『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

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第三話 公爵家の沈黙

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第三話 公爵家の沈黙

 王都は騒がしい。

 だが、公爵邸は静かだった。

 騒音は外にある。
 中にはない。

 婚約破棄から二日。
 王宮での確認の場を経て、教会の血統調査が正式に開始された。

 それにもかかわらず、公爵家は何の声明も出していない。

 抗議もない。
 嘆きもない。
 弁明もない。

 沈黙。

 それだけが、王都にとって最も不気味な態度だった。

 わたくしは朝の執務室に座り、届いた書簡を仕分けていた。

 内容は大きく三種類。

 同情。
 探り。
 様子見。

 「お慰め申し上げます」と書きながら、実際には“どう動くのか”を知りたがっている文面ばかり。

 だが父は、いずれにも返答しなかった。

「返書は不要だ」

 短く告げる。

「だが無礼にはならぬよう、受領の記録だけは残せ」

「承知いたしました」

 沈黙は拒絶ではない。
 立場を固定するための準備だ。

 王都の貴族は今、揺れている。

 王太子が公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢との婚約を宣言。

 そのうえ教会が血統調査を開始。

 これは単なる恋愛沙汰ではない。

 王統問題の入口だ。

 王位継承者の婚姻は、王国の未来そのもの。

 そこに「疑義」が生じた以上、貴族は動けない。

 味方も、敵も。

 昼前、侯爵家からの使者が到着した。

 側室の実家だ。

 応接室で父が応対する。

 わたくしは隣室で控え、会話を聞いていた。

「公爵閣下。今回の件、殿下の決意は固いものにございます」

 柔らかな口調。

 だが内容は牽制。

「殿下は男爵令嬢を深く信頼しておられる。今後も王家としての立場は揺るがぬでしょう」

 父は即答しない。

 沈黙が続く。

「王家の立場が揺るがぬかどうかは、教会が決めること」

 静かな声だった。

「我らが口を挟む領分ではござらぬ」

 使者は一瞬言葉を失う。

「……では、公爵家は中立ということでよろしいか」

「公爵家は常に王統に忠実だ」

 それ以上も、それ以下も言わない。

 使者が去った後、父はわたくしを呼んだ。

「侯爵家は焦っている」

「ええ」

 血統調査は、婚約の是非だけを問うものではない。

 王家の系譜を洗い直す作業でもある。

 正妃の記録。
 側室の記録。
 出生の順序。

 すべてが再確認される。

「お前は動くな」

 父の言葉は明確だった。

「今は静観だ」

 静観。

 それは最も強い態度でもある。

 午後、王都の街へ視察に出た。

 馬車の窓越しに、人々の会話が聞こえる。

「王太子は恋に溺れたらしい」
「公爵令嬢は泣き崩れたそうだ」
「教会が動くのは珍しい」

 どれも事実ではない。

 だが噂は真実より早い。

 わたくしは表情を変えない。

 民は王の姿を見て安心する。

 だが今、王統は揺れている。

 夜、書庫へ向かう。

 古い記録棚を開く。

 王家系譜の写本。

 そこに母の名がある。

 正妃、エレノア。

 わたくしが幼い頃に病死。

 その記録は簡潔だ。

 だが死後の処理は不自然なほど早かった。

 王宮から実家へ戻り、まもなく他界。

 王宮内での正式な喪礼は最小限。

 それは当時「混乱を避けるため」と説明された。

 だが今なら分かる。

 混乱とは何だったのか。

 血統調査が進めば、記録は必ず再読される。

 そして再確認される。

 王太子はまだ、問題の本質に触れていない。

 彼は婚約を選んだと思っている。

 だが彼は、王統を動かしてしまった。

 公爵邸の廊下は静かだ。

 母の肖像画の前で立ち止まる。

 微笑みは変わらない。

「母上」

 声には出さない。

 だが問いは胸にある。

 もし母が存命であったなら、
 この事態は起きなかったのか。

 答えはない。

 ただ一つ確かなのは、

 公爵家は動かない。

 動かず、待つ。

 王統は感情ではなく、記録で決まる。

 そして記録は、やがて語り始める。

 王都は騒いでいる。

 だが本当の波は、まだ水面下にある。

 沈黙は終わっていない。

 それは嵐の前の、整然とした静けさだった。
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