『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

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第一話 公開の断絶

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第一話 公開の断絶

 王都最大の舞踏会は、王家の威信そのものだった。

 天井には無数の燭台が揺れ、金糸で織られた幕が壁面を飾る。磨き抜かれた大理石の床には、各家の紋章が淡く映り込み、音楽は絶え間なく流れていた。

 今宵は、王太子と公爵令嬢の婚約を祝う席――そのはずだった。

 わたくしは中央に立っている。深紅のドレスは公爵家の威厳を示す色。背後には父と母が控え、無言で周囲を見渡している。

 王太子殿下――いえ、まだこの時点ではそう呼ばれている彼は、壇上へ進み出た。

 金の飾緒が肩に揺れる。王家の象徴。

 彼の隣には、見慣れぬ淡い色のドレスを纏った少女が立っていた。男爵家の娘。名をセレナという。

 ざわめきが広がる。

 予定にない人物。

 王太子は声を張った。

「皆に告げる。本日をもって、私は公爵令嬢アリアベルとの婚約を破棄する」

 音楽が止まった。

 空気が凍る。

 貴族たちの視線が一斉にわたくしへ向く。

 父は動かない。母も微動だにしない。

 王太子は続けた。

「私は真実の愛を見つけた。ここにいるセレナ嬢こそ、私の伴侶にふさわしい」

 セレナは怯えたように王太子の袖を掴んでいる。

 誰も拍手しない。

 祝福もない。

 ただ静寂。

 わたくしは一歩前へ出た。

「殿下」

 声は揺れない。

「そのご発言は、公的な宣言と理解してよろしいのでしょうか」

 彼は即座に頷いた。

「ああ。私は王太子だ。私の言葉は王家の意志である」

 その瞬間、場の空気がさらに重くなる。

 王家の意志。

 それを、私的感情で使った。

 わたくしはゆっくりと頭を下げた。

「承りました」

 驚きが走る。

 泣き崩れるとでも思ったのだろう。

 叫び、抗議し、縋ると。

 だがわたくしは違う。

「婚約破棄、受け入れます」

 父が、わずかに目を細める。

 王太子の顔が一瞬だけ強張った。

「随分あっさりだな」

「王家のご判断でございますから」

 言葉の端に、感情は乗せない。

 だが一つだけ、問いを残す。

「ただし」

 わたくしは顔を上げた。

「そのご発言が、王統および教会法に照らして問題ないかどうかは、改めて確認が必要かと存じます」

 ざわめきが大きくなる。

 教会法。

 王統。

 王太子は眉をひそめた。

「何を言っている」

「婚約は単なる感情の問題ではございません」

 わたくしは周囲を見渡す。

「王太子の婚姻は、王位継承に直結いたします」

 教会の司祭が、静かに立ち上がる。

 王太子は不快げに言い放った。

「問題はない。私が選ぶのだ」

 その瞬間、父が初めて口を開いた。

「殿下」

 低く、重い声。

「王家の婚姻は、王家だけの問題ではございません」

 場の温度がさらに下がる。

 国王陛下が立ち上がった。

「レオン」

 名で呼ぶ。

 それだけで十分だった。

 王太子の表情が揺らぐ。

「父上、私は――」

「その件は後日、正式に審議する」

 王の一言で、場は凍結した。

 舞踏会は続行不可能となり、楽団は静かに退場する。

 貴族たちは小声で囁き合いながら散っていく。

 視線はわたくしに注がれている。

 哀れみではない。

 計算だ。

 王太子の婚約破棄。

 男爵令嬢との新たな婚約宣言。

 これは、ただの恋愛騒動ではない。

 王統問題。

 わたくしは父と並び、退場する。

「よく耐えた」

 父が小さく言う。

「耐えておりません」

「では?」

「確認しただけでございます」

 何を。

 王家の覚悟を。

 母が静かに呟く。

「教会は動くわ」

「はい」

 血統は、教会の管轄。

 王太子の言葉が、どこまで許されるのか。

 それが試される。

 王宮の廊下で、王太子とすれ違う。

 彼はわたくしを見下ろす。

「後悔するぞ」

「何をでございますか」

「私を失うことを」

 わたくしはわずかに微笑む。

「殿下」

 静かに、確実に。

「王位は感情では動きません」

 彼は理解していない。

 まだ。

 この夜は、断絶の夜。

 婚約の破棄。

 そして、王統の亀裂。

 だがこれは終わりではない。

 始まりである。

 わたくしは涙を流さない。

 怒りもしない。

 ただ一つ、確信している。

 今宵の宣言は、殿下の未来を決定づけた。

 そしてその未来は――

 殿下の望むものではない。
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