『沈黙を選んだ令嬢は、対等な未来を手に取る』

ふわふわ

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第22話 破られなかった沈黙と、残された者たち

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第22話 破られなかった沈黙と、残された者たち

 沈黙が続いて、さらに数日。

 王都の空気は、目に見えない形で変質していた。

 ざわめきはある。
 噂も流れている。
 けれど、それらはどれも、芯を失ったように弱々しい。

(……耐えきれなくなってきていますわね)

 私は朝の居間で紅茶を飲みながら、そう感じていた。
 外では何かが起きている。
 だが、こちらには届かない。

 沈黙は、ついに「異常」ではなくなった。

 ――“動かないことが前提”になり始めている。

「お嬢様」

 マルタが、いつもより慎重な声で近づいてくる。

「どうしましたの?」

「王都で……一つ、はっきりした動きがありました」

 私は、静かにカップを置いた。

「動いたのは、誰ですか?」

「……王城でございます」

 その一言で、私は理解した。

(沈黙に、耐えられなかったのですね)

 王城は、これまで沈黙を“要請”してきた。
 だが、それは本来、
 誰かが騒ぎ出す前提で出されるものだ。

 沈黙が保たれ続ければ、
 要請する意味がなくなる。

 だから――
 自分たちで、沈黙を破るしかなかった。

「具体的には?」

「公式文書が出されました。
 内容は……“夜会に関する誤解を正すための説明”とのことです」

 私は、思わず小さく息を吐いた。

「説明、ですか」

「はい。
 ・夜会の招待者選定に、他意はなかった
 ・特定の人物を排除する意図はなかった
 ・混乱を招いたことを遺憾に思う
 ……と」

 それは、謝罪ではない。
 だが、弁解ですらない。

 自分たちは悪くないが、事態は収めたい
 という、苦しい文章。

(……誰に向けた文なのでしょう)

 少なくとも、私に向けたものではない。
 私が何も言っていない以上、
 謝罪の対象にもなり得ない。

 これは――
 王城が、周囲に向けて出した“自衛”だ。

「反応は?」

「……静かでございます」

 マルタは、率直に答えた。

「理解を示す声もあれば、
 『なぜ今さら』という声もあり……
 ですが、総じて、盛り上がってはおりません」

 私は、目を伏せた。

(それは、当然ですわね)

 沈黙が長く続いた後で、
 言葉を出しても、
 もう流れは戻らない。

 しかも、
 当事者である私が、
 依然として沈黙している。

 比較対象が、あまりにも残酷だ。

 昼前、父の書斎に呼ばれた。

 父は、王城の公式文書を机の上に置き、私を見た。

「……読んだか」

「概要は」

「どう思う」

 私は、少し考えてから答えた。

「沈黙を破ったのが、王城だったという事実が、
 すべてを物語っていると思います」

 父は、ゆっくりと頷いた。

「同感だ。
 そしてもう一つ」

「はい」

「この文書で、
 “誰が沈黙を守れなかったか”が、
 はっきりした」

 私は、その言葉を噛みしめる。

 沈黙は、
 力を持つ者ほど、守れなくなる。

 説明したくなる。
 正当化したくなる。
 支配していると示したくなる。

 その欲が、
 最後に表へ出てしまった。

「こちらは、どうなさいますか?」

 私が尋ねると、父は首を横に振った。

「何もしない」

 迷いのない答えだった。

「沈黙を破る理由が、こちらにはない」

「……ええ」

 それが、最も強い対応だ。

 午後、私は図書室で本を開いていたが、
 文字は自然と頭に入ってきた。

 不思議なほど、集中できる。

(……もう、流れは決まりましたわね)

 王城が動いた。
 こちらは動かなかった。

 その対比は、
 誰の目にも明らかだ。

 夕方、グラーフ侯爵家から書簡が届く。

> 王城の文書、確認した。
こちらは、対応不要と判断する。
あなたの沈黙が、
すでに最も説得力のある答えになっている。



 私は、ゆっくりと息を吐いた。

(……残されたのは、誰でしょう)

 沈黙を守れた者。
 沈黙を破った者。

 そして、
 沈黙の意味を理解できなかった者。

 夜。

 私はベッドに入り、天井を見上げた。

 今日も、私は何もしていない。
 何も言っていない。
 何も選んでいないように見える。

 けれど。

 破られなかった沈黙は、
 確実に、
 多くのものを選別している。

 残るのは、
 言葉を欲しがらない者たち。

 力を誇示しない者たち。
 距離を尊重できる者たち。

 ――そして、
 私はその中にいる。

 静かな夜。
 揺るがない立場。

 沈黙は、
 最後まで、
 私を裏切らなかった。

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