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第5話 切り捨てられたのはどちらか
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第5話 切り捨てられたのはどちらか
アクセサリーショップ《オーセンティック》に残された空気は、
嵐が過ぎ去ったあとのように静かだった。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息と
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢が店を去ってから、
まだそれほど時間は経っていない。
それでも、
店内に集っていた貴婦人たちは、
誰一人としてすぐに帰ろうとはしなかった。
――いや、
帰れなかった、という方が正しいだろう。
「……私たち、
とんでもない場面に立ち会ってしまいましたわね」
誰かが、そう呟いた。
その声には、
興奮と、困惑と、
そしてかすかな羞恥が混じっていた。
自分たちは、
“詐欺師かもしれない女”の店で
買い物をしていたのではないか。
ほんの少し前まで、
そう疑っていたのだから。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢は、
店の奥で静かに息を整えていた。
感情が高ぶっていないと言えば、
それは嘘になる。
婚約者に、
公衆の面前で詐欺師と呼ばれたのだ。
怒りも、悲しみも、
湧き上がらないはずがない。
だが――
それを表に出す理由は、
どこにもなかった。
彼女は、
ただ事実を示した。
それだけで、
すべては逆転したのだから。
「ジェニュイン様……」
控えめな声がかかる。
振り返ると、
常連の伯爵夫人が、
不安そうな表情で立っていた。
「先ほどの件……
私たちが、
あなたを疑ったこと……」
その先の言葉は、
続かなかった。
ジェニュインは、
やわらかく首を振る。
「お気になさらないでくださいませ」
その声音には、
責める響きは一切ない。
「疑うのは、
当然のことですわ。
価値は、
知らなければ見えませんもの」
その言葉に、
伯爵夫人は深く息を吐いた。
「……あなたは、
本当に不思議な方ですわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。
普通なら、
もっと怒ってもいい場面ですのに」
ジェニュインは、
少しだけ考えてから答えた。
「怒る必要が、
ありませんでしたから」
その頃。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息は、
馬車の中で、
苛立ちを隠すこともなく、
座席を拳で叩いていた。
「馬鹿な……!
あんなことが、
あってたまるか……!」
天然ガラス。
希少性。
正当な価格。
鑑定人の言葉が、
頭の中で何度も反芻される。
(俺が……
間違っていたというのか?)
そんなはずはない。
自分は侯爵令息だ。
審美眼も、教養も、
備えているはずだ。
それなのに――
周囲の視線は、
明らかに自分を嘲っていた。
「フォージェリ様……」
隣に座るシャロウ・フラッシーが、
不安そうに声をかける。
「今日のことは……
少し、行き過ぎだったのでは……」
「黙れ」
短く、鋭い声。
シャロウは、
思わず息を詰めた。
「俺は、
間違っていない」
そう言い聞かせるように、
フォージェリは続ける。
「ガラスが河原に落ちている?
そんな話、
誰が信じる」
「で、でも……
鑑定人が……」
「鑑定人だって、
万能じゃない!」
苛立ちが、
言葉を荒らくする。
シャロウは、
それ以上何も言えなくなった。
(……この人、
自分が恥をかいたことを
受け入れられていない)
そう気づいてしまったからだ。
やがて、
フォージェリの脳裏に、
ある考えが浮かぶ。
――婚約だ。
ジェニュインとの婚約。
今日の騒動は、
その“破棄”を宣言する場でもあった。
そうだ。
自分は、
彼女を切り捨てたのだ。
(ならば……
問題はない)
侯爵令嬢が、
多少商才を持っていようと、
それが何だというのか。
「シャロウ」
突然、
フォージェリが口を開く。
「……はい?」
「君は、
今日の件をどう思う?」
唐突な問いに、
シャロウは一瞬言葉に詰まった。
だが、
すぐに笑顔を作る。
「もちろん……
あなたのお考えが正しいと思いますわ」
その答えを聞いて、
フォージェリは満足そうに頷いた。
「そうだろう。
あんな女に、
侯爵夫人の座は務まらない」
一方その頃。
オーセンティック侯爵家では、
すでに動きが始まっていた。
「……報告は、
確かに受け取った」
当主である侯爵は、
書簡を机に置き、
深く息を吐く。
そこには、
今日の一件が
簡潔かつ正確に記されていた。
――公衆の面前での詐欺師呼ばわり。
――虚偽の告発。
――鑑定による完全否定。
「フォージェリ・ノックオフ……
随分と、
軽率な真似をしてくれたものだ」
侯爵の声は、
静かだが、
怒りを孕んでいた。
「婚約は……
すでに形骸化していたが……」
彼は、
はっきりと言い切る。
「これ以上、
我が娘の名誉を傷つける男と
関係を続ける理由はない」
それは、
決定だった。
その夜。
ジェニュインは、
いつも通り店を閉め、
帳簿を整理していた。
外では、
静かな夜風が吹いている。
彼女は、
ペンを置き、
小さく呟いた。
「……切り捨てられたと
思っているのでしょうね」
だが、
本当に切り捨てられるのは、
どちらなのか。
それを、
フォージェリは――
まだ知らない。
この婚約が、
“破棄された”のではなく、
“無効とされる”日が
近づいていることを。
静かな夜の中で、
ジェニュインは窓の外を見つめた。
石は、
そこにあるだけでは、
価値を持たない。
だが――
見抜く者がいれば、
世界を変える。
その理を、
彼女はすでに知っていた。
アクセサリーショップ《オーセンティック》に残された空気は、
嵐が過ぎ去ったあとのように静かだった。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息と
シャロウ・フラッシー伯爵令嬢が店を去ってから、
まだそれほど時間は経っていない。
それでも、
店内に集っていた貴婦人たちは、
誰一人としてすぐに帰ろうとはしなかった。
――いや、
帰れなかった、という方が正しいだろう。
「……私たち、
とんでもない場面に立ち会ってしまいましたわね」
誰かが、そう呟いた。
その声には、
興奮と、困惑と、
そしてかすかな羞恥が混じっていた。
自分たちは、
“詐欺師かもしれない女”の店で
買い物をしていたのではないか。
ほんの少し前まで、
そう疑っていたのだから。
ジェニュイン・オーセンティック侯爵令嬢は、
店の奥で静かに息を整えていた。
感情が高ぶっていないと言えば、
それは嘘になる。
婚約者に、
公衆の面前で詐欺師と呼ばれたのだ。
怒りも、悲しみも、
湧き上がらないはずがない。
だが――
それを表に出す理由は、
どこにもなかった。
彼女は、
ただ事実を示した。
それだけで、
すべては逆転したのだから。
「ジェニュイン様……」
控えめな声がかかる。
振り返ると、
常連の伯爵夫人が、
不安そうな表情で立っていた。
「先ほどの件……
私たちが、
あなたを疑ったこと……」
その先の言葉は、
続かなかった。
ジェニュインは、
やわらかく首を振る。
「お気になさらないでくださいませ」
その声音には、
責める響きは一切ない。
「疑うのは、
当然のことですわ。
価値は、
知らなければ見えませんもの」
その言葉に、
伯爵夫人は深く息を吐いた。
「……あなたは、
本当に不思議な方ですわね」
「そうでしょうか?」
「ええ。
普通なら、
もっと怒ってもいい場面ですのに」
ジェニュインは、
少しだけ考えてから答えた。
「怒る必要が、
ありませんでしたから」
その頃。
フォージェリ・ノックオフ侯爵令息は、
馬車の中で、
苛立ちを隠すこともなく、
座席を拳で叩いていた。
「馬鹿な……!
あんなことが、
あってたまるか……!」
天然ガラス。
希少性。
正当な価格。
鑑定人の言葉が、
頭の中で何度も反芻される。
(俺が……
間違っていたというのか?)
そんなはずはない。
自分は侯爵令息だ。
審美眼も、教養も、
備えているはずだ。
それなのに――
周囲の視線は、
明らかに自分を嘲っていた。
「フォージェリ様……」
隣に座るシャロウ・フラッシーが、
不安そうに声をかける。
「今日のことは……
少し、行き過ぎだったのでは……」
「黙れ」
短く、鋭い声。
シャロウは、
思わず息を詰めた。
「俺は、
間違っていない」
そう言い聞かせるように、
フォージェリは続ける。
「ガラスが河原に落ちている?
そんな話、
誰が信じる」
「で、でも……
鑑定人が……」
「鑑定人だって、
万能じゃない!」
苛立ちが、
言葉を荒らくする。
シャロウは、
それ以上何も言えなくなった。
(……この人、
自分が恥をかいたことを
受け入れられていない)
そう気づいてしまったからだ。
やがて、
フォージェリの脳裏に、
ある考えが浮かぶ。
――婚約だ。
ジェニュインとの婚約。
今日の騒動は、
その“破棄”を宣言する場でもあった。
そうだ。
自分は、
彼女を切り捨てたのだ。
(ならば……
問題はない)
侯爵令嬢が、
多少商才を持っていようと、
それが何だというのか。
「シャロウ」
突然、
フォージェリが口を開く。
「……はい?」
「君は、
今日の件をどう思う?」
唐突な問いに、
シャロウは一瞬言葉に詰まった。
だが、
すぐに笑顔を作る。
「もちろん……
あなたのお考えが正しいと思いますわ」
その答えを聞いて、
フォージェリは満足そうに頷いた。
「そうだろう。
あんな女に、
侯爵夫人の座は務まらない」
一方その頃。
オーセンティック侯爵家では、
すでに動きが始まっていた。
「……報告は、
確かに受け取った」
当主である侯爵は、
書簡を机に置き、
深く息を吐く。
そこには、
今日の一件が
簡潔かつ正確に記されていた。
――公衆の面前での詐欺師呼ばわり。
――虚偽の告発。
――鑑定による完全否定。
「フォージェリ・ノックオフ……
随分と、
軽率な真似をしてくれたものだ」
侯爵の声は、
静かだが、
怒りを孕んでいた。
「婚約は……
すでに形骸化していたが……」
彼は、
はっきりと言い切る。
「これ以上、
我が娘の名誉を傷つける男と
関係を続ける理由はない」
それは、
決定だった。
その夜。
ジェニュインは、
いつも通り店を閉め、
帳簿を整理していた。
外では、
静かな夜風が吹いている。
彼女は、
ペンを置き、
小さく呟いた。
「……切り捨てられたと
思っているのでしょうね」
だが、
本当に切り捨てられるのは、
どちらなのか。
それを、
フォージェリは――
まだ知らない。
この婚約が、
“破棄された”のではなく、
“無効とされる”日が
近づいていることを。
静かな夜の中で、
ジェニュインは窓の外を見つめた。
石は、
そこにあるだけでは、
価値を持たない。
だが――
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世界を変える。
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