婚約破棄ですか? では契約通りに――王太子も聖女も教会も、まとめて破綻させていただきます

ふわふわ

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第一話 舞踏会の婚約破棄宣言

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第一話 舞踏会の婚約破棄宣言

 王立学園の卒業舞踏会は、王都でもっとも華やかな夜と呼ばれている。

 磨き上げられた大理石の床。幾重にも吊るされた水晶のシャンデリア。甘い香りの花々と、きらびやかなドレスの波。

 その中心に、私は立っていた。

「エレシア・フォルティス」

 高らかに名を呼ばれる。

 声の主は、この国の王太子、カイルベルト殿下。

 金色の髪を後ろに流し、誰よりも自信に満ちた笑みを浮かべている。いつもなら、その隣に立つ私は未来の王太子妃として祝福の視線を浴びているはずだった。

 けれど今夜は違う。

「私はここに宣言する」

 ざわり、と空気が揺れる。

「エレシア・フォルティスとの婚約を、破棄する」

 会場が凍りついた。

 次の瞬間、波のようなざわめきが広がる。

「な、なにを……」 「まさか公爵令嬢との婚約を……?」

 私の隣には、いつの間にか一人の少女が立っていた。

 淡い桃色のドレスに身を包み、今にも泣き出しそうな顔をしている。

 義妹、ミリア。

「お姉様……ごめんなさい……」

 震える声。潤んだ瞳。肩をすくめる仕草。

 完璧な“被害者”。

「エレシアは、ミリアを虐げていた。王太子妃の座を守るために、妹を排除しようとしたのだ」

 カイルベルト殿下は断言する。

 ああ。そういう筋書きですのね。

 会場の視線が、一斉に私へと突き刺さる。

「私は、真実の愛を選ぶ!」

 殿下はミリアの肩を抱き寄せた。

「彼女こそが、私の妃に相応しい!」

 場内のどこかで小さな悲鳴が上がる。

 さらに一歩、前に出た人物がいた。

 白い法衣をまとった若い女性。

 自称聖女、ルチア。

 彼女は胸の前で手を組み、目を伏せて言う。

「神は、真実をお示しになりました。ミリア様こそが清らかな御心を持つお方。エレシア様の心には、嫉妬と傲慢が満ちております」

 そして、その背後から低い声が響く。

「これは神託である」

 教会司祭、グラナード。

 重々しく杖を鳴らす。

「神の御意志に逆らうことは、許されぬ」

 なんとも豪華な顔ぶれですこと。

 王太子。義妹。聖女。司祭。

 これだけ揃えば、普通の令嬢なら崩れ落ちるでしょう。

 私はゆっくりと扇を閉じた。

「……承知いたしました」

 静まり返る会場。

 殿下が眉をひそめる。

「なに?」

「婚約破棄の件、受理いたしますわ」

 あまりにもあっさりとした返答だったのだろう。

 ミリアの涙が一瞬止まった。

「お姉様……怒らないのですか?」

「怒る理由がございませんもの」

 私はにこりと微笑む。

「婚約は双方の合意で成り立つもの。殿下が望まれぬのであれば、無理に縋る趣味はございませんわ」

 殿下が勝ち誇ったように顎を上げる。

「当然だ。身の程を知ることだな」

「ええ、ですから」

 私は一歩、前へ出た。

「契約通りに進めましょう」

「……契約?」

 殿下の表情がわずかに揺らぐ。

「ご存じないのですか? 婚約契約書第七条。正当な理由なき一方的破棄の場合、王家はフォルティス公爵家へ違約金を支払う、と」

 ざわり。

 周囲の貴族たちが顔を見合わせる。

「そんな話は聞いていない!」

「お読みにならなかっただけですわ」

 静かな声で返す。

「王都港の改修費。王立騎士団の装備補填。王宮西棟の修繕費。教会孤児院への寄付。すべてフォルティス家からの無償提供でしたが、婚約解消により支援義務は消滅いたします」

 司祭が顔色を変えた。

「待ちなさい。それは国家事業だ!」

「国家事業に、我が家の私財を用いていただけです」

 私は視線を逸らさない。

「婚約がなくなる以上、今後の援助は一切ございません」

 殿下の顔が青ざめる。

「お、俺は王太子だぞ!」

「ええ。ですから“王太子として”ご対応くださいませ」

 ルチアが口を挟む。

「神は守ってくださいます。奇跡は起こります」

「それは素晴らしいことですわ」

 私は穏やかに頷く。

「では、どうぞ神の奇跡で王都をお支えくださいませ」

 ミリアが私の袖を掴みかける。

「お姉様、どうしてそんな冷たいことを……」

「冷たい?」

 私は小さく笑った。

「婚約を破棄なさったのは、そちらでは?」

 言葉に詰まる義妹。

 会場の空気が、ゆっくりと変わっていく。

 私は最後に深く一礼した。

「フォルティス家は、本日をもって王家および教会への支援を停止いたします」

 背を向ける。

 重たい視線を感じながら、私は歩き出した。

 泣かない。

 怒らない。

 ただ、切るだけ。

 扉が閉まる直前、背後から殿下の声が響いた。

「エレシア! 後悔するぞ!」

 私は振り返らない。

「それは、どちらでしょうか」

 静かに扉が閉じる。

 その瞬間。

 王都の歯車は、わずかに軋み始めた。

 まだ誰も気づいていない。

 本当に守られていたのは誰で、誰が支えていたのか。

 神の名を掲げた断罪は、やがて彼ら自身を裁くことになる。

 私は夜空を見上げる。

「始まりましたわね」

 ざまあの幕が、今、静かに上がったのだから。
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