婚約破棄ですか? では契約通りに――王太子も聖女も教会も、まとめて破綻させていただきます

ふわふわ

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第十七話 王家の借金

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第十七話 王家の借金

 それは、一枚の控えから始まった。

 王宮財務局の奥。  古びた金庫の中に、厳重に綴じられた帳簿がある。

 王家特別支出。

 本来なら、国王の署名と宰相の承認が必要な項目。

 だが――。

「……殿下の直筆、ですか」

 低い声が静かな部屋に落ちる。

 財務副官は、震える指で書面をなぞった。

 そこに押されているのは、王家の印。

 しかし決裁欄に並ぶのは、王太子カイルベルトの署名のみ。

 用途欄には曖昧な言葉。

 “教会支援特別費”  “聖女関連行事費”  “緊急外交調整費”

 だが金額は、緊急とは思えぬ桁。

 そして、同じ日付で教会へ流れた金の流れがある。

 王宮は、静かに凍りつき始めていた。

 ――その頃。

 公爵邸。

 私は差し出された書類をゆっくりと開く。

「確定いたしました」

 アーヴィンが淡々と告げる。

「王太子殿下は、国王陛下の不在時を利用し、三度に渡り国庫を動かしております」

「額は?」

「公爵家年間予算の半分相当」

 私は眉一つ動かさない。

「理由は?」

「聖女支援と、教会主催の“奇跡祭”準備費用」

 私は紅茶を一口飲む。

「愛は高くつきますわね」

 カイルベルトは、ルチアを“国の希望”として祭り上げた。

 そのための演出。  そのための華やかな行事。  そのための寄付金上乗せ。

 すべて、国庫から。

 しかも、承認なき独断。

「証拠は完全です」

「表に出すのは、まだ」

 私は静かに首を振る。

「教会の監査が進んでから」

「二重に締めるのですね」

「ええ。逃げ道を残さないように」

 王宮。

「これは誤解だ!」

 カイルベルトは書面を叩きつける。

「教会の威信を守るためだ! 国のための支出だ!」

 財務官は目を伏せる。

「ですが、正式な承認がございません」

「俺は王太子だぞ!」

「……まだ、でございます」

 その一言が刃のように刺さる。

「何だと?」

「国庫は、王太子個人のものではございません」

 沈黙。

 怒りに歪んだ顔。

 だが事実は消えない。

 しかも問題は金額だけではない。

 返済計画がない。

 教会への寄付金増額分は、横領調査中。

 聖女の奇跡が止まり、寄付が減少。

 国庫は穴だらけ。

 王家の信用も。

 夜。

 王都の貴族邸では、密やかな会話が交わされる。

「王太子が勝手に国庫を?」 「陛下の許可は?」 「教会と癒着か……」

 疑念は静かに広がる。

 王太子の“恋”は、もはや私情では済まない。

 国を巻き込んだ浪費。

 しかも成果は、偽りの奇跡。

 公爵邸の庭。

 月が高い。

「殿下は、まだ気づいておりません」

 アーヴィンが言う。

「何に?」

「自分が、守られていたということに」

 私は淡く微笑む。

 婚約中。

 王太子の軽率な発言も。  無計画な支出も。  多くはフォルティス家が裏で調整していた。

 契約。  資金。  外交。

 私が支えていた。

 今は違う。

 彼は一人。

 そして初めて、自分の判断だけで動いている。

 結果は、この帳簿。

「王太子殿下は、“王”の器ではございません」

 私は静かに言う。

「怒りで動き、愛で金を使い、責任を理解しない」

 国は感情で回らない。

 契約で回る。

 王宮の灯が一つ消える。

 財務官が去った後、カイルベルトは一人、書面を握りしめていた。

「俺は……間違っていない」

 だが、その声は弱い。

 王家の借金。

 それは金額の問題ではない。

 王太子が、国を私物化した証。

 愛のために使った金は、戻らない。

 奇跡は止まり。

 寄付は減り。

 商人は離れ。

 そして今。

 国庫が揺らぐ。

 王家の信用は、静かに崩れ始めていた。

 婚約破棄は感情。

 借金は現実。

 王太子殿下。

 わたくしがいなくなった後の帳簿は、ずいぶんと正直ですこと。

 その正直さが、あなたを裁きます。
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