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第31話 静止した時間と、見極められる覚悟
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第31話 静止した時間と、見極められる覚悟
王都の空気は、張り詰めたまま、動かなくなっていた。
嵐の前の静けさ、という表現では足りない。
嵐が来ると分かっていながら、
誰も最初の風を起こせずにいる――
そんな、奇妙な停滞だった。
別邸の朝は、今日も穏やかだ。
私はカーテンを開け、差し込む光を確かめる。
(……時間が、止まっていますわね)
正確には、
“私を起点にした時間”だけが、止まっている。
それ以外は、
確実に進んでいるというのに。
「お嬢様」
マルタが、静かな足取りで近づく。
「はい」
「王都では……
正式な場を設ける話が、
一度、立ち消えになったようでございます」
私は、ゆっくりと振り返った。
「立ち消え、ですか」
「はい。
“今は時期ではない”
という判断が、
複数の家から同時に出たようで」
私は、小さく息を吐いた。
(……なるほど)
誰かが止めたのではない。
誰かが強く主張したわけでもない。
ただ、
誰も踏み出せなかった。
それは、
私が答えを出していないからだ。
「理由は?」
「はっきりした理由は、ございません」
マルタは、正直に答える。
「ですが……
“覚悟が整っていない”
という言葉が、
何度か聞かれたそうです」
私は、その言葉を胸の中で繰り返した。
(覚悟、ですか)
答えを求める者は多い。
だが、
その答えを引き受ける覚悟を持つ者は、
驚くほど少ない。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、机の上の報告書を閉じ、
私をまっすぐに見た。
「動きが止まったな」
「はい」
「焦りは、ある。
だが、それ以上に――
怖れている」
私は、静かに頷いた。
「私が答えを出した後の、
世界を、ですわね」
「そうだ」
父は、短く言った。
「お前が答えを出せば、
それまでの曖昧さは消える。
だが同時に、
逃げ道も消える」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「だからこそ、
誰も、私に“答えを出してほしい”とは、
はっきり言えないのですね」
「言えば、
覚悟が問われるからな」
父は、少しだけ表情を緩めた。
「……お前は、どうだ」
その問いは、
確認ではない。
試しだ。
私は、即答しなかった。
だが、視線は逸らさない。
「私は、
自分の覚悟を、
まだ測っているところです」
父は、満足そうに頷いた。
「それでいい」
午後、私は別邸の庭を歩いていた。
小道を踏みしめながら、
これまでの出来事を思い返す。
沈黙は、
周囲を選別した。
空席は、
場の限界を示した。
期待は、
集まった。
そして今――
時間が、止まっている。
(……ここが、分かれ目ですわね)
このまま、
何も答えずにいれば、
状況は自然と冷めていく。
だが、
ここで一歩踏み出せば、
世界は確実に動く。
夕方、グラーフ侯爵家から書簡が届いた。
> 最近の停滞、把握している。
焦らなくていい。
今、見極められているのは、
あなたではなく――
周囲の覚悟だ。
私は、その文を読み、静かに目を閉じた。
(……本当に、その通りですわね)
答えを出す者は、
常に注目される。
だが、
答えを受け取る側の覚悟は、
見落とされがちだ。
今、止まっている時間は、
私のためのものではない。
周囲が、
自分たちの覚悟を
量るための時間だ。
夜。
別邸の寝室で、
ランプの灯りの下、
私は一人、静かに考える。
もし、
この停滞に耐えられなくなった者が、
次に動くとしたら――
それは、
覚悟を持たないまま、
動く者だ。
その瞬間こそ、
私が答えを出すべき時かもしれない。
だが、今は違う。
時間は、
まだ、
静止したままでいい。
私は、
その静止の中に身を置き、
目を閉じた。
動かない時間が、
誰の覚悟を削り、
誰の本心を浮かび上がらせるのか。
それを見届けることも、
一つの選択なのだから。
王都の空気は、張り詰めたまま、動かなくなっていた。
嵐の前の静けさ、という表現では足りない。
嵐が来ると分かっていながら、
誰も最初の風を起こせずにいる――
そんな、奇妙な停滞だった。
別邸の朝は、今日も穏やかだ。
私はカーテンを開け、差し込む光を確かめる。
(……時間が、止まっていますわね)
正確には、
“私を起点にした時間”だけが、止まっている。
それ以外は、
確実に進んでいるというのに。
「お嬢様」
マルタが、静かな足取りで近づく。
「はい」
「王都では……
正式な場を設ける話が、
一度、立ち消えになったようでございます」
私は、ゆっくりと振り返った。
「立ち消え、ですか」
「はい。
“今は時期ではない”
という判断が、
複数の家から同時に出たようで」
私は、小さく息を吐いた。
(……なるほど)
誰かが止めたのではない。
誰かが強く主張したわけでもない。
ただ、
誰も踏み出せなかった。
それは、
私が答えを出していないからだ。
「理由は?」
「はっきりした理由は、ございません」
マルタは、正直に答える。
「ですが……
“覚悟が整っていない”
という言葉が、
何度か聞かれたそうです」
私は、その言葉を胸の中で繰り返した。
(覚悟、ですか)
答えを求める者は多い。
だが、
その答えを引き受ける覚悟を持つ者は、
驚くほど少ない。
昼前、父の書斎に呼ばれた。
父は、机の上の報告書を閉じ、
私をまっすぐに見た。
「動きが止まったな」
「はい」
「焦りは、ある。
だが、それ以上に――
怖れている」
私は、静かに頷いた。
「私が答えを出した後の、
世界を、ですわね」
「そうだ」
父は、短く言った。
「お前が答えを出せば、
それまでの曖昧さは消える。
だが同時に、
逃げ道も消える」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「だからこそ、
誰も、私に“答えを出してほしい”とは、
はっきり言えないのですね」
「言えば、
覚悟が問われるからな」
父は、少しだけ表情を緩めた。
「……お前は、どうだ」
その問いは、
確認ではない。
試しだ。
私は、即答しなかった。
だが、視線は逸らさない。
「私は、
自分の覚悟を、
まだ測っているところです」
父は、満足そうに頷いた。
「それでいい」
午後、私は別邸の庭を歩いていた。
小道を踏みしめながら、
これまでの出来事を思い返す。
沈黙は、
周囲を選別した。
空席は、
場の限界を示した。
期待は、
集まった。
そして今――
時間が、止まっている。
(……ここが、分かれ目ですわね)
このまま、
何も答えずにいれば、
状況は自然と冷めていく。
だが、
ここで一歩踏み出せば、
世界は確実に動く。
夕方、グラーフ侯爵家から書簡が届いた。
> 最近の停滞、把握している。
焦らなくていい。
今、見極められているのは、
あなたではなく――
周囲の覚悟だ。
私は、その文を読み、静かに目を閉じた。
(……本当に、その通りですわね)
答えを出す者は、
常に注目される。
だが、
答えを受け取る側の覚悟は、
見落とされがちだ。
今、止まっている時間は、
私のためのものではない。
周囲が、
自分たちの覚悟を
量るための時間だ。
夜。
別邸の寝室で、
ランプの灯りの下、
私は一人、静かに考える。
もし、
この停滞に耐えられなくなった者が、
次に動くとしたら――
それは、
覚悟を持たないまま、
動く者だ。
その瞬間こそ、
私が答えを出すべき時かもしれない。
だが、今は違う。
時間は、
まだ、
静止したままでいい。
私は、
その静止の中に身を置き、
目を閉じた。
動かない時間が、
誰の覚悟を削り、
誰の本心を浮かび上がらせるのか。
それを見届けることも、
一つの選択なのだから。
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