石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第7話 価値を失った男、価値を測られる女

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第7話 価値を失った男、価値を測られる女

 

正式な婚約破棄が公表された翌日、
王都の社交界は、まるで蜂の巣を突いたかのような騒ぎに包まれた。

噂は、
尾ひれをつけながら瞬く間に広がっていく。

「ノックオフ侯爵令息が、
 婚約者を詐欺師呼ばわりしたそうですわ」

「しかも、
 鑑定で完全否定されたとか……」

「恥をかいたのは、
 どちらだったのかしらね」

それらの囁きは、
いつしか一つの結論へと収束していった。

――フォージェリ・ノックオフは、価値を見誤った。

 

アクセサリーショップ《オーセンティック》の前には、
朝から人だかりができていた。

いつもなら、
完全予約制で、
静かに扉が開かれるはずの店だ。

だがこの日は違った。

「本日のお品は、
 ございますでしょうか?」

「例の……
 天然ガラスのアクセサリーを……」

噂を聞きつけた貴婦人たちが、
次々と訪れている。

ジェニュインは、
店の奥でその様子を静かに見守っていた。

「……急に、
 騒がしくなってしまいましたわね」

「ですが、
 悪い意味ではありません」

そう答えたのは、
長年店を支えてきた女店員だった。

「皆様、
 “本物”を確かめに来ていらっしゃいます」

ジェニュインは、
小さく頷く。

「ええ。
 それで構いません」

価値とは、
疑われることで、
より明確になるものだ。

 

その頃。

ノックオフ侯爵家の屋敷では、
重苦しい沈黙が流れていた。

フォージェリ・ノックオフは、
自室で書簡を握りしめている。

――社交界からの招待状。

昨日までなら、
当然のように届いていたものだ。

だが今日は、
一通もなかった。

「……ふざけるな……」

低く、
吐き捨てるような声。

(俺が、
 何をしたというんだ)

婚約を破棄した。
価値のない女を切った。

それだけのはずだった。

それなのに――
世間は、
まるで自分が
“切り捨てられた側”であるかのような態度を取っている。

「……」

フォージェリは、
無意識に拳を握りしめた。

(あの女のせいだ)

ジェニュイン・オーセンティック。

静かで、
目立たず、
だがいつの間にか、
自分より高い位置に立っていた女。

 

「フォージェリ様……」

控えめな声が、
部屋に響く。

シャロウ・フラッシー伯爵令嬢だった。

「今は、
 お休みになった方が……」

「放っておけ」

素っ気なく言い放つ。

だが、
シャロウは引き下がらなかった。

「……社交界では、
 すでに次の話題が出ていますわ」

「何だ」

「“これから誰が、
 ジェニュイン様と関係を結ぶのか”」

その言葉に、
フォージェリの眉がぴくりと動いた。

「……何?」

シャロウは、
慎重に言葉を選ぶ。

「商会の当主様や、
 他国の使節まで……
 あの方に興味を示していると」

一瞬、
フォージェリの思考が止まった。

(……誰と、だと?)

「ふざけるな」

低い声。

「彼女は、
 俺の元婚約者だぞ」

「……もう、
 違いますわ」

シャロウは、
はっきりと告げた。

その瞬間、
フォージェリの胸に、
得体の知れない焦りが広がった。

 

一方。

《オーセンティック》では、
いつもとは違う客が訪れていた。

身なりは質素だが、
立ち居振る舞いに隙がない。

商人――
それも、
相当な手練れだ。

「ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢。
 突然の訪問、失礼いたします」

「構いませんわ。
 ご用件を伺いましょう」

男は、
一瞬だけ店内を見回し、
静かに言った。

「あなたの扱うガラス……
 いや、“価値のつけ方”に、
 興味があります」

ジェニュインは、
わずかに目を細める。

「価値は、
 私がつけているわけではありません」

「では?」

「――世間が、
 後から理解しているだけですわ」

その返答に、
男は思わず息を呑んだ。

(この令嬢……
 格が違う)

 

その日の夕方。

店を閉めたジェニュインは、
帳簿に目を落としていた。

数字は、
正直だった。

売上は、
確実に伸びている。

だが、
それ以上に変わったのは――
周囲の視線だった。

もはや、
彼女を“元婚約者を捨てられた令嬢”と
見る者はいない。

“価値を生む女”。

そう認識され始めている。

 

ジェニュインは、
ペンを置き、
静かに呟いた。

「……価値を失うのは、
 早いものですわね」

それは、
誰かを嘲る言葉ではない。

ただの、
事実だった。

その頃、
フォージェリ・ノックオフは、
まだ気づいていなかった。

自分が失ったのは、
婚約者ではなく――

“選ぶ側でいられる立場”そのものだということに。

価値を測るつもりだった男は、
いつの間にか、
測られる側へと
落ちていたのだから。
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