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第10話 価値のないものを欲しがる人々
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第10話 価値のないものを欲しがる人々
《オーセンティック》に並ぶ「ただの石」は、
王都に奇妙な波紋を広げていた。
宝石ではない。
ガラスでもない。
資産価値が保証されているわけでもない。
それなのに――
確実に、売れている。
「理解できませんわ……」
そう漏らしたのは、
隣国から訪れた貴婦人だった。
彼女は、
展示台の上に置かれた石を見つめながら、
困惑した表情を浮かべている。
「宝石なら、
まだ分かります。
ガラスでも、
希少性があるなら……」
「ですが、
これは“ただの石”なのでしょう?」
その問いに、
ジェニュインは静かに頷いた。
「ええ。
宝石ではありません」
「では……
なぜ、
皆さま、
これを欲しがるのですか?」
その疑問は、
この場にいる多くの人間が
心の奥で抱いているものだった。
ジェニュインは、
石を一つ、
そっと手に取る。
指先に乗せれば、
ひんやりとした感触が伝わってくる。
「“価値がない”と
思われているから、ですわ」
「……?」
貴婦人は、
首を傾げた。
「価値がないと、
皆が思い込んでいるものを、
自分だけが手に入れる」
ジェニュインは、
穏やかな声で続ける。
「それは、
少しだけ……
特別な気持ちになれるでしょう?」
その言葉に、
店内が静まり返る。
「宝石は、
誰もが価値を知っています」
ジェニュインは、
石を元の位置に戻した。
「だから、
手に入れても
“当然”なのです」
「でも、
ただの石は違う」
彼女は、
はっきりと言った。
「“分かる人だけが分かる”。
そういう価値は、
人の心を強く惹きつけます」
「……なるほど」
別の客が、
小さく頷いた。
「つまり、
これは――
自慢するためのものではない」
「ええ」
ジェニュインは、
微笑む。
「自分のためのものですわ」
その瞬間、
客たちの視線が変わった。
探るような目から、
考える目へ。
その頃。
フォージェリ・ノックオフは、
苛立ちを隠しきれずにいた。
「……まただ」
机に叩きつけられたのは、
一通の断りの書簡。
商会からの、
取引拒否だった。
「なぜだ……
俺は侯爵令息だぞ……!」
だが、
理由は明確だった。
――信用がない。
婚約者を詐欺師呼ばわりし、
結果として無知を晒した男。
その評価は、
想像以上に重かった。
「フォージェリ様……」
シャロウ・フラッシーが、
恐る恐る声をかける。
「……最近、
皆さまが話している噂、
ご存じですか?」
「何だ」
苛立った声。
「“価値のないものを
欲しがる人々”という……
あの方の話ですわ」
フォージェリは、
顔をしかめる。
「意味が分からん」
「……皆さま、
あの店で石を買うことで、
自分が“分かっている側”だと
感じたいのだそうです」
その説明に、
フォージェリの胸が
ざわついた。
(分かっている側……?)
かつて、
それは自分の立場だった。
価値を知り、
選ぶ側。
だが今は――
誰もが、
ジェニュインを見ている。
一方、《オーセンティック》。
その日の最後の客が帰ったあと、
ジェニュインは店員と
簡単な打ち合わせをしていた。
「……石の在庫は、
あとどれくらい?」
「三日分ほどです」
「十分ですわ」
ジェニュインは、
淡々と答える。
「必要以上に
出すつもりはありません」
「需要は、
まだ伸びそうですが……」
「需要に応える必要は、
ありません」
その言葉に、
店員は驚いた顔をした。
「……よろしいのですか?」
「ええ」
ジェニュインは、
帳簿を閉じる。
「価値とは、
不足するから生まれるものです」
満たしすぎれば、
ただの消耗品になる。
それを、
彼女はよく知っていた。
夜。
ジェニュインは、
窓辺で街の灯りを眺めていた。
宝石でもない。
ガラスでもない。
ただの石。
それが、
人の心を動かしている。
「……面白いですわね」
彼女は、
小さく笑った。
価値を与えられたものを
欲しがる人間。
価値がないと
思われているものを
欲しがる人間。
その違いは、
決定的だった。
フォージェリ・ノックオフは、
まだ理解していない。
自分が
“価値を与えられる側”だった時代は、
すでに終わっていることを。
そして――
ジェニュイン・オーセンティックは、
今日もまた、
静かに世界の価値観を
一段、
書き換えていた。
石を売る女は、
いまや――
人の欲望そのものを
商品にしているのだから。
《オーセンティック》に並ぶ「ただの石」は、
王都に奇妙な波紋を広げていた。
宝石ではない。
ガラスでもない。
資産価値が保証されているわけでもない。
それなのに――
確実に、売れている。
「理解できませんわ……」
そう漏らしたのは、
隣国から訪れた貴婦人だった。
彼女は、
展示台の上に置かれた石を見つめながら、
困惑した表情を浮かべている。
「宝石なら、
まだ分かります。
ガラスでも、
希少性があるなら……」
「ですが、
これは“ただの石”なのでしょう?」
その問いに、
ジェニュインは静かに頷いた。
「ええ。
宝石ではありません」
「では……
なぜ、
皆さま、
これを欲しがるのですか?」
その疑問は、
この場にいる多くの人間が
心の奥で抱いているものだった。
ジェニュインは、
石を一つ、
そっと手に取る。
指先に乗せれば、
ひんやりとした感触が伝わってくる。
「“価値がない”と
思われているから、ですわ」
「……?」
貴婦人は、
首を傾げた。
「価値がないと、
皆が思い込んでいるものを、
自分だけが手に入れる」
ジェニュインは、
穏やかな声で続ける。
「それは、
少しだけ……
特別な気持ちになれるでしょう?」
その言葉に、
店内が静まり返る。
「宝石は、
誰もが価値を知っています」
ジェニュインは、
石を元の位置に戻した。
「だから、
手に入れても
“当然”なのです」
「でも、
ただの石は違う」
彼女は、
はっきりと言った。
「“分かる人だけが分かる”。
そういう価値は、
人の心を強く惹きつけます」
「……なるほど」
別の客が、
小さく頷いた。
「つまり、
これは――
自慢するためのものではない」
「ええ」
ジェニュインは、
微笑む。
「自分のためのものですわ」
その瞬間、
客たちの視線が変わった。
探るような目から、
考える目へ。
その頃。
フォージェリ・ノックオフは、
苛立ちを隠しきれずにいた。
「……まただ」
机に叩きつけられたのは、
一通の断りの書簡。
商会からの、
取引拒否だった。
「なぜだ……
俺は侯爵令息だぞ……!」
だが、
理由は明確だった。
――信用がない。
婚約者を詐欺師呼ばわりし、
結果として無知を晒した男。
その評価は、
想像以上に重かった。
「フォージェリ様……」
シャロウ・フラッシーが、
恐る恐る声をかける。
「……最近、
皆さまが話している噂、
ご存じですか?」
「何だ」
苛立った声。
「“価値のないものを
欲しがる人々”という……
あの方の話ですわ」
フォージェリは、
顔をしかめる。
「意味が分からん」
「……皆さま、
あの店で石を買うことで、
自分が“分かっている側”だと
感じたいのだそうです」
その説明に、
フォージェリの胸が
ざわついた。
(分かっている側……?)
かつて、
それは自分の立場だった。
価値を知り、
選ぶ側。
だが今は――
誰もが、
ジェニュインを見ている。
一方、《オーセンティック》。
その日の最後の客が帰ったあと、
ジェニュインは店員と
簡単な打ち合わせをしていた。
「……石の在庫は、
あとどれくらい?」
「三日分ほどです」
「十分ですわ」
ジェニュインは、
淡々と答える。
「必要以上に
出すつもりはありません」
「需要は、
まだ伸びそうですが……」
「需要に応える必要は、
ありません」
その言葉に、
店員は驚いた顔をした。
「……よろしいのですか?」
「ええ」
ジェニュインは、
帳簿を閉じる。
「価値とは、
不足するから生まれるものです」
満たしすぎれば、
ただの消耗品になる。
それを、
彼女はよく知っていた。
夜。
ジェニュインは、
窓辺で街の灯りを眺めていた。
宝石でもない。
ガラスでもない。
ただの石。
それが、
人の心を動かしている。
「……面白いですわね」
彼女は、
小さく笑った。
価値を与えられたものを
欲しがる人間。
価値がないと
思われているものを
欲しがる人間。
その違いは、
決定的だった。
フォージェリ・ノックオフは、
まだ理解していない。
自分が
“価値を与えられる側”だった時代は、
すでに終わっていることを。
そして――
ジェニュイン・オーセンティックは、
今日もまた、
静かに世界の価値観を
一段、
書き換えていた。
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いまや――
人の欲望そのものを
商品にしているのだから。
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