石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第1話 石を売る女

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第1話

石を売る女

 

王都の中心街から一本外れた通りに、
貴族貴婦人たちの間で密かに名を知られる店があった。

店の名は――
アクセサリーショップ《オーセンティック》。

外観はひどく控えめで、
豪奢な装飾も、目を引く看板もない。
通り過ぎようと思えば、そのまま素通りできるほどだ。

それでも、この店には毎日のように
身分の高い貴婦人たちが足を運んでいた。

理由は、ただ一つ。

――**ここで扱われているアクセサリーは、すべて“ガラス製”**だったからである。

 

この世界において、
ガラスは宝石以上に高価な素材だった。

透明度の高いガラスを生み出すには、
高度な精製技術と膨大な魔力、
そして長い研究の積み重ねが必要となる。

成功率は低く、失敗すればすべてが無駄になる。
そのため、ガラス製品は王侯貴族や大商会が
威信をかけて扱う、特別な嗜好品とされていた。

「宝石は掘れば出るけれど、
 ガラスは作らなければ生まれない」

それが、この国の常識だった。

 

そんな中、《オーセンティック》の品は異質だった。

確かに高価ではある。
だが、同等の品質を誇る王宮御用達の品と比べれば、
わずかに、しかし確実に“安い”。

それでいて、
透明度、色合い、細工の美しさ――
どれを取っても一切の妥協がない。

「どうして、これほどのガラスを、
 この価格で出せるのかしら……」

貴婦人たちは皆、そう首をかしげながらも、
最終的には財布を開いてしまうのだった。

 

その店の奥で、
静かに商品を磨いている令嬢がいた。

ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。

淡い色合いの簡素なドレスに身を包み、
装飾らしい装飾は一切つけていない。
その姿は、王都の華やかな社交界では
ひどく地味に映るだろう。

だが、彼女の指先は迷いなく、
ひとつひとつのアクセサリーを慈しむように扱っていた。

「こちらは、本日仕上がったばかりですわ」

穏やかな声でそう告げると、
ジェニュインは一つのペンダントを差し出す。

受け取った貴婦人は、思わず息を呑んだ。

「……なんて澄んだ輝き」

「ええ。
 光を集めるのではなく、
 そのまま映し込む性質を持っていますの」

宝石のような主張はない。
だが、確かに“美しい”。

それこそが、
ジェニュインの扱うガラスの特徴だった。

 

その時だった。

店の扉が、乱暴に開かれたのは。

 

「――ジェニュイン・オーセンティック!」

店内の空気が、一瞬で張り詰める。

入ってきたのは、
高価な外套を翻し、顎を上げた青年。

フォージェリ・ノックオフ侯爵令息。

かつて、
ジェニュインの婚約者だった男である。

「……フォージェリ様」

ジェニュインは、わずかに目を伏せて一礼した。
その所作は、どこまでも落ち着いている。

だがフォージェリは、
その態度が気に入らないと言わんばかりに、鼻を鳴らした。

「今日ここへ来た理由は、一つだ」

店内に居合わせた貴婦人たちが、
そっと距離を取る。

「――婚約を破棄する」

一瞬、沈黙が落ちた。

それでも、
ジェニュインは驚いた様子を見せなかった。

「……そうですか」

その淡々とした返答に、
フォージェリの眉がつり上がる。

「反論しないのか?」

「すでに、お気持ちは固まっているのでしょう?」

「当然だ。
 君のような女を、
 侯爵家の妻にするわけにはいかない」

その言葉に、
貴婦人たちの視線が一斉に集まる。

フォージェリは、さらに声を張り上げた。

「君は詐欺を働いている!
 その辺で拾った石ころを、
 ガラスだと偽って売りつけているのだ!」

「……」

ジェニュインは、静かに顔を上げた。

「それが、婚約破棄の理由ですか?」

「ああ、そうだ!」

フォージェリは勝ち誇ったように笑う。

「証拠もある。
 証人も、だ」

その言葉に応じるように、
店の外から一人の令嬢が現れた。

派手なドレス、
過剰な装身具。

シャロウ・フラッシー伯爵令嬢。

「私、見ましたの」

甘く、しかしはっきりとした声。

「ジェニュイン様が、
 河原で石を拾っている姿を。
 まるで、薄汚い平民の子供のように」

店内がざわめく。

石――。
河原――。

ジェニュインは、
小さく息を吐いた。

「拾っていたのは、石ではありません」

「では何だと言うんだ!」

フォージェリが即座に食いつく。

ジェニュインは、穏やかに答えた。

「――ガラスですわ」

 

その瞬間、
フォージェリは大声で笑い出した。

「語るに落ちたな!
 ガラスとは高度な技術で作られる貴重品だ!
 河原に落ちているなど、ありえない!」

「……」

ジェニュインは、
ほんのわずかに、困ったような表情を浮かべた。

「まったく、
 何もご存じでないのですね……」

その一言が、
フォージェリの怒りに火をつけた。

「ならば、鑑定人を呼ぼう!
 鑑定させれば、すべて明らかだ!」

「どうぞ」

ジェニュインは、即座にうなずいた。

「ご納得なさるまで、
 鑑定なさってください」

 

彼女は知らなかった。

この瞬間が――
すべての価値が、逆転する始まりになることを。

だが、
それを恐れる必要はなかった。

なぜなら、
ジェニュインは最初から、
“本物”しか扱っていなかったのだから。

 

――石を売る女。

その呼び名が、
後に“称号”へと変わることを、
この場にいる誰一人として、
まだ知らなかった。
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