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第三十二話 最後の祈り
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第三十二話 最後の祈り
国境の外れ。
冬の風が、乾いた大地を吹き抜けていた。
かつて王太子だった男は、粗末な外套を羽織り、街道の脇に立っている。
名はもう呼ばれない。
称号もない。
紋章もない。
あるのは、追放者という事実だけ。
国外に出された直後は、まだ誇りが残っていた。
「いずれ戻る」
そう思っていた。
だが現実は甘くない。
王家の庇護を失った貴族未満の男に、手を差し伸べる者はいなかった。
宿は断られ、信用はなく、かつて従った者たちは距離を置く。
王家の血は、国の外ではただの噂。
価値を持たない。
街道沿いの村で、彼は噂を聞いた。
「公爵令嬢エレシア様が、王都復興の支援をなさっているらしい」
「契約を守る方だと評判だ」
「隣国とも同盟を結ばれたとか」
胸が焼ける。
あの女。
婚約破棄されたはずの女。
泣き崩れるべきだった女。
なぜ。
なぜ平然と立っている。
なぜ自分がここにいる。
夜。
焚き火の前で、彼は空を見上げる。
「……俺は悪くない」
呟きは、風に消える。
聖女が嘘をついた。
司祭が横領した。
ミリアが感情的だった。
だが最初に宣言したのは。
最初に契約を破ったのは。
――自分。
それを認めるには、遅すぎた。
空腹と寒さが、誇りを削る。
彼は、初めて本気で祈った。
「助けてくれ……」
神でも。
父でも。
誰でもいい。
返事はない。
奇跡は起きない。
祈りは、ただの言葉。
同じ頃。
王都。
公爵邸の庭園では、穏やかな夕暮れが広がっていた。
薔薇は静かに揺れ、噴水の水音が柔らかく響く。
「国外で困窮しているとの報告が」
アーヴィンが控えめに告げる。
「そう」
私は紅茶を置いた。
「保護の打診は?」
「ございません。陛下も静観とのこと」
当然。
王籍を失った者は、国の責任ではない。
私は立ち上がり、庭へ出る。
冷たい風が頬を撫でる。
かつて彼と並んで歩いた場所。
あの舞踏会の日。
彼は言った。
「婚約破棄だ」
私は答えた。
「では契約通りに」
それだけ。
怒りでも復讐でもない。
契約は双方の責任。
破った側が、対価を払う。
それだけの話。
遠い空の下。
追放された男が、震えながら祈る。
そして私は、静かに微笑む。
「神に祈ってくださいませ」
声は穏やか。
冷酷ではない。
ただ事実。
奇跡はありません。
契約もありません。
責任だけが残ります。
王都は再び動き出している。
教会は再編され、信仰は透明化され。
王家は後継を選定中。
港は賑わい、市場は安定した。
国は続く。
誰かひとりが消えても、世界は回る。
私は薔薇を一輪摘む。
棘はある。
だが美しい。
守るべきものは、守られた。
失うべきものは、失われた。
それが、最強のざまぁ。
救済はない。
赦しもない。
ただ選択の結果だけが、静かに積み重なる。
国境の外れ。
冬の風が、乾いた大地を吹き抜けていた。
かつて王太子だった男は、粗末な外套を羽織り、街道の脇に立っている。
名はもう呼ばれない。
称号もない。
紋章もない。
あるのは、追放者という事実だけ。
国外に出された直後は、まだ誇りが残っていた。
「いずれ戻る」
そう思っていた。
だが現実は甘くない。
王家の庇護を失った貴族未満の男に、手を差し伸べる者はいなかった。
宿は断られ、信用はなく、かつて従った者たちは距離を置く。
王家の血は、国の外ではただの噂。
価値を持たない。
街道沿いの村で、彼は噂を聞いた。
「公爵令嬢エレシア様が、王都復興の支援をなさっているらしい」
「契約を守る方だと評判だ」
「隣国とも同盟を結ばれたとか」
胸が焼ける。
あの女。
婚約破棄されたはずの女。
泣き崩れるべきだった女。
なぜ。
なぜ平然と立っている。
なぜ自分がここにいる。
夜。
焚き火の前で、彼は空を見上げる。
「……俺は悪くない」
呟きは、風に消える。
聖女が嘘をついた。
司祭が横領した。
ミリアが感情的だった。
だが最初に宣言したのは。
最初に契約を破ったのは。
――自分。
それを認めるには、遅すぎた。
空腹と寒さが、誇りを削る。
彼は、初めて本気で祈った。
「助けてくれ……」
神でも。
父でも。
誰でもいい。
返事はない。
奇跡は起きない。
祈りは、ただの言葉。
同じ頃。
王都。
公爵邸の庭園では、穏やかな夕暮れが広がっていた。
薔薇は静かに揺れ、噴水の水音が柔らかく響く。
「国外で困窮しているとの報告が」
アーヴィンが控えめに告げる。
「そう」
私は紅茶を置いた。
「保護の打診は?」
「ございません。陛下も静観とのこと」
当然。
王籍を失った者は、国の責任ではない。
私は立ち上がり、庭へ出る。
冷たい風が頬を撫でる。
かつて彼と並んで歩いた場所。
あの舞踏会の日。
彼は言った。
「婚約破棄だ」
私は答えた。
「では契約通りに」
それだけ。
怒りでも復讐でもない。
契約は双方の責任。
破った側が、対価を払う。
それだけの話。
遠い空の下。
追放された男が、震えながら祈る。
そして私は、静かに微笑む。
「神に祈ってくださいませ」
声は穏やか。
冷酷ではない。
ただ事実。
奇跡はありません。
契約もありません。
責任だけが残ります。
王都は再び動き出している。
教会は再編され、信仰は透明化され。
王家は後継を選定中。
港は賑わい、市場は安定した。
国は続く。
誰かひとりが消えても、世界は回る。
私は薔薇を一輪摘む。
棘はある。
だが美しい。
守るべきものは、守られた。
失うべきものは、失われた。
それが、最強のざまぁ。
救済はない。
赦しもない。
ただ選択の結果だけが、静かに積み重なる。
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