石を売る女の意思 ――後にダイヤモンドクイーンと呼ばれる女の威信――

ふわふわ

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第18話 値段を知りたがる者たち

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第18話 値段を知りたがる者たち

 

《オーセンティック》の前に、
この日、奇妙な列ができていた。

並んでいるのは、
客ではない。

――値段を知りたがる者たちだ。

 

「……あの、
 今日は
 購入ではなくて……」

最初に口を開いた男は、
商会の使いだった。

「お値段だけ、
 伺えればと」

店員は、
いつも通り
穏やかに答える。

「値段は、
 選ばれた後に
 お伝えします」

「選ばれた後……?」

男は、
困惑を隠せない。

「いえ、
 購入するかどうかを
 判断するために
 価格を……」

「でしたら、
 まだ
 お選びになって
 いませんね」

 

その言葉で、
会話は終わった。

男は、
納得できないまま
引き下がる。

 

同じやり取りが、
その日だけで
五度繰り返された。

貴族の代理。
商会の調査役。
王都の流行を
記録する書記。

誰もが、
まず値段を
知りたがる。

 

閉店後。

店員が
小さく首を傾げた。

「……最近、
 “いくらか”を
 知りたいだけの方が
 増えています」

「ええ」

ジェニュインは
静かに頷く。

「価値ではなく、
 値段だけを
 欲しがる方々です」

「違いが……
 分からないのでしょうか」

「分からないのでは
 ありません」

彼女は、
はっきりと言った。

「分かりたく
 ないのです」

 

値段は、
安心だ。

数字は、
比較できる。

高いか、
安いか。

損か、
得か。

だが、
価値は違う。

自分の判断を
要求される。

 

その夜。

王都の商人たちが集う
密やかな会合で、
苛立った声が上がった。

「……結局、
 いくらなのか
 分からない」

「値段が分からなければ、
 転売も
 計算もできない」

「噂だけが
 膨らんでいる」

「いっそ、
 強制的に
 開示させるべきでは?」

 

その言葉に、
一瞬、
沈黙が落ちた。

誰かが
小さく笑う。

「……それが
 できないから
 苛立っているんでしょう」

 

同じ頃。

フォージェリ・ノックオフは、
自分の屋敷で
帳簿を睨んでいた。

「……くそ」

机の上には、
彼が売り始めた
“石”の取引記録。

確かに、
売れている。

珍しい。
美しい。
希少だ。

だが――
《オーセンティック》ほど
値は上がらない。

「……なぜだ」

彼は、
理解できずに
歯噛みする。

説明はしている。
産地も、
性質も、
価値も。

それなのに――
人々は、
彼の石を
“比較”する。

値段を見て、
高いか安いかを
決める。

 

一方。

ジェニュインの店では、
値段を知った後、
驚く者は
ほとんどいなかった。

「……そうですか」

「ええ。
 こちらの金額になります」

「分かりました」

それだけ。

値段は、
判断材料ではなく、
結果だった。

 

ある日。

一人の老貴族が、
静かに店を訪れた。

彼は、
長い時間をかけて
石を選び、
ようやく
口を開く。

「……値段を
 伺っても?」

「はい」

提示された金額を見て、
彼は
小さく笑った。

「……高い」

店員が
一瞬、
身構える。

だが、
老貴族は
続けた。

「だが――
 安いな」

 

「この石を
 “欲しい”と
 思えたことに
 比べれば」

彼は、
迷いなく
支払いを済ませた。

 

その後。

彼は、
社交界で
こう語ったという。

「値段を
 先に聞くうちは、
 まだ
 買う準備が
 できていない」

「欲しいと思った後に
 値段を聞けば、
 ただの
 確認にすぎない」

 

その言葉は、
ゆっくりと
広がっていった。

そして同時に――
《オーセンティック》に
近づけない者たちの
苛立ちも
強まっていく。

 

「値段を
 教えないなんて
 不誠実だ」

「商売として
 おかしい」

「選ぶ前に
 判断材料がない」

それらは、
すべて
同じ意味を持っていた。

 

――自分の判断を
 したくない。

 

ジェニュインは、
その声を
知っていた。

そして、
それに応える
つもりはなかった。

 

夜。

彼女は、
帳簿を閉じ、
静かに呟く。

「値段を
 知りたがる者は、
 価値を
 信じていない」

「だから、
 数字に
 縋るのです」

 

石は、
今日も
無言で並んでいる。

値段を
主張しない。

価値を
証明しない。

ただ――
選ばれるのを
待っている。

 

石を売る女は、
今日もまた
数字を
前に出さなかった。

なぜなら――
値段を先に知りたがる者ほど、
最も
 高くつく買い物を
 一生
 逃し続けると
知っているから。

それは、
声を荒げる必要もない、
静かで確実な
“ざまぁ”。

数字を信じ、
自分を信じなかった者たちが、
永遠に
辿り着けない場所が
ここにあることを――
ジェニュインは、
もう
証明する必要すら
感じていなかった。
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