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第六話 血統文書の開示
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第六話 血統文書の開示
王都の朝は、いつもよりも冷えていた。
教会の鐘が鳴るたび、人々は足を止める。今鳴る鐘は祈りのためではない。審査のためだと、誰もが知っている。
王家の血統確認。
それは本来、静かに行われる儀式だ。祝福の裏側で形式的に確認される、動かぬ前提。
だが今回は違う。
前提そのものが、再確認されている。
わたくしは公爵家の馬車で王宮へ向かっていた。
父は隣に座し、沈黙している。
問いはない。
答えもない。
今日、教会は正式に文書を開示する。
正妃エレノアの記録。
そしてその子女の記録。
大聖堂の審問室は、昨日よりもさらに人が多かった。
国王、側室マルグリット、王子レオン、重臣たち。
教会の大司教が中央に立つ。
高窓から差す光が、石床に細い帯を作っている。
「本日、王統確認の第二段階を行う」
静かな宣言。
机の上に、三冊の台帳が並ぶ。
王家公式台帳。
教会保管写本。
公爵家提出写本。
同じ内容であることを確認するためだ。
形式が重い。
だがその重さこそが、王統の根拠。
大司教が王家台帳を開く。
「正妃エレノア、正式婚姻日、承認番号――」
細かな記録が読み上げられる。
誰も口を挟まない。
「正妃は一子を出産」
石のような言葉。
側室マルグリットの指先が強く握られる。
王子レオンは顔をしかめた。
「それは既に知っている」
抑えきれぬ苛立ち。
「だがその子は――」
「――公にされなかった」
大司教が続ける。
その一文が、広間の空気を裂いた。
国王は目を閉じる。
父はわずかに視線を下げる。
わたくしは動かない。
「正妃は出産後まもなく療養のため王宮を離れ、実家へ戻った」
読み上げられる事実。
「その後、病没」
石の床が冷たい。
「しかし子女の生存記録は、公爵家側写本に残存」
写本が掲げられる。
静寂。
「子の名、アリアベル」
名が落ちる。
それは雷鳴ではなかった。
だが確実に、世界を割る音だった。
王子レオンが一歩後退する。
「……何だと」
「公爵令嬢アリアベルは、正妃エレノアの実子である」
教会写本も確認される。
番号、署名、承認印。
一致。
否定の余地はない。
側室マルグリットが立ち上がる。
「それは……公にされていなかったはず」
「公にされなかった事実と、存在しないことは別である」
大司教の声は冷たい。
国王がゆっくりと立ち上がる。
その姿は、父ではない。
王だ。
「アリアベル」
「はい、陛下」
「正妃の子として、王統上の資格を有する」
静かな宣言。
だが王子の顔は蒼白。
「父上、それは……」
「王統は血と記録で決まる」
国王の声は揺らがない。
「側室の子が先に生まれたことは事実。だが正妃の子の存在が確認された以上、王統序列は再計算される」
再計算。
その言葉は、王太子の立場を揺るがす。
大司教が続ける。
「王位継承順位は、正妃の嫡出子が最上位」
静寂。
誰も動けない。
王子レオンは声を失う。
「……そんな」
彼は今、理解し始めた。
婚約破棄が、何を引き起こしたのか。
もし静かにしていれば。
もし公にせず調整していれば。
血統は再確認されなかったかもしれない。
だが彼は宣言した。
公衆の面前で。
その結果、教会は動いた。
そして記録は開かれた。
国王が告げる。
「審査は続行する。だが王統順位は暫定的に再確認とする」
“暫定”。
だがその意味は明確だ。
王子レオンは、もはや絶対の継承者ではない。
審問室を出ると、王宮の空気は変わっていた。
視線。
距離。
囁き。
わたくしは変わらない。
ただ歩く。
母の名は公に読まれた。
そしてわたくしの名も。
王子レオンは、廊下で立ち止まったまま動けない。
彼は今、初めて理解している。
これは恋ではない。
王統だ。
血は動かない。
だが記録は開かれる。
王都の鐘が鳴る。
その音は祝福ではない。
確認。
そして再配置の始まり。
序列は、静かに書き換えられようとしていた。
王都の朝は、いつもよりも冷えていた。
教会の鐘が鳴るたび、人々は足を止める。今鳴る鐘は祈りのためではない。審査のためだと、誰もが知っている。
王家の血統確認。
それは本来、静かに行われる儀式だ。祝福の裏側で形式的に確認される、動かぬ前提。
だが今回は違う。
前提そのものが、再確認されている。
わたくしは公爵家の馬車で王宮へ向かっていた。
父は隣に座し、沈黙している。
問いはない。
答えもない。
今日、教会は正式に文書を開示する。
正妃エレノアの記録。
そしてその子女の記録。
大聖堂の審問室は、昨日よりもさらに人が多かった。
国王、側室マルグリット、王子レオン、重臣たち。
教会の大司教が中央に立つ。
高窓から差す光が、石床に細い帯を作っている。
「本日、王統確認の第二段階を行う」
静かな宣言。
机の上に、三冊の台帳が並ぶ。
王家公式台帳。
教会保管写本。
公爵家提出写本。
同じ内容であることを確認するためだ。
形式が重い。
だがその重さこそが、王統の根拠。
大司教が王家台帳を開く。
「正妃エレノア、正式婚姻日、承認番号――」
細かな記録が読み上げられる。
誰も口を挟まない。
「正妃は一子を出産」
石のような言葉。
側室マルグリットの指先が強く握られる。
王子レオンは顔をしかめた。
「それは既に知っている」
抑えきれぬ苛立ち。
「だがその子は――」
「――公にされなかった」
大司教が続ける。
その一文が、広間の空気を裂いた。
国王は目を閉じる。
父はわずかに視線を下げる。
わたくしは動かない。
「正妃は出産後まもなく療養のため王宮を離れ、実家へ戻った」
読み上げられる事実。
「その後、病没」
石の床が冷たい。
「しかし子女の生存記録は、公爵家側写本に残存」
写本が掲げられる。
静寂。
「子の名、アリアベル」
名が落ちる。
それは雷鳴ではなかった。
だが確実に、世界を割る音だった。
王子レオンが一歩後退する。
「……何だと」
「公爵令嬢アリアベルは、正妃エレノアの実子である」
教会写本も確認される。
番号、署名、承認印。
一致。
否定の余地はない。
側室マルグリットが立ち上がる。
「それは……公にされていなかったはず」
「公にされなかった事実と、存在しないことは別である」
大司教の声は冷たい。
国王がゆっくりと立ち上がる。
その姿は、父ではない。
王だ。
「アリアベル」
「はい、陛下」
「正妃の子として、王統上の資格を有する」
静かな宣言。
だが王子の顔は蒼白。
「父上、それは……」
「王統は血と記録で決まる」
国王の声は揺らがない。
「側室の子が先に生まれたことは事実。だが正妃の子の存在が確認された以上、王統序列は再計算される」
再計算。
その言葉は、王太子の立場を揺るがす。
大司教が続ける。
「王位継承順位は、正妃の嫡出子が最上位」
静寂。
誰も動けない。
王子レオンは声を失う。
「……そんな」
彼は今、理解し始めた。
婚約破棄が、何を引き起こしたのか。
もし静かにしていれば。
もし公にせず調整していれば。
血統は再確認されなかったかもしれない。
だが彼は宣言した。
公衆の面前で。
その結果、教会は動いた。
そして記録は開かれた。
国王が告げる。
「審査は続行する。だが王統順位は暫定的に再確認とする」
“暫定”。
だがその意味は明確だ。
王子レオンは、もはや絶対の継承者ではない。
審問室を出ると、王宮の空気は変わっていた。
視線。
距離。
囁き。
わたくしは変わらない。
ただ歩く。
母の名は公に読まれた。
そしてわたくしの名も。
王子レオンは、廊下で立ち止まったまま動けない。
彼は今、初めて理解している。
これは恋ではない。
王統だ。
血は動かない。
だが記録は開かれる。
王都の鐘が鳴る。
その音は祝福ではない。
確認。
そして再配置の始まり。
序列は、静かに書き換えられようとしていた。
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