『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

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第五話 教会の調査開始

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第五話 教会の調査開始

 王宮から正式な通達が出たのは、三日後の朝だった。

 王位継承者の婚姻に関する血統確認――教会主導の特別審査。

 それは異例だった。

 通常、王太子の婚約は事前に内々で調整される。教会は形式的に承認を与え、議会は祝意を表し、王家と有力貴族が結束を示す。

 だが今回は逆だ。

 婚約破棄が先に公表され、新婚約が宣言され、そしてその後に審査が始まる。

 順序が違う。

 順序の違いは、王統に疑義が生じたことを意味する。

 王都の大聖堂は朝から人の出入りが絶えなかった。

 教会側は、王家の系譜台帳を開示するため、王宮書庫への立ち入り許可を求めた。国王はこれを承認。

 王統は神の下にある。

 その原則が、公に適用される。

 わたくしは公爵邸の書斎で、その報を受け取った。

「教会は本気ですね」

 執事が静かに言う。

「ええ」

 本気でなければ、ここまで動かない。

 王位継承者の婚姻に関わる審査は、王家内部の問題をも白日の下にさらす。

 それでも動いた。

 それだけ、今回の宣言は重大だった。

 父は窓辺に立ったまま、外を見ている。

「侯爵家は動いているか」

「はい。教会関係者への接触を試みている模様」

 側室の実家、侯爵家。

 王太子の後ろ盾。

 だが血統審査に“働きかけ”は通用しない。

 むしろ逆効果だ。

「愚かだな」

 父の声は低い。

 教会は神の名の下に判断する。

 王家すら、形式上はその裁定に従う。

 昼過ぎ、王宮より正式な招請が届いた。

 公爵家に対し、過去の系譜記録の提出を求めるもの。

 当然のこと。

 わたくしは自ら書庫へ向かい、保管されている写本を取り出す。

 母の名がある。

 正妃エレノア。

 王太子レオンの母は側室マルグリット。

 出生の順序。

 記録は明確だ。

 だが重要なのは順序ではない。

 婚姻の正統性。

 王妃の地位。

 そして教会承認の有無。

 母は正式に正妃として戴冠している。

 その記録は消せない。

 夕刻、大聖堂で第一回審査会が開かれた。

 国王、教会代表、数名の大司教。

 王太子も出席を求められた。

 公爵家は立会人として招かれる。

 広い石造りの審問室。

 高窓から差す光が冷たい。

 教会代表が口を開く。

「本審査は、王位継承者の婚姻に関する正統性確認である」

 形式的な宣言。

「まず、現王統の確認を行う」

 台帳が開かれる。

 静かな紙の音。

 王太子レオン。

 母、側室マルグリット。

 次に。

 正妃エレノア。

 その名が読み上げられる。

 広間の空気がわずかに揺れた。

 レオン殿下は眉をひそめる。

「なぜ今、正妃の名を?」

 教会代表は視線を上げない。

「王統確認である以上、全ての婚姻記録を確認する」

 当然のこと。

 だが当然が、今は重い。

「正妃エレノアは、王と正式婚姻を結び、教会の承認を得ている」

 その言葉は石のように落ちる。

 側室の婚姻は“側室契約”に過ぎない。

 正妃とは別格。

 形式の重み。

 教会代表が続ける。

「次に、正妃の子女の有無を確認する」

 沈黙。

 父が一歩前に出る。

「公爵家に記録がある」

 差し出された写本。

 教会側が受け取る。

 審問室の空気がさらに張り詰める。

 レオン殿下がわたくしを見る。

 その視線には、初めて戸惑いがあった。

 彼は知らない。

 何が確認されようとしているのか。

 教会代表が写本を開く。

 淡々と記録を追う。

「正妃エレノアは、一子を出産」

 広間の空気が止まる。

 その瞬間。

 まだ名は読まれない。

 だが“存在”は記録された。

 レオン殿下の顔色が変わる。

「それは……」

 言葉にならない。

 教会代表は台帳を閉じた。

「本日の審査はここまでとする」

 判断はまだ出ない。

 だが、方向は決まった。

 王統は、記録に従う。

 審問室を出ると、冷たい空気が流れ込む。

 王太子は沈黙している。

 側室マルグリットの顔は蒼白。

 国王は何も言わない。

 だがその目は、すべてを理解している。

 夜、王都は再び騒ぎ始める。

 教会が正妃の子の存在を確認。

 噂は瞬く間に広がる。

 だがまだ、真実は公表されていない。

 それでも十分だった。

 王統は、揺れ始めた。

 わたくしは公爵邸の廊下を歩き、母の肖像画の前で立ち止まる。

 静かな微笑み。

 あなたの名は、再び語られました。

 王太子の婚約問題は、もはや恋ではない。

 王統の再確認。

 そしてその先にあるもの。

 嵐は近い。

 だがまだ、雷は落ちきっていない。

 次に響くのは、名だ。

 そしてその名が、この王国の序列を変える。
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