完璧すぎると言われ婚約破棄された公爵令嬢は、白い結婚のはずの冷徹公爵にいつの間にか溺愛されていました

ふわふわ

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第2話 悲劇の令嬢

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第2話 悲劇の令嬢

 王宮を出た瞬間、ノエリア・ヴァレンシュタインは、足元がふらつくのを感じた。

 ――当然だろう。

 つい先ほどまで、第一王子の婚約者だったのだ。
 しかも、あれほど大勢の貴族が見守る中での婚約破棄。
 心が折れないほうがおかしい。

「ノエリア様……!」

 付き添いの侍女が、慌てて駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか? お顔の色が……」

「ええ……少し、気分が……」

 ノエリアは弱々しく答え、そっと胸元に手を当てた。
 膝が震え、今にも崩れ落ちそうな――そんな“演技”を忘れない。

 すると、周囲の視線が一斉に集まった。

「かわいそうに……」 「やはり、王太子殿下は冷酷すぎる」 「完璧すぎる、なんて理由で……」

 ひそひそと交わされる声。

(……ええ、その通りですわ)

 ノエリアは、心の中で静かに頷いた。

(可哀想な令嬢。
 捨てられた婚約者。
 世間が望む役柄は、それで決まり)

 その瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは――
 長年、婚約者として背負ってきた“義務”の数々だった。

 王太子の失言を、裏で必死に取り繕った日。
 理解の足りない政治判断を、資料と数字で補った夜。
 社交界での失態を、笑顔でなかったことにした回数。

(……本当によくやりましたわ、私)

 そう思った瞬間、胸の奥からこみ上げてくるものがあった。

(――自由)

 その言葉が、甘美に響く。

「ノエリア様、いったん控え室へ……」

 侍女に支えられながら、ノエリアは王宮の回廊を進む。
 その途中、何人もの貴族が声をかけてきた。

「お辛いでしょう……」 「しばらくは静養なさっては?」

 どれも、同情に満ちた言葉だ。

「ありがとうございます……」

 ノエリアは、目を伏せながら答えた。
 声を少しだけ震わせるのが、コツだ。

 やがて、控え室に入ると、扉が閉められる。

 ――次の瞬間。

「……ふう」

 ノエリアは、深く息を吐いた。

 肩から力が抜け、背筋が自然と伸びる。

「終わりましたわ……」

 誰もいないことを確認し、ぽつりと呟く。

 それから、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ――

「――っ、やりましたわ!」

 声を殺しながら、思わず小さくガッツポーズ。

(婚約者としての責任、終了!
 王太子殿下の尻拭い、終了!
 意味不明な比較対象、終了!)

 完璧すぎると言われ、否定され続けた努力。
 それらすべてが、今、無効化された。

(……なんて、気持ちがいいのでしょう)

 もちろん、今後の立場が安泰とは言えない。
 婚約破棄された令嬢という肩書きは、社交界では不利だ。

 だが――

(だからといって、あの生活に戻りたいかと言われれば……)

 答えは、明白だった。

(いいえ。
 二度と、ごめんですわ)

 そのとき、控え室の扉がノックされる。

「ノエリア様。
 ヴァレンシュタイン公爵家より、使者が」

「……え?」

 思わず、眉を上げる。

(早すぎません?)

 まだ婚約破棄から、数刻も経っていない。
 けれど、ノエリアはすぐに表情を整えた。

「通してください」

 入ってきたのは、父の側近だった。

「ノエリア様。
 まずは、お気持ちお察しいたします」

「……ありがとうございます」

 再び、悲劇の令嬢モードに戻る。

「ですが――」

 側近は、一拍置いて続けた。

「すでに、いくつかの縁談の打診が届いております」

 ノエリアは、一瞬、言葉を失った。

「……縁談、ですか?」

「はい。
 中でも――シュヴァルツクロイツ公爵家からの正式な申し入れが」

 その名を聞いた瞬間、ノエリアの内心が跳ねた。

(――あの、冷徹公爵)

 感情を表に出さず、合理のみで動くと噂の男。
 社交界では“近寄りがたい存在”として有名だ。

(……白い結婚、の噂も確か……)

 そこまで考えて、ノエリアは気づいた。

(あら?
 それ、最高では?)

 顔には、まだ悲しげな微笑みを浮かべたまま。

 けれど、心の中では――

(これは……想像以上に、面白い展開ですわ)

 ノエリア・ヴァレンシュタインは、
 静かに、新しい人生の扉が開く音を聞いていた。


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