石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第9話 ただの石、という真実

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第9話 ただの石、という真実

 

《オーセンティック》の朝は、
これまでよりも一層、静けさを保つようになっていた。

人は増えた。
注目も集まっている。
だが、騒がしさはない。

それは、
店に足を踏み入れる者たちが、
無意識のうちに理解しているからだった。

――ここは、
 軽い好奇心で踏み込む場所ではない。

価値を見に来る者だけが、
扉を叩く場所なのだと。

 

ジェニュイン・オーセンティックは、
店の奥で一つの小箱を開いていた。

中に入っているのは、
どれも小ぶりな石。

透明なもの、
淡く色づいたもの、
一見すれば、
宝石とは呼びにくい代物ばかりだった。

「……本当に、
 ただの石ですわね」

そう呟いたのは、
彼女自身だった。

宝石のような輝きもない。
加工もされていない。
ただ、自然のままの姿で
そこにあるだけ。

だが――
ジェニュインの目には、
はっきりと“違い”が見えていた。

 

「本日はこちらを?」

店員が、
慎重に声をかける。

「ええ」

ジェニュインは、
小箱を閉じて頷いた。

「今日から、
 新しい形で
 販売を始めます」

「……加工、なさらないのですか?」

その問いに、
ジェニュインは首を横に振った。

「ええ。
 これは――
 加工しない方がいい石ですわ」

 

その日の午後。

《オーセンティック》に集まった客たちは、
展示台の前で足を止めていた。

そこに並んでいるのは、
これまでのアクセサリーではない。

ただ、
小さな石が、
一つずつ、
丁寧に並べられている。

値札には、
簡潔な説明だけが添えられていた。

――希少鉱石。
――美観価値あり。
――宝石ではありません。

 

「……宝石では、ない?」

貴婦人の一人が、
怪訝そうに眉をひそめる。

「では、
 なぜここで売っているのですか?」

その問いに、
ジェニュインは自ら答えた。

「美しいからですわ」

一瞬、
店内に沈黙が落ちる。

「それだけ、ですか?」

「それだけです」

彼女は、
迷いなく言い切った。

「価値があるかどうかは、
 持ち主が決めることです。
 私は――
 事実だけをお伝えしています」

 

その言葉に、
ざわめきが起こる。

「宝石ではない」
「ただの石」
「それなのに……」

誰かが、
ぽつりと呟いた。

「……でも、
 綺麗ですわね」

その一言が、
空気を変えた。

 

宝石とは何か。

高価で、
希少で、
誰もが価値を認めるもの。

だが、
この石は違う。

誰かに自慢するためでもない。
資産として保管するためでもない。

ただ――
「好きだ」と思った者が
手に取るためのもの。

 

「……お値段は?」

恐る恐る、
そう尋ねる声。

ジェニュインは、
穏やかに告げた。

「高くはありません。
 ただし、
 二度と同じものは
 手に入りませんわ」

それは、
希少性の宣言であり、
同時に――
選択の責任を委ねる言葉だった。

 

その頃。

ノックオフ侯爵家では、
フォージェリが苛立ちを募らせていた。

「……石、だと?」

彼は、
噂話を聞いて
鼻で笑った。

「宝石でも、
 ガラスでもない……
 ただの石を売っている?」

「ええ」

報告役の使用人が、
慎重に頷く。

「しかも……
 “宝石ではない”と
 最初から明言しているそうです」

「馬鹿馬鹿しい」

フォージェリは、
吐き捨てる。

「そんなもの、
 誰が買う」

だが――
その言葉は、
現実によって否定される。

 

《オーセンティック》では、
一つ、また一つと、
石が売れていった。

購入者たちは、
誇らしげにするでもなく、
誰かに見せびらかすでもない。

ただ、
満足そうに、
石を掌に包んで帰っていく。

 

「……不思議ですわね」

店員が、
小さく呟く。

「宝石より、
 ずっと静かなのに……
 皆様、
 とても嬉しそうです」

ジェニュインは、
微笑んだ。

「“選ばされた価値”ではなく、
 “自分で選んだ価値”だからですわ」

その言葉は、
店の空気そのものを
言い表していた。

 

その日の夜。

ジェニュインは、
帳簿を閉じ、
窓辺に立つ。

売上は、
宝石ほどではない。

だが、
確実に、
新しい流れが生まれている。

「……ただの石」

彼女は、
静かに呟いた。

「だからこそ、
 真実が見える」

誰かに与えられた価値は、
簡単に崩れる。

だが、
自分で選び、
納得して手にしたものは――
決して、
他人の言葉では
揺るがない。

 

その理屈を、
かつて婚約者だった男は、
まだ理解していない。

フォージェリ・ノックオフは、
今日もまた、
“価値が分かっているつもりの者”として
過去に縋っている。

だが、
世界はすでに――
次の段階へ進み始めていた。

石を売る女は、
いま、
「ただの石」で人の心を試している。

それが、
どれほど残酷で、
どれほど決定的な差を生むのか――
まだ、
誰も気づいていなかった。
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