1 / 40
第1話 突然の婚約破棄宣告
しおりを挟む
第1話 突然の婚約破棄宣告
王宮の大広間は、いつになく華やいでいた。
白い大理石の床に反射するシャンデリアの光。壁際に整列する貴族たちのざわめき。
本来であれば、それは祝福の場であるはずだった。
――第一王子フィリオン・アルヴェーンと、その婚約者である公爵令嬢ノエリア・ヴァレンシュタインの、婚約継続を正式に国中へ示すための式。
そのはずだったのに。
「ノエリア・ヴァレンシュタイン。
本日をもって、君との婚約を破棄する」
その言葉は、あまりにも唐突で、あまりにも堂々としていた。
広間が、凍りつく。
ノエリアは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
けれど、次の瞬間には――王太子の隣に立つ、見慣れない少女の存在が視界に入る。
淡い色のドレス。質素だが丁寧な仕立て。
貴族ではないと一目で分かる装い。
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
ノエリアは、努めて冷静に問い返した。
声が震えなかったのは、長年の“令嬢教育”の賜物だろう。
フィリオン王太子は、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「簡単なことだ。君は――完璧すぎる」
ざわり、と再び空気が揺れる。
「学問、礼儀、政治感覚。どれを取っても非の打ち所がない。
だがな、ノエリア。女というものは、もう少し愚かで、守ってやりたくなるくらいがちょうどいい」
その言葉に、ノエリアの胸がきしりと音を立てた。
「私は……王太子殿下の伴侶として、求められる役割を果たすために努力してまいりました」
「そこだよ」
フィリオンは、勝ち誇ったように笑う。
「努力、努力、努力……君はいつも正しく、隙がない。
だが彼女は違う」
そう言って、王太子は隣の少女の肩を抱いた。
「彼女――リリィは、素直で純粋だ。
失敗もするし、分からないことだらけだが、だからこそ可愛い」
少女――リリィは、戸惑いながらも王太子の袖を掴んでいる。
怯えた小動物のようなその姿に、同情の声がいくつか上がった。
――ああ。
ノエリアは、ようやく理解した。
これは、恋だとか愛だとか、そういう問題ではない。
これは――比較だ。
完璧な婚約者と、守ってやりたい存在。
その天秤で、王太子は後者を選んだ。
(……なるほど)
胸の奥が、すうっと冷えていく。
同時に、不思議なほど頭が冴えていくのを、ノエリアは感じていた。
「ノエリア・ヴァレンシュタイン。
君との婚約は、王家にとって重すぎた」
フィリオンの言葉が、決定打のように響く。
「今後は、リリィを正式な伴侶として迎える。
以上だ」
――静寂。
数秒後、誰かが小さく息を呑む音がした。
ノエリアは、ゆっくりと目を伏せた。
そして。
「……承知いたしました」
その言葉と同時に、彼女は膝を折った。
完璧な所作で、優雅に。
誰もが想像する“捨てられた令嬢”そのものの姿で。
「これまでのご厚情、感謝いたします。
王太子殿下の未来が、幸多からんことを」
その声は、かすかに震えていた。
――少なくとも、周囲にはそう見えただろう。
しかし。
(……やっと、終わりましたわ)
ノエリアの内心は、まるで違っていた。
(婚約者としての義務。
王太子の失敗を裏で処理する日々。
微妙な政治調整。終わりのない気遣い)
それらすべてから、今この瞬間、解放されたのだ。
(これは……)
一瞬だけ、口元が緩みそうになるのを、必死で堪える。
(――勝ち、ですわね)
顔を上げると、フィリオン王太子が、どこか落ち着かない様子でこちらを見ていた。
「……思ったより、物分かりがいいな」
「はい。
殿下のお気持ちは、理解いたしましたので」
そう答えながら、ノエリアは静かに一礼する。
その背中に、いくつもの視線が突き刺さっているのを感じた。
――同情。
――憐れみ。
――そして、好奇。
けれどノエリアは知っている。
この瞬間を境に、立場は必ず逆転する。
(さあ……これからですわ)
彼女は、心の中で小さく拳を握った。
婚約破棄、ありがとうございます。
この一言を、いつか胸を張って言える日が来ることを――
ノエリア・ヴァレンシュタインは、確信していた。
王宮の大広間は、いつになく華やいでいた。
白い大理石の床に反射するシャンデリアの光。壁際に整列する貴族たちのざわめき。
本来であれば、それは祝福の場であるはずだった。
――第一王子フィリオン・アルヴェーンと、その婚約者である公爵令嬢ノエリア・ヴァレンシュタインの、婚約継続を正式に国中へ示すための式。
そのはずだったのに。
「ノエリア・ヴァレンシュタイン。
本日をもって、君との婚約を破棄する」
その言葉は、あまりにも唐突で、あまりにも堂々としていた。
広間が、凍りつく。
ノエリアは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
けれど、次の瞬間には――王太子の隣に立つ、見慣れない少女の存在が視界に入る。
淡い色のドレス。質素だが丁寧な仕立て。
貴族ではないと一目で分かる装い。
「……理由を、お聞かせいただけますか?」
ノエリアは、努めて冷静に問い返した。
声が震えなかったのは、長年の“令嬢教育”の賜物だろう。
フィリオン王太子は、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「簡単なことだ。君は――完璧すぎる」
ざわり、と再び空気が揺れる。
「学問、礼儀、政治感覚。どれを取っても非の打ち所がない。
だがな、ノエリア。女というものは、もう少し愚かで、守ってやりたくなるくらいがちょうどいい」
その言葉に、ノエリアの胸がきしりと音を立てた。
「私は……王太子殿下の伴侶として、求められる役割を果たすために努力してまいりました」
「そこだよ」
フィリオンは、勝ち誇ったように笑う。
「努力、努力、努力……君はいつも正しく、隙がない。
だが彼女は違う」
そう言って、王太子は隣の少女の肩を抱いた。
「彼女――リリィは、素直で純粋だ。
失敗もするし、分からないことだらけだが、だからこそ可愛い」
少女――リリィは、戸惑いながらも王太子の袖を掴んでいる。
怯えた小動物のようなその姿に、同情の声がいくつか上がった。
――ああ。
ノエリアは、ようやく理解した。
これは、恋だとか愛だとか、そういう問題ではない。
これは――比較だ。
完璧な婚約者と、守ってやりたい存在。
その天秤で、王太子は後者を選んだ。
(……なるほど)
胸の奥が、すうっと冷えていく。
同時に、不思議なほど頭が冴えていくのを、ノエリアは感じていた。
「ノエリア・ヴァレンシュタイン。
君との婚約は、王家にとって重すぎた」
フィリオンの言葉が、決定打のように響く。
「今後は、リリィを正式な伴侶として迎える。
以上だ」
――静寂。
数秒後、誰かが小さく息を呑む音がした。
ノエリアは、ゆっくりと目を伏せた。
そして。
「……承知いたしました」
その言葉と同時に、彼女は膝を折った。
完璧な所作で、優雅に。
誰もが想像する“捨てられた令嬢”そのものの姿で。
「これまでのご厚情、感謝いたします。
王太子殿下の未来が、幸多からんことを」
その声は、かすかに震えていた。
――少なくとも、周囲にはそう見えただろう。
しかし。
(……やっと、終わりましたわ)
ノエリアの内心は、まるで違っていた。
(婚約者としての義務。
王太子の失敗を裏で処理する日々。
微妙な政治調整。終わりのない気遣い)
それらすべてから、今この瞬間、解放されたのだ。
(これは……)
一瞬だけ、口元が緩みそうになるのを、必死で堪える。
(――勝ち、ですわね)
顔を上げると、フィリオン王太子が、どこか落ち着かない様子でこちらを見ていた。
「……思ったより、物分かりがいいな」
「はい。
殿下のお気持ちは、理解いたしましたので」
そう答えながら、ノエリアは静かに一礼する。
その背中に、いくつもの視線が突き刺さっているのを感じた。
――同情。
――憐れみ。
――そして、好奇。
けれどノエリアは知っている。
この瞬間を境に、立場は必ず逆転する。
(さあ……これからですわ)
彼女は、心の中で小さく拳を握った。
婚約破棄、ありがとうございます。
この一言を、いつか胸を張って言える日が来ることを――
ノエリア・ヴァレンシュタインは、確信していた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
投資の天才”を名乗る臣民たちよ。 その全財産、確かに受け取った。 我が民のために活かそう』 〜虚飾を砕く女王の経済鉄槌〜
しおしお
恋愛
バブルに沸くアルビオン王国。
「エルドラド株」を持たぬ者は時代遅れ――
そう嘲笑いながら、実体のない海外権益へ全財産を注ぎ込む貴族たち。
自らを“投資の天才”と称し、増税に苦しむ民を見下す日々。
若き女王リリアーナは、その狂騒を静かに見つめていた。
やがて始まる王室監査。
暴かれる虚偽契約。
崩れ落ちる担保。
連鎖する破綻。
昨日まで「時代の勝者」を気取っていた特権階級は、一夜にして無一文へ。
泣きつく彼らに、女王はただ微笑む。
――“皆様の尊いご投資、確かに受け取りましたわ”
没収された富は国庫へ。
再配分された資源は民へ。
虚飾を砕き、制度を再設計し、王国を立て直す。
これは復讐譚ではない。
清算と再建の物語。
泡沫の王国に、女王の鉄槌が下される。
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
あなたが愛人を作るのなら
あんど もあ
ファンタジー
結婚して八年の夫が、愛人を作った。それも私の推しの女優を! 「君と違って彼女には才能がある」と言う。ならば、私も才能のある愛人を持つ事にいたしましょう。愛人の才能を花開かせる事が出来るのはどちら?
「神に見捨てられた無能の職業は追放!」隣国で“優秀な女性”だと溺愛される
佐藤 美奈
恋愛
公爵令嬢アンナ・ローレンスはグランベル王国第一王子ダニエル・クロムハートに突然の婚約破棄を言い渡された。
その理由はアンナの職業にあった。職業至上主義の世界でアンナは無能と言われる職業を成人の儀で神に与えられた。その日からアンナは転落人生を歩むことになった。公爵家の家族に使用人はアンナに冷たい態度を取り始める。
アンナにはレイチェルという妹がいた。そのレイチェルの職業は神に選ばれた人しかなれない特別な職業と言われる聖女。アンナとレイチェルは才能を比較された。姉のアンナは能力が劣っていると言われて苦しい日常を送る。
そして幼馴染でもある婚約者のダニエルをレイチェルに取られて最終的には公爵家当主の父ジョセフによって公爵家を追放されてしまった。
貴族から平民に落とされたアンナは旅に出て違う国で新しい生活をスタートする。一方アンナが出て行った公爵家では様々な問題が発生する。実はアンナは一人で公爵家のあらゆる仕事をこなしていた。使用人たちはアンナに無能だからとぞんざいに扱って仕事を押し付けていた。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
親世代ではなかったのですか?
立木
恋愛
親世代が「乙女ゲーム時代」だったと思っていたら、子世代も「乙女ゲーム」だった。
※乙ゲー転生ですが要素は薄いです。
※別サイトにも投稿。
※短編を纏めました。
すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。
心のよりどころは絵だけ。
それなのに、利き手を壊され描けなくなった。
すべてを失った私は――
※他サイトに掲載
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる