1 / 40
第1話 石を売る女
しおりを挟む
第1話
石を売る女
王都の中心街から一本外れた通りに、
貴族貴婦人たちの間で密かに名を知られる店があった。
店の名は――
アクセサリーショップ《オーセンティック》。
外観はひどく控えめで、
豪奢な装飾も、目を引く看板もない。
通り過ぎようと思えば、そのまま素通りできるほどだ。
それでも、この店には毎日のように
身分の高い貴婦人たちが足を運んでいた。
理由は、ただ一つ。
――**ここで扱われているアクセサリーは、すべて“ガラス製”**だったからである。
この世界において、
ガラスは宝石以上に高価な素材だった。
透明度の高いガラスを生み出すには、
高度な精製技術と膨大な魔力、
そして長い研究の積み重ねが必要となる。
成功率は低く、失敗すればすべてが無駄になる。
そのため、ガラス製品は王侯貴族や大商会が
威信をかけて扱う、特別な嗜好品とされていた。
「宝石は掘れば出るけれど、
ガラスは作らなければ生まれない」
それが、この国の常識だった。
そんな中、《オーセンティック》の品は異質だった。
確かに高価ではある。
だが、同等の品質を誇る王宮御用達の品と比べれば、
わずかに、しかし確実に“安い”。
それでいて、
透明度、色合い、細工の美しさ――
どれを取っても一切の妥協がない。
「どうして、これほどのガラスを、
この価格で出せるのかしら……」
貴婦人たちは皆、そう首をかしげながらも、
最終的には財布を開いてしまうのだった。
その店の奥で、
静かに商品を磨いている令嬢がいた。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。
淡い色合いの簡素なドレスに身を包み、
装飾らしい装飾は一切つけていない。
その姿は、王都の華やかな社交界では
ひどく地味に映るだろう。
だが、彼女の指先は迷いなく、
ひとつひとつのアクセサリーを慈しむように扱っていた。
「こちらは、本日仕上がったばかりですわ」
穏やかな声でそう告げると、
ジェニュインは一つのペンダントを差し出す。
受け取った貴婦人は、思わず息を呑んだ。
「……なんて澄んだ輝き」
「ええ。
光を集めるのではなく、
そのまま映し込む性質を持っていますの」
宝石のような主張はない。
だが、確かに“美しい”。
それこそが、
ジェニュインの扱うガラスの特徴だった。
その時だった。
店の扉が、乱暴に開かれたのは。
「――ジェニュイン・オーセンティック!」
店内の空気が、一瞬で張り詰める。
入ってきたのは、
高価な外套を翻し、顎を上げた青年。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息。
かつて、
ジェニュインの婚約者だった男である。
「……フォージェリ様」
ジェニュインは、わずかに目を伏せて一礼した。
その所作は、どこまでも落ち着いている。
だがフォージェリは、
その態度が気に入らないと言わんばかりに、鼻を鳴らした。
「今日ここへ来た理由は、一つだ」
店内に居合わせた貴婦人たちが、
そっと距離を取る。
「――婚約を破棄する」
一瞬、沈黙が落ちた。
それでも、
ジェニュインは驚いた様子を見せなかった。
「……そうですか」
その淡々とした返答に、
フォージェリの眉がつり上がる。
「反論しないのか?」
「すでに、お気持ちは固まっているのでしょう?」
「当然だ。
君のような女を、
侯爵家の妻にするわけにはいかない」
その言葉に、
貴婦人たちの視線が一斉に集まる。
フォージェリは、さらに声を張り上げた。
「君は詐欺を働いている!
その辺で拾った石ころを、
ガラスだと偽って売りつけているのだ!」
「……」
ジェニュインは、静かに顔を上げた。
「それが、婚約破棄の理由ですか?」
「ああ、そうだ!」
フォージェリは勝ち誇ったように笑う。
「証拠もある。
証人も、だ」
その言葉に応じるように、
店の外から一人の令嬢が現れた。
派手なドレス、
過剰な装身具。
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢。
「私、見ましたの」
甘く、しかしはっきりとした声。
「ジェニュイン様が、
河原で石を拾っている姿を。
まるで、薄汚い平民の子供のように」
店内がざわめく。
石――。
河原――。
ジェニュインは、
小さく息を吐いた。
「拾っていたのは、石ではありません」
「では何だと言うんだ!」
フォージェリが即座に食いつく。
ジェニュインは、穏やかに答えた。
「――ガラスですわ」
その瞬間、
フォージェリは大声で笑い出した。
「語るに落ちたな!
ガラスとは高度な技術で作られる貴重品だ!
河原に落ちているなど、ありえない!」
「……」
ジェニュインは、
ほんのわずかに、困ったような表情を浮かべた。
「まったく、
何もご存じでないのですね……」
その一言が、
フォージェリの怒りに火をつけた。
「ならば、鑑定人を呼ぼう!
鑑定させれば、すべて明らかだ!」
「どうぞ」
ジェニュインは、即座にうなずいた。
「ご納得なさるまで、
鑑定なさってください」
彼女は知らなかった。
この瞬間が――
すべての価値が、逆転する始まりになることを。
だが、
それを恐れる必要はなかった。
なぜなら、
ジェニュインは最初から、
“本物”しか扱っていなかったのだから。
――石を売る女。
その呼び名が、
後に“称号”へと変わることを、
この場にいる誰一人として、
まだ知らなかった。
石を売る女
王都の中心街から一本外れた通りに、
貴族貴婦人たちの間で密かに名を知られる店があった。
店の名は――
アクセサリーショップ《オーセンティック》。
外観はひどく控えめで、
豪奢な装飾も、目を引く看板もない。
通り過ぎようと思えば、そのまま素通りできるほどだ。
それでも、この店には毎日のように
身分の高い貴婦人たちが足を運んでいた。
理由は、ただ一つ。
――**ここで扱われているアクセサリーは、すべて“ガラス製”**だったからである。
この世界において、
ガラスは宝石以上に高価な素材だった。
透明度の高いガラスを生み出すには、
高度な精製技術と膨大な魔力、
そして長い研究の積み重ねが必要となる。
成功率は低く、失敗すればすべてが無駄になる。
そのため、ガラス製品は王侯貴族や大商会が
威信をかけて扱う、特別な嗜好品とされていた。
「宝石は掘れば出るけれど、
ガラスは作らなければ生まれない」
それが、この国の常識だった。
そんな中、《オーセンティック》の品は異質だった。
確かに高価ではある。
だが、同等の品質を誇る王宮御用達の品と比べれば、
わずかに、しかし確実に“安い”。
それでいて、
透明度、色合い、細工の美しさ――
どれを取っても一切の妥協がない。
「どうして、これほどのガラスを、
この価格で出せるのかしら……」
貴婦人たちは皆、そう首をかしげながらも、
最終的には財布を開いてしまうのだった。
その店の奥で、
静かに商品を磨いている令嬢がいた。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。
淡い色合いの簡素なドレスに身を包み、
装飾らしい装飾は一切つけていない。
その姿は、王都の華やかな社交界では
ひどく地味に映るだろう。
だが、彼女の指先は迷いなく、
ひとつひとつのアクセサリーを慈しむように扱っていた。
「こちらは、本日仕上がったばかりですわ」
穏やかな声でそう告げると、
ジェニュインは一つのペンダントを差し出す。
受け取った貴婦人は、思わず息を呑んだ。
「……なんて澄んだ輝き」
「ええ。
光を集めるのではなく、
そのまま映し込む性質を持っていますの」
宝石のような主張はない。
だが、確かに“美しい”。
それこそが、
ジェニュインの扱うガラスの特徴だった。
その時だった。
店の扉が、乱暴に開かれたのは。
「――ジェニュイン・オーセンティック!」
店内の空気が、一瞬で張り詰める。
入ってきたのは、
高価な外套を翻し、顎を上げた青年。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息。
かつて、
ジェニュインの婚約者だった男である。
「……フォージェリ様」
ジェニュインは、わずかに目を伏せて一礼した。
その所作は、どこまでも落ち着いている。
だがフォージェリは、
その態度が気に入らないと言わんばかりに、鼻を鳴らした。
「今日ここへ来た理由は、一つだ」
店内に居合わせた貴婦人たちが、
そっと距離を取る。
「――婚約を破棄する」
一瞬、沈黙が落ちた。
それでも、
ジェニュインは驚いた様子を見せなかった。
「……そうですか」
その淡々とした返答に、
フォージェリの眉がつり上がる。
「反論しないのか?」
「すでに、お気持ちは固まっているのでしょう?」
「当然だ。
君のような女を、
侯爵家の妻にするわけにはいかない」
その言葉に、
貴婦人たちの視線が一斉に集まる。
フォージェリは、さらに声を張り上げた。
「君は詐欺を働いている!
その辺で拾った石ころを、
ガラスだと偽って売りつけているのだ!」
「……」
ジェニュインは、静かに顔を上げた。
「それが、婚約破棄の理由ですか?」
「ああ、そうだ!」
フォージェリは勝ち誇ったように笑う。
「証拠もある。
証人も、だ」
その言葉に応じるように、
店の外から一人の令嬢が現れた。
派手なドレス、
過剰な装身具。
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢。
「私、見ましたの」
甘く、しかしはっきりとした声。
「ジェニュイン様が、
河原で石を拾っている姿を。
まるで、薄汚い平民の子供のように」
店内がざわめく。
石――。
河原――。
ジェニュインは、
小さく息を吐いた。
「拾っていたのは、石ではありません」
「では何だと言うんだ!」
フォージェリが即座に食いつく。
ジェニュインは、穏やかに答えた。
「――ガラスですわ」
その瞬間、
フォージェリは大声で笑い出した。
「語るに落ちたな!
ガラスとは高度な技術で作られる貴重品だ!
河原に落ちているなど、ありえない!」
「……」
ジェニュインは、
ほんのわずかに、困ったような表情を浮かべた。
「まったく、
何もご存じでないのですね……」
その一言が、
フォージェリの怒りに火をつけた。
「ならば、鑑定人を呼ぼう!
鑑定させれば、すべて明らかだ!」
「どうぞ」
ジェニュインは、即座にうなずいた。
「ご納得なさるまで、
鑑定なさってください」
彼女は知らなかった。
この瞬間が――
すべての価値が、逆転する始まりになることを。
だが、
それを恐れる必要はなかった。
なぜなら、
ジェニュインは最初から、
“本物”しか扱っていなかったのだから。
――石を売る女。
その呼び名が、
後に“称号”へと変わることを、
この場にいる誰一人として、
まだ知らなかった。
0
あなたにおすすめの小説
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる