『婚約破棄されたので王太子女となります。殿下より上位です』

ふわふわ

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第三十三話 残された可能性

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第三十三話 残された可能性

 退位が正式に告げられてから、王宮は静かな速度で動き始めた。

 即位準備委員会は定例化し、式典担当官は王冠と玉座の調整に追われ、各国への通達文案が次々と整えられていく。

 それらはすべて、事務的だ。

 感情はない。

 ただ、進む。

 第一王子レオンは、委員会の席に着いている。

 書類に目を通し、意見を求められれば答える。

 だが核心は問われない。

「即位式当日の動線は、この通りで」

 近衛騎士団長が説明する。

 壇上中央が国王の位置。
 その正面に新たな王座。
 王族列席席は右列と左列に分かれる。

 レオンの名は、王族左列最前。

 最前。

 だが中央ではない。

 彼は書類を閉じる。

「異論はない」

 声は穏やか。

 焦りを見せない。

 会議後、廊下で若い伯爵が囁く。

「式典まで三か月」

「順調だ」

 順調。

 その言葉が刺さる。

 順調であればあるほど、隙はない。

 それでも彼は考える。

 三か月ある。

 外交で何かが起きるかもしれない。

 隣国との協定が破綻するかもしれない。

 税制改革に反発が出るかもしれない。

 王太子女は優秀だ。

 だが完璧ではない。

 人は必ず誤る。

 そのとき、自分は冷静でいればよい。

 急がず、騒がず、正論を言い続ける。

 午後、外交報告が届く。

 隣国との交易は拡大し、利益は安定。

 問題はない。

 夕刻、財務報告が上がる。

 歳入は増加。

 軍費は計画通り。

 不安材料は見当たらない。

 夜、自室でレオンは静かに考える。

「まだ何も決まっていない」

 退位は決定。

 即位も準備されている。

 だが王冠が載る瞬間までは、変わる可能性がある。

 制度は自分を排除していない。

 王子であることに変わりはない。

 もしも議会が直前で揺れれば。

 もしも教会が慎重姿勢に戻れば。

 もしも軍が安定を優先すれば。

 可能性はゼロではない。

 彼は机に手を置く。

 焦りは胸の奥にある。

 だがそれを押し隠す。

 焦れば負ける。

 動けば自滅する。

 待てば、戻る。

 それが彼の信念。

 王宮の廊下には、即位式の布地見本が運ばれていく。

 王冠の宝石が磨かれている。

 王太子女の紋章が正式に縫い込まれる。

 誰も声高に宣言しない。

 だが準備は止まらない。

 第一王子はまだ王宮にいる。

 まだ王子だ。

 そして今日も、残された可能性を数えている。

 その可能性が、ほとんど形を失っていることを、認めないまま。
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