6 / 40
第6話 正式な婚約破棄
しおりを挟む
第6話 正式な婚約破棄
朝の光が、
アクセサリーショップ《オーセンティック》の硝子窓を静かに照らしていた。
昨日の騒動が嘘のように、
店内はいつも通りの落ち着きを取り戻している。
だが――
王都の空気は、確実に変わり始めていた。
「……噂が、もう広がっております」
控えめにそう告げたのは、
ジェニュインに仕える執事だった。
彼の手には、
数通の書簡がある。
貴族社会において、
噂は風よりも早い。
ましてや、
侯爵令息が婚約者を詐欺師呼ばわりし、
公衆の面前で赤っ恥をかいた事件だ。
話題にならないはずがなかった。
「ええ。
想定の範囲内ですわ」
ジェニュインは、
いつもと変わらぬ調子で答えた。
だがその目は、
一枚の封筒に向けられている。
厚手の紙。
深紅の蝋印。
そこに刻まれている紋章は――
オーセンティック侯爵家のものだった。
「……こちらを」
執事が差し出す。
ジェニュインは、
一瞬だけ深呼吸をしてから、
封を切った。
内容は、
短く、しかし明確だった。
――フォージェリ・ノックオフ侯爵令息との婚約を、
本日付をもって正式に破棄する。
理由は、
彼女の名誉を著しく損なう行為があったため。
責は、
すべてノックオフ侯爵家側にある。
読み終えた瞬間、
胸の奥で何かが、
すっとほどけた。
怒りでも、悲しみでもない。
「……終わりましたわね」
ぽつりと、
ジェニュインは呟いた。
それは、
決別の言葉というより、
一つの事実を受け入れた確認だった。
その頃。
ノックオフ侯爵家では、
まったく異なる空気が流れていた。
「――何だと?」
フォージェリ・ノックオフは、
父から差し出された書簡を読み、
声を荒らげた。
「婚約破棄……?
俺が、破棄したはずだろう!」
「違う」
低く、
重い声で父――ノックオフ侯爵が言い放つ。
「お前がしたのは、
勝手な宣言だ。
正式な婚約破棄ではない」
「そんな……!」
フォージェリは、
書簡を握り潰しそうになる。
「俺は、
あの女に価値がないと判断しただけだ!」
「だからこそだ」
侯爵は、
机を指で叩いた。
「公衆の面前で、
婚約者を詐欺師呼ばわりした。
それが、
どれほど重大な侮辱か……
本当に分からないのか?」
フォージェリは、
言葉を失った。
父の目は、
怒りよりも、
失望に満ちている。
「オーセンティック侯爵家は、
この件を“名誉毀損”として扱っている」
「な……!」
「こちらが頭を下げても、
関係修復は不可能だろう」
ノックオフ侯爵は、
静かに言い切った。
「つまり――
切り捨てられたのは、我々だ」
その言葉は、
フォージェリの胸を、
鋭く刺した。
自分が、
主導権を握っていたはずの婚約。
それが、
いつの間にか、
完全に逆転している。
(……馬鹿な……)
だが、
現実は否定できなかった。
同じ頃。
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢は、
自室で鏡を見つめていた。
昨夜から、
彼女の胸は、
落ち着かない鼓動で満たされている。
(婚約破棄……
正式、ですって?)
つまり、
ジェニュインは――
完全に、
フォージェリから切り離された。
それは、
彼女にとって、
一つの“好機”だった。
「……これで、
私の番ですわ」
シャロウは、
ゆっくりと笑みを浮かべる。
フォージェリは、
誇り高い侯爵令息。
多少の失態があろうと、
彼の価値は揺るがない。
そして、
その隣に立つのは――
自分だ。
(あの地味な女とは、
違いますもの)
彼女は、
鏡の中の自分に言い聞かせる。
「私は、
“輝く側”ですわ」
一方、
オーセンティック侯爵家では、
最後の確認が行われていた。
「これで、
すべて終わりだな」
侯爵は、
娘に向かって静かに言う。
「世間は騒ぐだろう。
だが、
お前に非はない」
「承知しております」
ジェニュインは、
一礼した。
「……父上。
この件で、
家にご迷惑をおかけしました」
「迷惑?」
侯爵は、
わずかに目を細める。
「むしろ、
よく耐えた」
その一言に、
ジェニュインは、
初めて小さく笑った。
その日、
王都に一つの報せが流れた。
オーセンティック侯爵家と
ノックオフ侯爵家の婚約は、
正式に破棄された。
それは、
単なる縁談の終わりではない。
価値を見誤った者が、
静かに、
しかし確実に退場する合図だった。
そして同時に――
ジェニュイン・オーセンティックという名が、
“独立した存在”として、
社交界に刻まれた日でもあった。
石を売る女は、
もう誰の婚約者でもない。
だが、
その価値は――
これから、
さらに高まっていく。
朝の光が、
アクセサリーショップ《オーセンティック》の硝子窓を静かに照らしていた。
昨日の騒動が嘘のように、
店内はいつも通りの落ち着きを取り戻している。
だが――
王都の空気は、確実に変わり始めていた。
「……噂が、もう広がっております」
控えめにそう告げたのは、
ジェニュインに仕える執事だった。
彼の手には、
数通の書簡がある。
貴族社会において、
噂は風よりも早い。
ましてや、
侯爵令息が婚約者を詐欺師呼ばわりし、
公衆の面前で赤っ恥をかいた事件だ。
話題にならないはずがなかった。
「ええ。
想定の範囲内ですわ」
ジェニュインは、
いつもと変わらぬ調子で答えた。
だがその目は、
一枚の封筒に向けられている。
厚手の紙。
深紅の蝋印。
そこに刻まれている紋章は――
オーセンティック侯爵家のものだった。
「……こちらを」
執事が差し出す。
ジェニュインは、
一瞬だけ深呼吸をしてから、
封を切った。
内容は、
短く、しかし明確だった。
――フォージェリ・ノックオフ侯爵令息との婚約を、
本日付をもって正式に破棄する。
理由は、
彼女の名誉を著しく損なう行為があったため。
責は、
すべてノックオフ侯爵家側にある。
読み終えた瞬間、
胸の奥で何かが、
すっとほどけた。
怒りでも、悲しみでもない。
「……終わりましたわね」
ぽつりと、
ジェニュインは呟いた。
それは、
決別の言葉というより、
一つの事実を受け入れた確認だった。
その頃。
ノックオフ侯爵家では、
まったく異なる空気が流れていた。
「――何だと?」
フォージェリ・ノックオフは、
父から差し出された書簡を読み、
声を荒らげた。
「婚約破棄……?
俺が、破棄したはずだろう!」
「違う」
低く、
重い声で父――ノックオフ侯爵が言い放つ。
「お前がしたのは、
勝手な宣言だ。
正式な婚約破棄ではない」
「そんな……!」
フォージェリは、
書簡を握り潰しそうになる。
「俺は、
あの女に価値がないと判断しただけだ!」
「だからこそだ」
侯爵は、
机を指で叩いた。
「公衆の面前で、
婚約者を詐欺師呼ばわりした。
それが、
どれほど重大な侮辱か……
本当に分からないのか?」
フォージェリは、
言葉を失った。
父の目は、
怒りよりも、
失望に満ちている。
「オーセンティック侯爵家は、
この件を“名誉毀損”として扱っている」
「な……!」
「こちらが頭を下げても、
関係修復は不可能だろう」
ノックオフ侯爵は、
静かに言い切った。
「つまり――
切り捨てられたのは、我々だ」
その言葉は、
フォージェリの胸を、
鋭く刺した。
自分が、
主導権を握っていたはずの婚約。
それが、
いつの間にか、
完全に逆転している。
(……馬鹿な……)
だが、
現実は否定できなかった。
同じ頃。
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢は、
自室で鏡を見つめていた。
昨夜から、
彼女の胸は、
落ち着かない鼓動で満たされている。
(婚約破棄……
正式、ですって?)
つまり、
ジェニュインは――
完全に、
フォージェリから切り離された。
それは、
彼女にとって、
一つの“好機”だった。
「……これで、
私の番ですわ」
シャロウは、
ゆっくりと笑みを浮かべる。
フォージェリは、
誇り高い侯爵令息。
多少の失態があろうと、
彼の価値は揺るがない。
そして、
その隣に立つのは――
自分だ。
(あの地味な女とは、
違いますもの)
彼女は、
鏡の中の自分に言い聞かせる。
「私は、
“輝く側”ですわ」
一方、
オーセンティック侯爵家では、
最後の確認が行われていた。
「これで、
すべて終わりだな」
侯爵は、
娘に向かって静かに言う。
「世間は騒ぐだろう。
だが、
お前に非はない」
「承知しております」
ジェニュインは、
一礼した。
「……父上。
この件で、
家にご迷惑をおかけしました」
「迷惑?」
侯爵は、
わずかに目を細める。
「むしろ、
よく耐えた」
その一言に、
ジェニュインは、
初めて小さく笑った。
その日、
王都に一つの報せが流れた。
オーセンティック侯爵家と
ノックオフ侯爵家の婚約は、
正式に破棄された。
それは、
単なる縁談の終わりではない。
価値を見誤った者が、
静かに、
しかし確実に退場する合図だった。
そして同時に――
ジェニュイン・オーセンティックという名が、
“独立した存在”として、
社交界に刻まれた日でもあった。
石を売る女は、
もう誰の婚約者でもない。
だが、
その価値は――
これから、
さらに高まっていく。
0
あなたにおすすめの小説
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる