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第30話 集まる期待と、まだ渡さない答え
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第30話 集まる期待と、まだ渡さない答え
非公式の集まりの余韻が消えないまま、数日が過ぎた。
王都は相変わらず静かだ。
だがその静けさは、休息のためのものではない。
息を潜めて、誰かの判断を待つ静けさだ。
別邸の朝は、今日も変わらず穏やかだった。
私は窓辺に立ち、庭を眺めながら紅茶を口にする。
(……期待、ですわね)
向けられているのは、圧力ではない。
命令でも、要請でもない。
――期待。
それが、今の状況を一番正確に表している。
「お嬢様」
マルタが、少しだけ慎重な足取りで近づいてくる。
「はい」
「王都で、“次は正式な場を設けるべきだ”
という声が、増えております」
私は、ゆっくりとカップを置いた。
「主導は、どなたですか?」
「……はっきりとは。
ですが、複数の家が同時に同じ意見を出しているようで」
私は、小さく息を吐いた。
(……同時に、ですか)
それは、誰か一人の意思ではない。
流れだ。
そして流れというものは、
最も“動かないもの”を中心に形作られる。
「内容は?」
「“これ以上、曖昧な状態を続けるべきではない”
“関係者が一堂に会し、方向性を定めるべきだ”
……と」
方向性。
定める。
私は、思わず微笑んだ。
(……本当に、便利な言葉ですわね)
方向性を定めると言えば、
誰もが前向きに聞こえる。
だが実際は、
責任の所在を一か所に集めたい
というだけだ。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、王都から届いた複数の報告書を机に並べ、
私を見た。
「予想通りだな」
「はい」
「“次の場”を作りたがっている」
私は、少し考えてから答えた。
「場を作れば、
決まらなかった理由を、
上書きできると思っているのでしょう」
「だろうな」
父は、低く笑う。
「だが、同時に――
その場に、お前が必要だとも思っている」
私は、静かに頷いた。
「ええ。
必要だからこそ、
誰も正式には呼べない」
呼べば、
私が主役になる。
呼ばなければ、
意味のない場になる。
だから今は、
“期待”という形で、
こちらの反応を待っている。
「どうする?」
父の問いに、私は即答しなかった。
少しだけ、間を置く。
「……まだ、何もしません」
父は、驚いた様子もなく頷いた。
「だと思った」
「今、私が答えを出せば――
それは、
彼らの都合に合わせた答えになります」
私は、はっきりと言った。
「私は、
“答えを出す役”になると、
まだ決めていません」
午後、私は別邸の書斎で、
一通の白紙の紙を前にしていた。
そこに書かれるはずだったのは、
私の意見。
私の立場。
私の答え。
だが、ペンは動かない。
(……答えは、まだ熟していませんわ)
沈黙がここまで意味を持ったのは、
私が一貫して、
誰の期待にも応えなかったからだ。
今ここで応えれば、
これまで積み上げた静けさは、
一気に消費されてしまう。
夕方、マルタが再び報告に来る。
「王都では、
お嬢様が“何を考えているのか”
という話題が増えております」
「当然ですわね」
「憶測も、さまざまです」
私は、肩をすくめた。
「憶測は、
私の沈黙が作り出したものです。
責任は、取りませんわ」
沈黙は、
誤解を防がない。
だが、
軽率な理解を防ぐ。
夜。
別邸の寝室で、
ランプの灯りの下、
私は今日一日を振り返った。
期待が集まっている。
視線も、
判断も、
責任も。
だが私は、
それを受け取る器を、
まだ差し出していない。
答えは、
いつでも出せる。
だからこそ、
今は出さない。
急がせる空気に、
従わない。
私が答えを渡すときは、
それが
“私自身の選択”であると、
誰の目にも分かる形でなければならない。
ベッドに入り、目を閉じる。
集まる期待は、
今夜も消えないだろう。
けれど私は、
まだ、
答えを手放さない。
それが、
この状況で、
最も誠実な態度だと知っているから。
非公式の集まりの余韻が消えないまま、数日が過ぎた。
王都は相変わらず静かだ。
だがその静けさは、休息のためのものではない。
息を潜めて、誰かの判断を待つ静けさだ。
別邸の朝は、今日も変わらず穏やかだった。
私は窓辺に立ち、庭を眺めながら紅茶を口にする。
(……期待、ですわね)
向けられているのは、圧力ではない。
命令でも、要請でもない。
――期待。
それが、今の状況を一番正確に表している。
「お嬢様」
マルタが、少しだけ慎重な足取りで近づいてくる。
「はい」
「王都で、“次は正式な場を設けるべきだ”
という声が、増えております」
私は、ゆっくりとカップを置いた。
「主導は、どなたですか?」
「……はっきりとは。
ですが、複数の家が同時に同じ意見を出しているようで」
私は、小さく息を吐いた。
(……同時に、ですか)
それは、誰か一人の意思ではない。
流れだ。
そして流れというものは、
最も“動かないもの”を中心に形作られる。
「内容は?」
「“これ以上、曖昧な状態を続けるべきではない”
“関係者が一堂に会し、方向性を定めるべきだ”
……と」
方向性。
定める。
私は、思わず微笑んだ。
(……本当に、便利な言葉ですわね)
方向性を定めると言えば、
誰もが前向きに聞こえる。
だが実際は、
責任の所在を一か所に集めたい
というだけだ。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、王都から届いた複数の報告書を机に並べ、
私を見た。
「予想通りだな」
「はい」
「“次の場”を作りたがっている」
私は、少し考えてから答えた。
「場を作れば、
決まらなかった理由を、
上書きできると思っているのでしょう」
「だろうな」
父は、低く笑う。
「だが、同時に――
その場に、お前が必要だとも思っている」
私は、静かに頷いた。
「ええ。
必要だからこそ、
誰も正式には呼べない」
呼べば、
私が主役になる。
呼ばなければ、
意味のない場になる。
だから今は、
“期待”という形で、
こちらの反応を待っている。
「どうする?」
父の問いに、私は即答しなかった。
少しだけ、間を置く。
「……まだ、何もしません」
父は、驚いた様子もなく頷いた。
「だと思った」
「今、私が答えを出せば――
それは、
彼らの都合に合わせた答えになります」
私は、はっきりと言った。
「私は、
“答えを出す役”になると、
まだ決めていません」
午後、私は別邸の書斎で、
一通の白紙の紙を前にしていた。
そこに書かれるはずだったのは、
私の意見。
私の立場。
私の答え。
だが、ペンは動かない。
(……答えは、まだ熟していませんわ)
沈黙がここまで意味を持ったのは、
私が一貫して、
誰の期待にも応えなかったからだ。
今ここで応えれば、
これまで積み上げた静けさは、
一気に消費されてしまう。
夕方、マルタが再び報告に来る。
「王都では、
お嬢様が“何を考えているのか”
という話題が増えております」
「当然ですわね」
「憶測も、さまざまです」
私は、肩をすくめた。
「憶測は、
私の沈黙が作り出したものです。
責任は、取りませんわ」
沈黙は、
誤解を防がない。
だが、
軽率な理解を防ぐ。
夜。
別邸の寝室で、
ランプの灯りの下、
私は今日一日を振り返った。
期待が集まっている。
視線も、
判断も、
責任も。
だが私は、
それを受け取る器を、
まだ差し出していない。
答えは、
いつでも出せる。
だからこそ、
今は出さない。
急がせる空気に、
従わない。
私が答えを渡すときは、
それが
“私自身の選択”であると、
誰の目にも分かる形でなければならない。
ベッドに入り、目を閉じる。
集まる期待は、
今夜も消えないだろう。
けれど私は、
まだ、
答えを手放さない。
それが、
この状況で、
最も誠実な態度だと知っているから。
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