完璧すぎると言われ婚約破棄された公爵令嬢は、白い結婚のはずの冷徹公爵にいつの間にか溺愛されていました

ふわふわ

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第3話 理由は「完璧すぎる」

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第3話 理由は「完璧すぎる」

 ヴァレンシュタイン公爵家の馬車が王宮を離れるころ、ノエリアはようやく“ひとりきり”になれた。

 分厚いカーテン越しに、石畳を進む規則正しい揺れ。
 いつもなら、次の政務や社交予定を確認している時間だ。

 けれど今日は――何も考えなくていい。

「……完璧すぎる、ですか」

 ぽつりと、独り言がこぼれる。

 思い返せば、その言葉は今日に始まったことではなかった。

 王太子フィリオンが、冗談めかして言ったことがある。

『君は何でもできすぎるんだよ、ノエリア。
 少しくらい、失敗してくれたほうが可愛いのに』

 そのときは、笑って受け流した。

 ――努力が評価されているのだと、思い込もうとしたから。

 だが実際には、その「完璧さ」は、少しずつ彼の自尊心を削っていたのだろう。

 学会での発言。
 外交文書のチェック。
 税制改革の試案。

 どれも、ノエリアが裏で整え、王太子の名で提出された。

 成功すれば王太子の功績。
 失敗すれば、ノエリアの責任。

(……随分と、都合のいい関係でしたわね)

 ノエリアは、ふっと小さく息を吐いた。

 王太子にとって、彼女は“隣に立つ存在”ではなかった。
 ただの――便利な補助輪だったのだ。

 そして、補助輪が優秀すぎた。

 自分が努力しなくても、すべてが回ってしまう。
 気づけば、彼は何もできないまま、“王太子”という肩書きだけを抱えていた。

「……それで、守ってあげたくなる相手、ですか」

 思い浮かぶのは、王太子の腕に守られるように立っていた少女――リリィ。

 怯えた目。
 控えめな言葉遣い。
 分からないことを素直に「教えてください」と言える姿。

(ええ。確かに、可愛らしいでしょう)

 ノエリアは、冷静にそう評価した。

 だが同時に、こうも思う。

(――王太子殿下、あの方を“対等な伴侶”にするおつもりは、ありませんわね)

 リリィは、守られる側だ。
 理解できないことは、理解できないままでいい存在。

 それはつまり――責任を共有しない相手。

 自分が間違えても、彼女のせいにはできない。
 だからこそ、楽なのだ。

 馬車が、公爵家の敷地へ入る。

 門が開き、静かな庭園が広がる。

 ノエリアは、背筋を伸ばした。

 これから、父と話さなければならない。

 婚約破棄という事実。
 公爵家としての対応。
 そして――新たな縁談。

 馬車を降りると、すぐに父――ヴァレンシュタイン公爵が待っていた。

「ノエリア」

 低く、落ち着いた声。

「……父上」

 ノエリアは一礼する。

 父は娘の顔をじっと見つめ、やがて短く言った。

「よく、耐えたな」

 それだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。

 書斎に入ると、父は椅子を勧めた。

「婚約破棄の理由は聞いている」

「……『完璧すぎる』、だそうです」

 ノエリアがそう言うと、父は一瞬、眉をひそめ――

「馬鹿げている」

 そう一刀両断した。

「有能であることを理由に切り捨てるなど、王家の愚行だ」

 はっきりと言い切られ、ノエリアは思わず瞬きをした。

「だが、好都合でもある」

「……と、申しますと?」

「王太子は、自分の無能を直視せずに済む道を選んだ。
 その代償は、必ず払うことになる」

 父は、静かに続ける。

「そして――お前は、ようやく“道具”ではなくなる」

 その言葉に、ノエリアの胸がきゅっと締めつけられた。

「ノエリア。
 お前は、完璧すぎたのではない」

 父は、まっすぐに娘を見る。

「相手が、釣り合わなかっただけだ」

 その瞬間。

 ノエリアの中で、何かがほどけた。

 否定され続けた努力。
 自分に足りないのだと思い込んできた感情。

 それらが、一つの言葉で救われる。

「……ありがとうございます、父上」

 声が、わずかに震えた。

「さて」

 父は咳払いをひとつして、話題を切り替える。

「すでに伝えた通り、シュヴァルツクロイツ公爵家から縁談が来ている」

「はい」

「条件は、白い結婚。互いに干渉せず、必要以上の関係は持たない」

 その言葉を聞いて、ノエリアは――

(――やはり、最高ですわ)

 内心で、はっきりと思った。

 誰かの自尊心を守るために、自分を削る必要はない。
 責任を押し付けられることもない。

 それでいて、公爵夫人という立場は守られる。

(こんなに理想的な話、ありませんわ)

 ノエリアは、ゆっくりと顔を上げた。

「……お受けします」

 父は、ほんのわずかに目を細める。

「即答か」

「はい。
 もう、“完璧な婚約者”を演じるのは、十分です」

 ノエリア・ヴァレンシュタインは、はっきりとそう告げた。

 完璧すぎる――その言葉で切り捨てられた彼女は、
 これから、自分のためだけに完璧であればいい。

 その選択が、
 やがて多くの者を後悔させることになるとも知らずに――。
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