものだった。
今の噂は違う。
誰が沈黙を守ったか。
誰が動き、誰が失言したか。
誰が慌て、誰が動かなかったか。
――格付けではなく、選別。
その変化を、私は肌で感じていた。
「お嬢様」
マルタが、静かな声で近づいてくる。
「はい」
「最近、来訪の申し込みが減っております」
「それは、よいことですわね」
「はい。ただ……」
マルタは、一瞬だけ言葉を選んだ。
「“残っている名前”が、はっきりしてまいりました」
私は、カップを置いた。
「残っている、とは?」
「お嬢様やグラーフ侯爵家に対し、
以前から距離を保ち、
無理に近づこうとしなかった方々です」
なるほど。
沈黙の期間は、
人の性質を浮き彫りにする。
焦って近づく者。
噂に乗る者。
様子見を装いながら、水面下で動く者。
そして――
何もしなかった者。
「……その方々は、どういった動きに?」
「急な接触はありません。
ですが、必要な場では、自然に名前が挙がるようになっております」
私は、静かに頷いた。
(それで十分ですわ)
評価されるために、前に出る必要はない。
残るべき人は、残る。
それだけのことだ。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、数通の書簡を整理し終えたところだったらしく、
私を見ると、短く言った。
「王都の空気が、変わったな」
「はい」
「“お前の名”が、
以前とは違う文脈で語られている」
私は、少し考えてから答えた。
「同情や期待では、ありませんね」
「ああ」
父は、深く頷く。
「『触れない方がいい』でもない。
『利用できる』でもない」
そして、少し間を置いて、こう言った。
「――『無理をさせない存在』だ」
私は、その言葉を胸の中で反芻した。
(……それは、悪くありませんわね)
守られるべき弱者でもなく、
利用される駒でもない。
ただ、
無理をさせない前提で扱われる存在。
それは、
私が選び続けた距離の、結果だった。
午後、私は久しぶりに、音楽室へ足を運んだ。
鍵盤に指を置き、
ゆっくりと音を鳴らす。
派手な旋律ではない。
ただ、静かで、間のある音。
部屋に、柔らかく響く。
(……音も、沈黙があってこそですわね)
音と音の間。
そこに、意味が生まれる。
沈黙も、同じだ。
夕方、グラーフ侯爵家から、いつものように簡潔な書簡が届いた。
> 最近の動き、把握している。
名前が残るべき形で、残っている。
無理に触れようとする者は、減った。
現状、安定している。
私は、その文面を見て、静かに息を吐いた。
(……“安定”)
それは、
誰かが押さえつけて得るものではない。
動かない者が、
動きすぎる者を振り落とした結果だ。
夜。
ランプの灯りの下で、私は今日一日を振り返った。
私は、相変わらず何もしていない。
誰かに会いに行ったわけでも、
立場を主張したわけでもない。
けれど。
空気が、
確実に変わっている。
沈黙は、
騒がしいものを削ぎ落とし、
静かなものだけを残す。
残された名前は、
誇らしげに呼ばれるわけではない。
ただ、
必要な場で、
自然にそこにある。
それで、いい。
私はベッドに入り、目を閉じる。
世界は、
ようやく静かになり始めている。
そしてその静けさは、
私が守り続けた沈黙と、
同じ温度をしていた。
王城が沈黙を破ってから、さらに数日が過ぎた。
それは、決定的な分岐点だったのだろう。
王都の空気は、もはや以前のようには戻らない。
噂は続いている。だが、その質が変わった。
(……軽くなりましたわね)
私は朝の居間で紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。
風は穏やかで、庭の木々はゆっくりと揺れている。
以前の噂は、
期待と焦りと、下世話な興味が混じったものだった。
今の噂は違う。
誰が沈黙を守ったか。
誰が動き、誰が失言したか。
誰が慌て、誰が動かなかったか。
――格付けではなく、選別。
その変化を、私は肌で感じていた。
「お嬢様」
マルタが、静かな声で近づいてくる。
「はい」
「最近、来訪の申し込みが減っております」
「それは、よいことですわね」
「はい。ただ……」
マルタは、一瞬だけ言葉を選んだ。
「“残っている名前”が、はっきりしてまいりました」
私は、カップを置いた。
「残っている、とは?」
「お嬢様やグラーフ侯爵家に対し、
以前から距離を保ち、
無理に近づこうとしなかった方々です」
なるほど。
沈黙の期間は、
人の性質を浮き彫りにする。
焦って近づく者。
噂に乗る者。
様子見を装いながら、水面下で動く者。
そして――
何もしなかった者。
「……その方々は、どういった動きに?」
「急な接触はありません。
ですが、必要な場では、自然に名前が挙がるようになっております」
私は、静かに頷いた。
(それで十分ですわ)
評価されるために、前に出る必要はない。
残るべき人は、残る。
それだけのことだ。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、数通の書簡を整理し終えたところだったらしく、
私を見ると、短く言った。
「王都の空気が、変わったな」
「はい」
「“お前の名”が、
以前とは違う文脈で語られている」
私は、少し考えてから答えた。
「同情や期待では、ありませんね」
「ああ」
父は、深く頷く。
「『触れない方がいい』でもない。
『利用できる』でもない」
そして、少し間を置いて、こう言った。
「――『無理をさせない存在』だ」
私は、その言葉を胸の中で反芻した。
(……それは、悪くありませんわね)
守られるべき弱者でもなく、
利用される駒でもない。
ただ、
無理をさせない前提で扱われる存在。
それは、
私が選び続けた距離の、結果だった。
午後、私は久しぶりに、音楽室へ足を運んだ。
鍵盤に指を置き、
ゆっくりと音を鳴らす。
派手な旋律ではない。
ただ、静かで、間のある音。
部屋に、柔らかく響く。
(……音も、沈黙があってこそですわね)
音と音の間。
そこに、意味が生まれる。
沈黙も、同じだ。
夕方、グラーフ侯爵家から、いつものように簡潔な書簡が届いた。
> 最近の動き、把握している。
名前が残るべき形で、残っている。
無理に触れようとする者は、減った。
現状、安定している。
私は、その文面を見て、静かに息を吐いた。
(……“安定”)
それは、
誰かが押さえつけて得るものではない。
動かない者が、
動きすぎる者を振り落とした結果だ。
夜。
ランプの灯りの下で、私は今日一日を振り返った。
私は、相変わらず何もしていない。
誰かに会いに行ったわけでも、
立場を主張したわけでもない。
けれど。
空気が、
確実に変わっている。
沈黙は、
騒がしいものを削ぎ落とし、
静かなものだけを残す。
残された名前は、
誇らしげに呼ばれるわけではない。
ただ、
必要な場で、
自然にそこにある。
それで、いい。
私はベッドに入り、目を閉じる。
世界は、
ようやく静かになり始めている。
そしてその静けさは、
私が守り続けた沈黙と、
同じ温度をしていた。
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