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第8話 選ぶ者と、選ばれる者
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第8話 選ぶ者と、選ばれる者
王都の朝は、
いつもより騒がしかった。
街角の噂話、
貴族の屋敷を行き交う馬車、
商人たちのひそひそ声――
その中心にある名は、もはや一つしかない。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。
かつては
「地味で取り柄のない婚約者」
などと陰で囁かれていたその名が、
今では、まったく違う響きを持って語られていた。
「彼女の店は、
もう“アクセサリーショップ”ではありませんわ」
そう言ったのは、
社交界でも顔の利く公爵夫人だった。
「価値を生み出す場所。
……いえ、
価値を見抜く女がいる場所、ですわね」
アクセサリーショップ《オーセンティック》には、
この日も客が訪れていた。
だが、
これまでとは明らかに違う。
宝石を求める貴婦人だけではない。
商会の代表、
他国の使節、
さらには――
貴族の縁談を取りまとめる仲介人までもが、
控えめな態度で扉を叩いている。
「ご予約の方のみの対応となります」
店員がそう告げても、
誰一人として不満を口にしない。
それどころか、
深く頭を下げる者さえいる。
ジェニュインは、
店の奥からその様子を眺めながら、
小さく息を吐いた。
「……急に、
ずいぶん変わりましたわね」
「ええ」
女店員は、
苦笑を浮かべる。
「皆様、
“選ばれたい”のです」
その言葉に、
ジェニュインは一瞬だけ、
指を止めた。
選ばれる。
かつての自分は、
その立場にあった。
侯爵令息の婚約者。
相手に選ばれ、
価値を測られる存在。
だが今は――
違う。
その頃。
ノックオフ侯爵家では、
重たい空気がさらに沈殿していた。
フォージェリ・ノックオフは、
父から渡された書簡を、
無言で読み返している。
内容は、
端的だった。
――しばらくの間、
社交の場への出入りを控えよ。
事実上の、
“謹慎”である。
「……俺が?」
声が、
震えた。
「なぜ、
俺がそんな扱いを受けなければならない」
ノックオフ侯爵は、
冷ややかな目で息子を見る。
「理解できないのか?」
「俺は、
何も間違ったことはしていない!」
「いいや」
父は、
きっぱりと否定した。
「お前は、
自分が“選ぶ側”だと
思い込んでいた」
フォージェリは、
思わず口を噤む。
「だが、
世間は違う」
侯爵は続ける。
「価値を見誤った者は、
次に“選ばれる側”に回される。
それが、
今のお前だ」
その言葉は、
重く、
逃げ場のない現実だった。
一方、
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢は、
焦っていた。
フォージェリの立場が揺らいでいる。
それは、
自分の未来も揺らぐということだ。
(……このままでは、
侯爵夫人の座が遠のく)
彼女は、
必死に考えを巡らせる。
そして――
ある結論に至った。
その日の午後。
《オーセンティック》に、
一通の書簡が届いた。
差出人は、
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢。
「……面会の申し込み、ですか」
店員が、
怪訝そうに言う。
ジェニュインは、
書簡を読み終え、
静かに頷いた。
「お受けしましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ」
ジェニュインは、
淡々と答えた。
「彼女が、
何を望んでいるのか……
知っておく必要がありますわ」
翌日。
シャロウは、
これまでになく控えめな装いで
店を訪れた。
派手な宝石は身につけていない。
柔らかな色合いのドレス。
それは、
彼女なりの“変化”の表れだった。
「……お久しぶりですわね、
ジェニュイン様」
「ええ。
どうぞ、お掛けください」
二人は、
向かい合って座る。
沈黙が、
短く流れた。
先に口を開いたのは、
シャロウだった。
「……正直に申しますわ」
彼女は、
指先をぎゅっと握る。
「あなたを、
見くびっていました」
「そうですか」
ジェニュインの声は、
変わらない。
「ですが、
今は違います」
シャロウは、
必死に言葉を続ける。
「あなたは、
選ばれるべき方。
……いえ、
選ぶ立場にある方ですわ」
その瞬間、
ジェニュインは理解した。
(ああ……)
この人は、
何も分かっていない。
「シャロウ様」
ジェニュインは、
穏やかに言った。
「私は、
誰かに選ばれるために
ここにいるのではありません」
「では……?」
「私は、
石を見ています」
ジェニュインは、
はっきりと告げる。
「石が何であるか。
どんな価値を持つか。
それだけですわ」
シャロウは、
言葉を失った。
(……違う)
彼女が欲しかった答えは、
こんなものではない。
その日の夕暮れ。
シャロウ・フラッシーは、
《オーセンティック》を後にした。
胸に残ったのは、
安堵ではなく――
決定的な敗北感だった。
彼女は、
“選ばれたい”と思っていた。
だが、
ジェニュインは――
最初から、
選ぶ側に立っていた。
ジェニュインは、
窓の外に沈む夕日を見つめながら、
小さく呟いた。
「……価値とは、
奪い合うものではありません」
それを、
誰よりも分かっていない者たちが、
いまもなお、
彼女の周囲で足掻いている。
だが、
その足掻きさえ――
すでに、
彼女の歩みを
止めることはできなかった。
石を売る女は、
いまや――
価値を選ぶ女となっていたのだから。
王都の朝は、
いつもより騒がしかった。
街角の噂話、
貴族の屋敷を行き交う馬車、
商人たちのひそひそ声――
その中心にある名は、もはや一つしかない。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。
かつては
「地味で取り柄のない婚約者」
などと陰で囁かれていたその名が、
今では、まったく違う響きを持って語られていた。
「彼女の店は、
もう“アクセサリーショップ”ではありませんわ」
そう言ったのは、
社交界でも顔の利く公爵夫人だった。
「価値を生み出す場所。
……いえ、
価値を見抜く女がいる場所、ですわね」
アクセサリーショップ《オーセンティック》には、
この日も客が訪れていた。
だが、
これまでとは明らかに違う。
宝石を求める貴婦人だけではない。
商会の代表、
他国の使節、
さらには――
貴族の縁談を取りまとめる仲介人までもが、
控えめな態度で扉を叩いている。
「ご予約の方のみの対応となります」
店員がそう告げても、
誰一人として不満を口にしない。
それどころか、
深く頭を下げる者さえいる。
ジェニュインは、
店の奥からその様子を眺めながら、
小さく息を吐いた。
「……急に、
ずいぶん変わりましたわね」
「ええ」
女店員は、
苦笑を浮かべる。
「皆様、
“選ばれたい”のです」
その言葉に、
ジェニュインは一瞬だけ、
指を止めた。
選ばれる。
かつての自分は、
その立場にあった。
侯爵令息の婚約者。
相手に選ばれ、
価値を測られる存在。
だが今は――
違う。
その頃。
ノックオフ侯爵家では、
重たい空気がさらに沈殿していた。
フォージェリ・ノックオフは、
父から渡された書簡を、
無言で読み返している。
内容は、
端的だった。
――しばらくの間、
社交の場への出入りを控えよ。
事実上の、
“謹慎”である。
「……俺が?」
声が、
震えた。
「なぜ、
俺がそんな扱いを受けなければならない」
ノックオフ侯爵は、
冷ややかな目で息子を見る。
「理解できないのか?」
「俺は、
何も間違ったことはしていない!」
「いいや」
父は、
きっぱりと否定した。
「お前は、
自分が“選ぶ側”だと
思い込んでいた」
フォージェリは、
思わず口を噤む。
「だが、
世間は違う」
侯爵は続ける。
「価値を見誤った者は、
次に“選ばれる側”に回される。
それが、
今のお前だ」
その言葉は、
重く、
逃げ場のない現実だった。
一方、
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢は、
焦っていた。
フォージェリの立場が揺らいでいる。
それは、
自分の未来も揺らぐということだ。
(……このままでは、
侯爵夫人の座が遠のく)
彼女は、
必死に考えを巡らせる。
そして――
ある結論に至った。
その日の午後。
《オーセンティック》に、
一通の書簡が届いた。
差出人は、
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢。
「……面会の申し込み、ですか」
店員が、
怪訝そうに言う。
ジェニュインは、
書簡を読み終え、
静かに頷いた。
「お受けしましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ」
ジェニュインは、
淡々と答えた。
「彼女が、
何を望んでいるのか……
知っておく必要がありますわ」
翌日。
シャロウは、
これまでになく控えめな装いで
店を訪れた。
派手な宝石は身につけていない。
柔らかな色合いのドレス。
それは、
彼女なりの“変化”の表れだった。
「……お久しぶりですわね、
ジェニュイン様」
「ええ。
どうぞ、お掛けください」
二人は、
向かい合って座る。
沈黙が、
短く流れた。
先に口を開いたのは、
シャロウだった。
「……正直に申しますわ」
彼女は、
指先をぎゅっと握る。
「あなたを、
見くびっていました」
「そうですか」
ジェニュインの声は、
変わらない。
「ですが、
今は違います」
シャロウは、
必死に言葉を続ける。
「あなたは、
選ばれるべき方。
……いえ、
選ぶ立場にある方ですわ」
その瞬間、
ジェニュインは理解した。
(ああ……)
この人は、
何も分かっていない。
「シャロウ様」
ジェニュインは、
穏やかに言った。
「私は、
誰かに選ばれるために
ここにいるのではありません」
「では……?」
「私は、
石を見ています」
ジェニュインは、
はっきりと告げる。
「石が何であるか。
どんな価値を持つか。
それだけですわ」
シャロウは、
言葉を失った。
(……違う)
彼女が欲しかった答えは、
こんなものではない。
その日の夕暮れ。
シャロウ・フラッシーは、
《オーセンティック》を後にした。
胸に残ったのは、
安堵ではなく――
決定的な敗北感だった。
彼女は、
“選ばれたい”と思っていた。
だが、
ジェニュインは――
最初から、
選ぶ側に立っていた。
ジェニュインは、
窓の外に沈む夕日を見つめながら、
小さく呟いた。
「……価値とは、
奪い合うものではありません」
それを、
誰よりも分かっていない者たちが、
いまもなお、
彼女の周囲で足掻いている。
だが、
その足掻きさえ――
すでに、
彼女の歩みを
止めることはできなかった。
石を売る女は、
いまや――
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