19 / 40
第19話 価値を測る天秤は、どちらにある
しおりを挟む
第19話 価値を測る天秤は、どちらにある
《オーセンティック》の前に立つ人々の視線は、
この頃、
以前とは明らかに違っていた。
石を見る目ではない。
宝石を見る目でもない。
――自分が試されることを
警戒する目だった。
「……あの店に入ると、
自分の値踏みを
される気がする」
そんな囁きが、
王都のあちこちで
聞こえるようになっていた。
だが、
その言葉ほど
的外れなものはない。
値踏みされているのは、
人ではない。
**天秤にかけられているのは、
その人自身の“判断”**だ。
午後。
《オーセンティック》に、
珍しい客が訪れた。
王家御用達の
鑑定士――
名の知れた人物だ。
「……失礼します」
店内を一望し、
わずかに眉をひそめる。
「相変わらず、
説明書きが
ありませんな」
「必要ございませんので」
ジェニュインは、
穏やかに応じる。
鑑定士は、
展示台の前に立ち、
一つの石を
じっと見つめた。
手は出さない。
触れもしない。
やがて、
口を開く。
「……この石、
希少性は
高い」
「でしょうね」
「加工は……
難しい」
「ええ」
「市場価値は――」
そこで、
彼は言葉を止めた。
「……いや」
鑑定士は、
苦笑する。
「ここで
“市場価値”を
口にした時点で、
私は
この店では
役に立たない」
ジェニュインは、
何も言わなかった。
ただ、
静かに
その言葉を
受け取る。
「……若い頃は、
誇りに
思っていましたよ」
鑑定士は、
独り言のように続ける。
「価値を
測れることを」
「だが――
測ることに
慣れすぎると、
測れないものを
恐れるようになる」
彼は、
一歩下がった。
「……この店の天秤は、
私の手には
ありませんな」
そう言って、
頭を下げ、
去っていった。
閉店後。
店員が、
困惑したように
尋ねる。
「……鑑定士様まで
引き返されるとは」
「当然ですわ」
ジェニュインは
静かに答える。
「価値を
測ることに
慣れすぎた方ほど、
測れない価値を
前にすると
立ちすくみます」
同じ夜。
フォージェリ・ノックオフは、
別の天秤の前に
立っていた。
それは、
王都の宝飾商組合。
彼は、
自分の石を
鑑定台に載せる。
「……確かに、
珍しい」
鑑定士が言う。
「美しいし、
希少だ」
「では!」
フォージェリは
身を乗り出す。
「価値は
あるのですね?」
鑑定士は、
帳面を見ながら
答えた。
「市場では、
中の上」
「……中、
の上?」
「ええ。
比較対象が
増えすぎました」
その言葉が、
フォージェリの胸に
突き刺さる。
「……比較?」
「《オーセンティック》の
石と、
どうしても
比べられますから」
フォージェリは、
言葉を失った。
(比べられる……?)
彼の石は、
説明される。
数値化される。
分類される。
だからこそ――
比べられる。
一方、
ジェニュインの石は
比べられない。
比べるための
基準がない。
「……なぜだ」
フォージェリは、
震える声で
呟く。
「同じ石だろう……
同じように
売っているのに……」
答えは、
単純だった。
フォージェリは、
石の価値を
“証明”しようとした。
ジェニュインは、
価値を
委ねた。
数日後。
王都で、
小さな事件が起きる。
ある貴族が、
《オーセンティック》で
購入した石を
鑑定に出したのだ。
結果は――
鑑定不能。
「基準が
ありません」
鑑定士は
困惑した。
「市場での
前例がない」
その結果は、
瞬く間に
広まった。
「鑑定できない?」
「価値が
分からない?」
「……怖い」
その声と同時に――
別の声も
生まれる。
「それでも、
欲しい」
二極化は、
決定的になった。
分からないものを
恐れる者。
分からないものに
惹かれる者。
ジェニュインは、
夜の店内で
一人、
天秤を思い浮かべていた。
価値を測る天秤。
それは、
鑑定士の手にも、
商人の手にも、
王家の手にもない。
「……天秤は、
選ぶ者の
心の中にしか
ありません」
価値を
外に求める者は、
永遠に
揺れ続ける。
他人の評価。
市場の声。
数字の上下。
だが――
価値を
自分の中に
置ける者は、
揺れない。
石を売る女は、
今日もまた
天秤を
差し出さなかった。
測る道具も、
答えも、
用意しない。
なぜなら――
価値を測る天秤が
どちらにあるのかを
決めるのは、
常に
相手自身だからだ。
そして、
その天秤を
自分の外に
置いたままの者たちが、
最も静かに、
最も確実に
“ざまぁ”へと
歩いていくことを――
ジェニュインは、
もう
疑っていなかった。
《オーセンティック》の前に立つ人々の視線は、
この頃、
以前とは明らかに違っていた。
石を見る目ではない。
宝石を見る目でもない。
――自分が試されることを
警戒する目だった。
「……あの店に入ると、
自分の値踏みを
される気がする」
そんな囁きが、
王都のあちこちで
聞こえるようになっていた。
だが、
その言葉ほど
的外れなものはない。
値踏みされているのは、
人ではない。
**天秤にかけられているのは、
その人自身の“判断”**だ。
午後。
《オーセンティック》に、
珍しい客が訪れた。
王家御用達の
鑑定士――
名の知れた人物だ。
「……失礼します」
店内を一望し、
わずかに眉をひそめる。
「相変わらず、
説明書きが
ありませんな」
「必要ございませんので」
ジェニュインは、
穏やかに応じる。
鑑定士は、
展示台の前に立ち、
一つの石を
じっと見つめた。
手は出さない。
触れもしない。
やがて、
口を開く。
「……この石、
希少性は
高い」
「でしょうね」
「加工は……
難しい」
「ええ」
「市場価値は――」
そこで、
彼は言葉を止めた。
「……いや」
鑑定士は、
苦笑する。
「ここで
“市場価値”を
口にした時点で、
私は
この店では
役に立たない」
ジェニュインは、
何も言わなかった。
ただ、
静かに
その言葉を
受け取る。
「……若い頃は、
誇りに
思っていましたよ」
鑑定士は、
独り言のように続ける。
「価値を
測れることを」
「だが――
測ることに
慣れすぎると、
測れないものを
恐れるようになる」
彼は、
一歩下がった。
「……この店の天秤は、
私の手には
ありませんな」
そう言って、
頭を下げ、
去っていった。
閉店後。
店員が、
困惑したように
尋ねる。
「……鑑定士様まで
引き返されるとは」
「当然ですわ」
ジェニュインは
静かに答える。
「価値を
測ることに
慣れすぎた方ほど、
測れない価値を
前にすると
立ちすくみます」
同じ夜。
フォージェリ・ノックオフは、
別の天秤の前に
立っていた。
それは、
王都の宝飾商組合。
彼は、
自分の石を
鑑定台に載せる。
「……確かに、
珍しい」
鑑定士が言う。
「美しいし、
希少だ」
「では!」
フォージェリは
身を乗り出す。
「価値は
あるのですね?」
鑑定士は、
帳面を見ながら
答えた。
「市場では、
中の上」
「……中、
の上?」
「ええ。
比較対象が
増えすぎました」
その言葉が、
フォージェリの胸に
突き刺さる。
「……比較?」
「《オーセンティック》の
石と、
どうしても
比べられますから」
フォージェリは、
言葉を失った。
(比べられる……?)
彼の石は、
説明される。
数値化される。
分類される。
だからこそ――
比べられる。
一方、
ジェニュインの石は
比べられない。
比べるための
基準がない。
「……なぜだ」
フォージェリは、
震える声で
呟く。
「同じ石だろう……
同じように
売っているのに……」
答えは、
単純だった。
フォージェリは、
石の価値を
“証明”しようとした。
ジェニュインは、
価値を
委ねた。
数日後。
王都で、
小さな事件が起きる。
ある貴族が、
《オーセンティック》で
購入した石を
鑑定に出したのだ。
結果は――
鑑定不能。
「基準が
ありません」
鑑定士は
困惑した。
「市場での
前例がない」
その結果は、
瞬く間に
広まった。
「鑑定できない?」
「価値が
分からない?」
「……怖い」
その声と同時に――
別の声も
生まれる。
「それでも、
欲しい」
二極化は、
決定的になった。
分からないものを
恐れる者。
分からないものに
惹かれる者。
ジェニュインは、
夜の店内で
一人、
天秤を思い浮かべていた。
価値を測る天秤。
それは、
鑑定士の手にも、
商人の手にも、
王家の手にもない。
「……天秤は、
選ぶ者の
心の中にしか
ありません」
価値を
外に求める者は、
永遠に
揺れ続ける。
他人の評価。
市場の声。
数字の上下。
だが――
価値を
自分の中に
置ける者は、
揺れない。
石を売る女は、
今日もまた
天秤を
差し出さなかった。
測る道具も、
答えも、
用意しない。
なぜなら――
価値を測る天秤が
どちらにあるのかを
決めるのは、
常に
相手自身だからだ。
そして、
その天秤を
自分の外に
置いたままの者たちが、
最も静かに、
最も確実に
“ざまぁ”へと
歩いていくことを――
ジェニュインは、
もう
疑っていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
旦那様、本当によろしいのですか?【完結】
翔千
恋愛
ロロビア王国、アークライド公爵家の娘ロザリア・ミラ・アークライドは夫のファーガスと結婚し、順風満帆の結婚生活・・・・・とは言い難い生活を送って来た。
なかなか子供を授かれず、夫はいつしかロザリアにに無関心なり、義母には子供が授からないことを責められていた。
そんな毎日をロザリアは笑顔で受け流していた。そんな、ある日、
「今日から愛しのサンドラがこの屋敷に住むから、お前は出て行け」
突然夫にそう告げられた。
夫の隣には豊満ボディの美人さんと嘲るように笑う義母。
理由も理不尽。だが、ロザリアは、
「旦那様、本当によろしいのですか?」
そういつもの微笑みを浮かべていた。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる