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第二話 新たな婚約の宣言
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第二話 新たな婚約の宣言
舞踏会の翌朝、公爵邸は異様な静けさに包まれていた。
騒がしさがないわけではない。使者はひっきりなしに訪れ、書簡は山のように積み上がっている。侍従も侍女も足早に廊下を行き交う。だが、屋敷の中心――応接の間だけは、まるで音が吸い込まれているかのように静まり返っていた。
わたくしは窓辺に立ち、曇天の王都を見下ろしていた。
昨夜、王太子レオン殿下は公衆の面前でわたくしとの婚約を破棄し、男爵令嬢セレナとの新たな婚約を宣言した。
それは事実。
だが、それはまだ“成立”ではない。
王家の婚約は、当人同士の意思だけで決まるものではない。教会の承認、血統の確認、議会への通知。幾重もの手続きを経て初めて、公のものとなる。
昨日の言葉は、あくまで宣言。
しかし、王位継承者の宣言は、それだけで国を揺らす。
「お嬢様。陛下より召喚状が届いております」
老執事の声は、いつもと変わらぬ落ち着きを保っていた。
「分かりました。父にお伝えください」
応接の間では、公爵である父が静かに書簡を読んでいた。表情は硬いが、怒りを露わにすることはない。
「参るぞ」
それだけを告げ、立ち上がる。
馬車の中でも父は多くを語らなかった。
わたくしも同様だ。
言葉よりも、事実が動いている。
王宮へ到着すると、すでに重臣たちが集まっていた。空気は張り詰めている。
玉座には国王陛下。
その視線は、昨夜とはまるで違っていた。
広間の中央にはレオン殿下。そして、その隣にセレナが立っている。
昨夜よりも顔色が悪い。
「昨夜の宣言について、確認する」
国王の声が低く響いた。
「レオン。公爵令嬢との婚約破棄、ならびに男爵令嬢との新婚約は、正式な意思か」
「はい」
迷いのない返答。
「私はセレナ嬢と婚約いたします」
広間がざわめく。
重臣の一人が進み出た。
「殿下。王位継承者の婚姻は、血統確認を最優先といたします」
「承知している」
そう答えながらも、彼の声音には苛立ちが混じる。
「私は王太子だ。選択の権利はある」
「選択の自由はございます」
教会代表が静かに口を開く。
「しかし王統は個人の恋情ではございません」
その言葉は刃のように鋭かった。
国王は視線をわたくしに向ける。
「アリアベル。公爵家はこの破棄をどう受け止める」
父が一歩前へ出る。
「婚約破棄は承認いたします」
ざわめきが一層強まる。
「ただし」
父の声は揺るがない。
「新たな婚約については、正式な手続きが完了するまで、公爵家は関与いたしません」
距離を置く宣言。
国王は深く息を吐いた。
「教会に血統調査を命じる」
それで決まった。
セレナの指先が小さく震えている。
レオン殿下は不満を隠さない。
「なぜ疑う必要がある」
「疑いではなく、確認でございます」
教会代表の声は変わらない。
「王位継承者の婚姻は、王国の未来そのもの。形式は守られねばなりません」
血統。
その言葉が、広間の空気をさらに重くする。
わたくしは静かに頭を下げた。
ここで言葉は不要。
調査が始まれば、記録が語る。
王宮を辞した後、王都の街は噂で満ちていた。
「王太子、男爵令嬢と婚約」
「公爵家は沈黙」
「教会が動く」
だが噂はまだ表面に過ぎない。
公爵邸へ戻ると、父はまっすぐ書庫へ向かった。
わたくしも後に続く。
そこには古い肖像画が掛けられている。
若き日の正妃――わたくしの母。
柔らかな微笑みを浮かべた姿は、時間の中で止まったままだ。
母は、わたくしが幼い頃に病で亡くなった。
王宮を離れ、実家へ戻った後に。
その死が、何を意味していたのか。
幼いわたくしは知らなかった。
だが今は理解している。
王統は、血と記録で成り立つ。
母の名は、いずれ再び公に語られるだろう。
血統調査が始まれば。
レオン殿下はまだ気づいていない。
婚約破棄の本当の重さを。
新たな婚約宣言が、どれほど深い層に触れたのかを。
彼はただ、選んだのだと思っている。
だが王位継承者の「選択」は、国家の案件。
そして国家は、感情では動かない。
曇天の空の下、王都は静かに息を潜める。
教会の調査は明日から本格化する。
そしてこの物語は、恋の破綻ではなく――
血統の記録へと進み始めていた。
舞踏会の翌朝、公爵邸は異様な静けさに包まれていた。
騒がしさがないわけではない。使者はひっきりなしに訪れ、書簡は山のように積み上がっている。侍従も侍女も足早に廊下を行き交う。だが、屋敷の中心――応接の間だけは、まるで音が吸い込まれているかのように静まり返っていた。
わたくしは窓辺に立ち、曇天の王都を見下ろしていた。
昨夜、王太子レオン殿下は公衆の面前でわたくしとの婚約を破棄し、男爵令嬢セレナとの新たな婚約を宣言した。
それは事実。
だが、それはまだ“成立”ではない。
王家の婚約は、当人同士の意思だけで決まるものではない。教会の承認、血統の確認、議会への通知。幾重もの手続きを経て初めて、公のものとなる。
昨日の言葉は、あくまで宣言。
しかし、王位継承者の宣言は、それだけで国を揺らす。
「お嬢様。陛下より召喚状が届いております」
老執事の声は、いつもと変わらぬ落ち着きを保っていた。
「分かりました。父にお伝えください」
応接の間では、公爵である父が静かに書簡を読んでいた。表情は硬いが、怒りを露わにすることはない。
「参るぞ」
それだけを告げ、立ち上がる。
馬車の中でも父は多くを語らなかった。
わたくしも同様だ。
言葉よりも、事実が動いている。
王宮へ到着すると、すでに重臣たちが集まっていた。空気は張り詰めている。
玉座には国王陛下。
その視線は、昨夜とはまるで違っていた。
広間の中央にはレオン殿下。そして、その隣にセレナが立っている。
昨夜よりも顔色が悪い。
「昨夜の宣言について、確認する」
国王の声が低く響いた。
「レオン。公爵令嬢との婚約破棄、ならびに男爵令嬢との新婚約は、正式な意思か」
「はい」
迷いのない返答。
「私はセレナ嬢と婚約いたします」
広間がざわめく。
重臣の一人が進み出た。
「殿下。王位継承者の婚姻は、血統確認を最優先といたします」
「承知している」
そう答えながらも、彼の声音には苛立ちが混じる。
「私は王太子だ。選択の権利はある」
「選択の自由はございます」
教会代表が静かに口を開く。
「しかし王統は個人の恋情ではございません」
その言葉は刃のように鋭かった。
国王は視線をわたくしに向ける。
「アリアベル。公爵家はこの破棄をどう受け止める」
父が一歩前へ出る。
「婚約破棄は承認いたします」
ざわめきが一層強まる。
「ただし」
父の声は揺るがない。
「新たな婚約については、正式な手続きが完了するまで、公爵家は関与いたしません」
距離を置く宣言。
国王は深く息を吐いた。
「教会に血統調査を命じる」
それで決まった。
セレナの指先が小さく震えている。
レオン殿下は不満を隠さない。
「なぜ疑う必要がある」
「疑いではなく、確認でございます」
教会代表の声は変わらない。
「王位継承者の婚姻は、王国の未来そのもの。形式は守られねばなりません」
血統。
その言葉が、広間の空気をさらに重くする。
わたくしは静かに頭を下げた。
ここで言葉は不要。
調査が始まれば、記録が語る。
王宮を辞した後、王都の街は噂で満ちていた。
「王太子、男爵令嬢と婚約」
「公爵家は沈黙」
「教会が動く」
だが噂はまだ表面に過ぎない。
公爵邸へ戻ると、父はまっすぐ書庫へ向かった。
わたくしも後に続く。
そこには古い肖像画が掛けられている。
若き日の正妃――わたくしの母。
柔らかな微笑みを浮かべた姿は、時間の中で止まったままだ。
母は、わたくしが幼い頃に病で亡くなった。
王宮を離れ、実家へ戻った後に。
その死が、何を意味していたのか。
幼いわたくしは知らなかった。
だが今は理解している。
王統は、血と記録で成り立つ。
母の名は、いずれ再び公に語られるだろう。
血統調査が始まれば。
レオン殿下はまだ気づいていない。
婚約破棄の本当の重さを。
新たな婚約宣言が、どれほど深い層に触れたのかを。
彼はただ、選んだのだと思っている。
だが王位継承者の「選択」は、国家の案件。
そして国家は、感情では動かない。
曇天の空の下、王都は静かに息を潜める。
教会の調査は明日から本格化する。
そしてこの物語は、恋の破綻ではなく――
血統の記録へと進み始めていた。
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