石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第6話 正式な婚約破棄

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第6話 正式な婚約破棄

 

朝の光が、
アクセサリーショップ《オーセンティック》の硝子窓を静かに照らしていた。

昨日の騒動が嘘のように、
店内はいつも通りの落ち着きを取り戻している。

だが――
王都の空気は、確実に変わり始めていた。

「……噂が、もう広がっております」

控えめにそう告げたのは、
ジェニュインに仕える執事だった。

彼の手には、
数通の書簡がある。

貴族社会において、
噂は風よりも早い。

ましてや、
侯爵令息が婚約者を詐欺師呼ばわりし、
公衆の面前で赤っ恥をかいた事件だ。

話題にならないはずがなかった。

「ええ。
 想定の範囲内ですわ」

ジェニュインは、
いつもと変わらぬ調子で答えた。

だがその目は、
一枚の封筒に向けられている。

厚手の紙。
深紅の蝋印。
そこに刻まれている紋章は――
オーセンティック侯爵家のものだった。

「……こちらを」

執事が差し出す。

ジェニュインは、
一瞬だけ深呼吸をしてから、
封を切った。

 

内容は、
短く、しかし明確だった。

――フォージェリ・ノックオフ侯爵令息との婚約を、
本日付をもって正式に破棄する。

理由は、
彼女の名誉を著しく損なう行為があったため。

責は、
すべてノックオフ侯爵家側にある。

 

読み終えた瞬間、
胸の奥で何かが、
すっとほどけた。

怒りでも、悲しみでもない。

「……終わりましたわね」

ぽつりと、
ジェニュインは呟いた。

それは、
決別の言葉というより、
一つの事実を受け入れた確認だった。

 

その頃。

ノックオフ侯爵家では、
まったく異なる空気が流れていた。

「――何だと?」

フォージェリ・ノックオフは、
父から差し出された書簡を読み、
声を荒らげた。

「婚約破棄……?
 俺が、破棄したはずだろう!」

「違う」

低く、
重い声で父――ノックオフ侯爵が言い放つ。

「お前がしたのは、
 勝手な宣言だ。
 正式な婚約破棄ではない」

「そんな……!」

フォージェリは、
書簡を握り潰しそうになる。

「俺は、
 あの女に価値がないと判断しただけだ!」

「だからこそだ」

侯爵は、
机を指で叩いた。

「公衆の面前で、
 婚約者を詐欺師呼ばわりした。
 それが、
 どれほど重大な侮辱か……
 本当に分からないのか?」

フォージェリは、
言葉を失った。

父の目は、
怒りよりも、
失望に満ちている。

「オーセンティック侯爵家は、
 この件を“名誉毀損”として扱っている」

「な……!」

「こちらが頭を下げても、
 関係修復は不可能だろう」

ノックオフ侯爵は、
静かに言い切った。

「つまり――
 切り捨てられたのは、我々だ」

 

その言葉は、
フォージェリの胸を、
鋭く刺した。

自分が、
主導権を握っていたはずの婚約。

それが、
いつの間にか、
完全に逆転している。

(……馬鹿な……)

だが、
現実は否定できなかった。

 

同じ頃。

シャロウ・フラッシー伯爵令嬢は、
自室で鏡を見つめていた。

昨夜から、
彼女の胸は、
落ち着かない鼓動で満たされている。

(婚約破棄……
 正式、ですって?)

つまり、
ジェニュインは――
完全に、
フォージェリから切り離された。

それは、
彼女にとって、
一つの“好機”だった。

「……これで、
 私の番ですわ」

シャロウは、
ゆっくりと笑みを浮かべる。

フォージェリは、
誇り高い侯爵令息。

多少の失態があろうと、
彼の価値は揺るがない。

そして、
その隣に立つのは――
自分だ。

(あの地味な女とは、
 違いますもの)

彼女は、
鏡の中の自分に言い聞かせる。

「私は、
 “輝く側”ですわ」

 

一方、
オーセンティック侯爵家では、
最後の確認が行われていた。

「これで、
 すべて終わりだな」

侯爵は、
娘に向かって静かに言う。

「世間は騒ぐだろう。
 だが、
 お前に非はない」

「承知しております」

ジェニュインは、
一礼した。

「……父上。
 この件で、
 家にご迷惑をおかけしました」

「迷惑?」

侯爵は、
わずかに目を細める。

「むしろ、
 よく耐えた」

その一言に、
ジェニュインは、
初めて小さく笑った。

 

その日、
王都に一つの報せが流れた。

オーセンティック侯爵家と
ノックオフ侯爵家の婚約は、
正式に破棄された。

それは、
単なる縁談の終わりではない。

価値を見誤った者が、
静かに、
しかし確実に退場する合図だった。

そして同時に――
ジェニュイン・オーセンティックという名が、
“独立した存在”として、
社交界に刻まれた日でもあった。

石を売る女は、
もう誰の婚約者でもない。

だが、
その価値は――
これから、
さらに高まっていく。
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