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第25話 届かなかった招待状と、確かめられた距離
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第25話 届かなかった招待状と、確かめられた距離
王城の茶会が終わった翌日、王都は不思議な静けさに包まれていた。
騒ぎにならなかった。
失敗と断じられることもなかった。
だが――成功だった、と胸を張る声も聞こえない。
(……一番、扱いづらい結果ですわね)
私は朝の紅茶を口にしながら、窓の外を眺めていた。
雲ひとつない空は、穏やかで、何事もなかったかのようだ。
だが、何事もなかった“ふり”ほど、
王都では目立つものはない。
「お嬢様」
マルタが、いつもより少しだけ慎重な足取りで近づいてくる。
「はい」
「昨日の茶会について、
いくつか……興味深い話が届いております」
私は、視線を外さずに応じた。
「聞かせてくださいな」
「まず、茶会の終盤で、
ユージェーヌ王太子殿下が
“ある名前”に言及されたそうです」
私は、カップを置いた。
「……私、ですか」
「はい。ただし」
マルタは、そこで言葉を区切る。
「直接ではございません。
『本日はお忙しい方も多く、
全員をお招きできなかった』
……と」
私は、思わず小さく息を吐いた。
(……それは)
言及した。
だが、名指しはしなかった。
存在を否定せず、
関係も認めず、
ただ“欠席理由”の形に押し込めた。
それは、
招待しなかった理由を、
曖昧に包むための言葉だ。
「反応は?」
「……微妙でございます」
マルタは、率直に答える。
「納得した方もいれば、
『それなら、なぜあの方は呼ばれたのか』
と疑問を持った方も」
私は、静かに頷いた。
(ええ。そうなりますわね)
招待状は、
常に“比較”を生む。
誰が呼ばれ、
誰が呼ばれなかったか。
そして、
呼ばれなかった理由が、
明確でないとき――
疑問は、必ず残る。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、机の上に置かれた報告書を指で軽く叩きながら言う。
「王太子は、距離を測りにきたな」
「はい」
「招かなかったことで、
こちらがどう動くかを見た」
私は、即答した。
「何も、動きませんでしたけれど」
「ああ」
父は、満足そうに頷く。
「それでいい。
そして、それが答えだ」
私は、少しだけ考えてから言葉を続けた。
「殿下は、
“招かなかったことで、
関係が悪化しないか”を
確かめたかったのだと思います」
「だろうな」
父は、低く息を吐く。
「結果は?」
「……確かめられたと思います」
私は、静かに言った。
「私が、
招待の有無で揺れる立場ではないと」
それは、
王太子にとって、
安心であり、同時に厄介な事実だ。
午後、私は久しぶりに刺繍台を出していた。
針を動かしながら、
思考を整理する。
(距離を測る、ですか)
近づけば、
主導権を握れるかもしれない。
だが近づきすぎれば、
対等を認めることになる。
離れれば、
影響力を失う。
離れすぎれば、
存在を意識せざるを得なくなる。
だからこそ、
“招かない”という選択をした。
それは、
王太子なりの慎重さだ。
夕方、グラーフ侯爵家から書簡が届いた。
> 茶会での発言について、把握している。
あなたが反応しなかったことで、
距離は正しく測られた。
これ以上、詰める必要はない。
私は、その文を読み、静かに目を閉じた。
(……本当に、同じ景色を見ていますわね)
距離は、
詰めれば良いものではない。
正しい距離に、
留まり続けることが、
最も難しい。
夜。
ランプの灯りの下で、
私は今日一日を振り返る。
招待状は、届かなかった。
だが、
代わりに届いたものがある。
――確かめられた距離。
――揺るがなかった立場。
それは、
紙切れ一枚よりも、
ずっと重い。
私は、
誰かに呼ばれることで
存在を証明する必要がない。
呼ばれなくても、
私の場所は変わらない。
それを、
王城も、
王太子も、
理解し始めている。
ベッドに入り、目を閉じる。
届かなかった招待状は、
拒絶ではない。
確認だった。
そして私は、
その確認に、
何ひとつ答える必要がなかった。
それで、十分だった。
王城の茶会が終わった翌日、王都は不思議な静けさに包まれていた。
騒ぎにならなかった。
失敗と断じられることもなかった。
だが――成功だった、と胸を張る声も聞こえない。
(……一番、扱いづらい結果ですわね)
私は朝の紅茶を口にしながら、窓の外を眺めていた。
雲ひとつない空は、穏やかで、何事もなかったかのようだ。
だが、何事もなかった“ふり”ほど、
王都では目立つものはない。
「お嬢様」
マルタが、いつもより少しだけ慎重な足取りで近づいてくる。
「はい」
「昨日の茶会について、
いくつか……興味深い話が届いております」
私は、視線を外さずに応じた。
「聞かせてくださいな」
「まず、茶会の終盤で、
ユージェーヌ王太子殿下が
“ある名前”に言及されたそうです」
私は、カップを置いた。
「……私、ですか」
「はい。ただし」
マルタは、そこで言葉を区切る。
「直接ではございません。
『本日はお忙しい方も多く、
全員をお招きできなかった』
……と」
私は、思わず小さく息を吐いた。
(……それは)
言及した。
だが、名指しはしなかった。
存在を否定せず、
関係も認めず、
ただ“欠席理由”の形に押し込めた。
それは、
招待しなかった理由を、
曖昧に包むための言葉だ。
「反応は?」
「……微妙でございます」
マルタは、率直に答える。
「納得した方もいれば、
『それなら、なぜあの方は呼ばれたのか』
と疑問を持った方も」
私は、静かに頷いた。
(ええ。そうなりますわね)
招待状は、
常に“比較”を生む。
誰が呼ばれ、
誰が呼ばれなかったか。
そして、
呼ばれなかった理由が、
明確でないとき――
疑問は、必ず残る。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、机の上に置かれた報告書を指で軽く叩きながら言う。
「王太子は、距離を測りにきたな」
「はい」
「招かなかったことで、
こちらがどう動くかを見た」
私は、即答した。
「何も、動きませんでしたけれど」
「ああ」
父は、満足そうに頷く。
「それでいい。
そして、それが答えだ」
私は、少しだけ考えてから言葉を続けた。
「殿下は、
“招かなかったことで、
関係が悪化しないか”を
確かめたかったのだと思います」
「だろうな」
父は、低く息を吐く。
「結果は?」
「……確かめられたと思います」
私は、静かに言った。
「私が、
招待の有無で揺れる立場ではないと」
それは、
王太子にとって、
安心であり、同時に厄介な事実だ。
午後、私は久しぶりに刺繍台を出していた。
針を動かしながら、
思考を整理する。
(距離を測る、ですか)
近づけば、
主導権を握れるかもしれない。
だが近づきすぎれば、
対等を認めることになる。
離れれば、
影響力を失う。
離れすぎれば、
存在を意識せざるを得なくなる。
だからこそ、
“招かない”という選択をした。
それは、
王太子なりの慎重さだ。
夕方、グラーフ侯爵家から書簡が届いた。
> 茶会での発言について、把握している。
あなたが反応しなかったことで、
距離は正しく測られた。
これ以上、詰める必要はない。
私は、その文を読み、静かに目を閉じた。
(……本当に、同じ景色を見ていますわね)
距離は、
詰めれば良いものではない。
正しい距離に、
留まり続けることが、
最も難しい。
夜。
ランプの灯りの下で、
私は今日一日を振り返る。
招待状は、届かなかった。
だが、
代わりに届いたものがある。
――確かめられた距離。
――揺るがなかった立場。
それは、
紙切れ一枚よりも、
ずっと重い。
私は、
誰かに呼ばれることで
存在を証明する必要がない。
呼ばれなくても、
私の場所は変わらない。
それを、
王城も、
王太子も、
理解し始めている。
ベッドに入り、目を閉じる。
届かなかった招待状は、
拒絶ではない。
確認だった。
そして私は、
その確認に、
何ひとつ答える必要がなかった。
それで、十分だった。
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