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第四十話 彼は今日も待っている
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第四十話 彼は今日も待っている
新女王ルシアの即位から、ひと月が過ぎた。
王宮は、すっかり新しい秩序に馴染んでいる。
朝の回廊では、侍従たちが迷いなく女王の執務室へ向かい、議会は定刻通りに始まり、軍の報告は直接女王へ届けられる。
それは急激な変化ではなかった。
騒ぎも、粛清も、断罪もない。
ただ、自然に流れが定まり、そこへ人々が立っただけだ。
第一王子レオンは、今日も王宮にいる。
変わらぬ部屋。
変わらぬ調度品。
王族としての生活は維持されている。
食事も、衣服も、侍従もいる。
不足はない。
欠けているのは、ただひとつ。
必要とされる場。
午前の議会。
彼は一段下の席に座る。
議題は南方港湾の拡張。
女王は資料を確認し、即断する。
軍司令官が頷き、財務官が調整案を提示し、教会代表が補足する。
会話は流れる。
彼に視線は向かない。
発言を禁じられているわけではない。
だが、誰も求めない。
それがすべてだった。
議会が終わる。
重臣たちは自然に女王の周囲へ集まる。
報告、提案、確認。
レオンは静かに席を立つ。
廊下に出る。
王宮の窓から差し込む光は、以前と同じだ。
だが、その中に自分の影は薄い。
中庭では市民代表が女王への嘆願書を携えて待っている。
子どもが小さな花束を持っている。
女王が姿を見せると、自然と歓声が上がる。
大きすぎない。
だが温かい。
レオンは遠くからそれを見る。
かつて自分が立つはずだった位置。
怒りはない。
嫉妬も薄れている。
あるのは、違和感。
なぜ、あの日の判断がここへ繋がったのか。
自分は間違っていなかったはずだ。
男爵令嬢との婚約は、身分を越えた誠実な選択だった。
公爵家との婚約破棄も、王家の自由を守るためだった。
血統の事実は知らなかった。
知っていれば違った。
そうだ。
もし、知っていれば。
思考はそこへ戻る。
だが現実は動き続ける。
夕刻。
女王の執務室にはまだ灯りがある。
レオンの部屋にも灯りはある。
彼は机に向かい、書簡を書いては破る。
提案書。
政策案。
だが提出先はない。
提出すれば受理されるだろう。
形式上は。
だが誰も待っていない。
彼は筆を置く。
窓の外、王都の灯りが広がる。
あの灯りは、女王の名で守られている。
その事実を否定できない。
だが、心はまだ退いていない。
いつか。
何かが起きるかもしれない。
評価は変わるかもしれない。
自分が再び必要とされる日が来るかもしれない。
制度は彼を残している。
廃嫡ではない。
追放でもない。
肩書きもある。
王宮にいる。
だが未来の議論に、彼の名は出ない。
王位継承の話題は、すでに女王の次代へ移り始めている。
騎士団長が女王の側に立つ姿が、自然なものとして受け入れられている。
新しい時代は、すでに走り出している。
それでも彼は待つ。
今日も王宮にいる。
明日も王宮にいる。
そして今日も、機会を待っている。
その機会が、もう来ないことを知らぬまま。
新女王ルシアの即位から、ひと月が過ぎた。
王宮は、すっかり新しい秩序に馴染んでいる。
朝の回廊では、侍従たちが迷いなく女王の執務室へ向かい、議会は定刻通りに始まり、軍の報告は直接女王へ届けられる。
それは急激な変化ではなかった。
騒ぎも、粛清も、断罪もない。
ただ、自然に流れが定まり、そこへ人々が立っただけだ。
第一王子レオンは、今日も王宮にいる。
変わらぬ部屋。
変わらぬ調度品。
王族としての生活は維持されている。
食事も、衣服も、侍従もいる。
不足はない。
欠けているのは、ただひとつ。
必要とされる場。
午前の議会。
彼は一段下の席に座る。
議題は南方港湾の拡張。
女王は資料を確認し、即断する。
軍司令官が頷き、財務官が調整案を提示し、教会代表が補足する。
会話は流れる。
彼に視線は向かない。
発言を禁じられているわけではない。
だが、誰も求めない。
それがすべてだった。
議会が終わる。
重臣たちは自然に女王の周囲へ集まる。
報告、提案、確認。
レオンは静かに席を立つ。
廊下に出る。
王宮の窓から差し込む光は、以前と同じだ。
だが、その中に自分の影は薄い。
中庭では市民代表が女王への嘆願書を携えて待っている。
子どもが小さな花束を持っている。
女王が姿を見せると、自然と歓声が上がる。
大きすぎない。
だが温かい。
レオンは遠くからそれを見る。
かつて自分が立つはずだった位置。
怒りはない。
嫉妬も薄れている。
あるのは、違和感。
なぜ、あの日の判断がここへ繋がったのか。
自分は間違っていなかったはずだ。
男爵令嬢との婚約は、身分を越えた誠実な選択だった。
公爵家との婚約破棄も、王家の自由を守るためだった。
血統の事実は知らなかった。
知っていれば違った。
そうだ。
もし、知っていれば。
思考はそこへ戻る。
だが現実は動き続ける。
夕刻。
女王の執務室にはまだ灯りがある。
レオンの部屋にも灯りはある。
彼は机に向かい、書簡を書いては破る。
提案書。
政策案。
だが提出先はない。
提出すれば受理されるだろう。
形式上は。
だが誰も待っていない。
彼は筆を置く。
窓の外、王都の灯りが広がる。
あの灯りは、女王の名で守られている。
その事実を否定できない。
だが、心はまだ退いていない。
いつか。
何かが起きるかもしれない。
評価は変わるかもしれない。
自分が再び必要とされる日が来るかもしれない。
制度は彼を残している。
廃嫡ではない。
追放でもない。
肩書きもある。
王宮にいる。
だが未来の議論に、彼の名は出ない。
王位継承の話題は、すでに女王の次代へ移り始めている。
騎士団長が女王の側に立つ姿が、自然なものとして受け入れられている。
新しい時代は、すでに走り出している。
それでも彼は待つ。
今日も王宮にいる。
明日も王宮にいる。
そして今日も、機会を待っている。
その機会が、もう来ないことを知らぬまま。
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