『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

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第四話 国王の激怒

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第四話 国王の激怒

 王宮は、重く沈んでいた。

 外見上は何も変わらない。衛兵は定位置に立ち、侍従は静かに廊下を進み、謁見の間の燭台はいつも通りに灯されている。

 だが、空気が違った。

 玉座の間に集められたのは、王家顧問、教会代表、軍務卿、財務卿、そして数名の重鎮貴族。

 王太子レオンも、呼び出されている。

 わたくしと父は壁際に控えていた。公爵家は王統に直接関わる家柄である以上、この場を外されることはない。

 国王陛下は玉座に座している。

 その顔は、父としてではなく、王としてのものだった。

「レオン」

 静かな呼びかけ。

「昨夜の宣言により、王国は揺れている」

「揺れるほどのことではありません」

 レオン殿下は平然と答える。

「婚約は私の意思です。王位継承者が未来を選ぶのは当然でしょう」

 その瞬間、広間の空気が凍った。

 国王は立ち上がる。

 玉座の段差を降り、ゆっくりと息子の前へ歩み寄った。

「当然だと?」

 低く抑えた声。

「王位継承者の婚姻は、国家そのものだ。恋情ではない」

「私は恋情で動いているわけでは――」

「では何で動いた」

 言葉が遮られる。

 レオン殿下は一瞬、言葉を失った。

「……彼女は私を理解している」

「理解だと?」

 国王の声に怒気が混じる。

「理解する者が王妃に相応しいというなら、王国の制度は何のためにある」

 教会代表が一歩前へ出る。

「陛下、血統調査は既に開始しております」

「分かっている」

 国王は息子から視線を外さない。

「レオン。お前は何を軽んじたか分かるか」

 沈黙。

「公爵家だ」

 その名が広間に落ちる。

 父は微動だにしない。

「公爵家は王統を支える家だ。その家を公の場で軽んじた。これは個人の問題ではない」

「私は軽んじていない!」

「では何だ」

 王の声が響く。

「事前協議もなく、教会承認もなく、貴族への通達もなく、公の場で破棄宣言。これを軽んじたと言わずして何と言う」

 レオン殿下の拳が震えている。

「私は王太子です」

 その言葉が決定的だった。

 国王の目が鋭くなる。

「まだ、だ」

 静かな一言。

 広間に緊張が走る。

 王太子の地位は、王が認めているからこそ成立する。

 それは絶対ではない。

「お前は王になる者だ。だが王とは、選ぶ者ではない。選ばれる者だ」

 重臣たちが顔を伏せる。

 国王は続ける。

「教会が血統を確認するまで、新たな婚約は一切認めぬ」

「それは横暴です」

「横暴?」

 国王の声音が冷える。

「横暴とは、制度を無視することを言う」

 沈黙。

 やがて国王は玉座へ戻る。

「公爵」

「は」

 父が一歩進み出る。

「公爵家は王統に忠実か」

「常に」

 簡潔な返答。

 国王は頷く。

「よろしい。公爵家に非はない」

 それは公の場での明確な擁護だった。

 レオン殿下の表情が歪む。

「父上、なぜそこまで――」

「黙れ」

 一喝。

 広間は完全に静まり返る。

「王位継承者が軽率な行動を取った。それだけのことだ。だがその代償は、本人が負う」

 代償。

 その言葉はまだ具体的ではない。

 だが重い。

 会議はそこで解散となった。

 廊下へ出た瞬間、重臣たちの視線がレオン殿下を避ける。

 誰も直接声をかけない。

 それが何よりの変化だった。

 王宮を辞する前、国王はわたくしを呼び止めた。

「アリアベル」

「はい、陛下」

「辛い思いをさせたな」

「王統が正しく保たれることが最優先にございます」

 それだけを答える。

 国王はわずかに目を細めた。

「……お前は強いな」

 強いのではない。

 理解しているだけ。

 王位継承とは、感情を削ぎ落とす役目。

 王宮を出ると、空は曇っていた。

 王都はまだ噂で揺れている。

 だが今日、決定的なことが一つ起きた。

 国王は、公の場で息子を叱責した。

 それは父としてではない。

 王として。

 王太子の権威は、傷ついた。

 まだ剥奪ではない。

 だが確実に、ひびが入った。

 そしてひびは、やがて広がる。

 王都の空は重い。

 嵐はまだ始まっていない。

 だが雷は、確かに落ちた。
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