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第1話婚約破棄は、あまりにも静かに
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第1話婚約破棄は、あまりにも静かに
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本文(約2000文字)
王宮の舞踏会は、いつも通り華やかだった。
水晶のシャンデリアが幾重にも光を反射し、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが、音楽に合わせて優雅に微笑み合う。その中心に立つべき人物として、私はそこにいた。
――タリタ・フォーマルハウト。
フォーマルハウト公爵家の令嬢であり、王太子レオンハルトの婚約者。
それが、ほんの数刻前までの私の肩書きだった。
「皆に報告がある」
音楽が止まり、王太子の声が広間に響く。ざわめきが静まり、視線が一斉に彼へと集まった。その隣には、白い法衣をまとった少女――新たに“聖女”と認定されたという平民の娘が立っている。
彼女は不安げに私を見たが、すぐに王太子の腕に縋りついた。
「この場をもって、私はタリタ・フォーマルハウトとの婚約を破棄する」
一瞬、何かの冗談かと思った。
けれど、その言葉に続いた理由を聞いた瞬間、私は理解してしまった。
「彼女は……あまりにも地味だ。感情も乏しく、王妃としての華がない。新たな聖女である彼女こそ、未来の王妃に相応しい」
どよめきが起こる。
驚き、嘲り、好奇の視線が、刃物のように私へ突き刺さった。
けれど――私は、泣かなかった。
怒りも、悲鳴も、抗議の言葉も、胸の奥で静かに沈める。
代わりに、私はゆっくりと一歩前に出て、ドレスの裾を整え、優雅に一礼した。
「承知いたしました」
その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
広間が静まり返る。
王太子が、わずかに眉をひそめた。
「……それだけか?」
「はい。それだけでございます」
私は顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめる。
かつては未来を共にすると信じていた相手。けれど今、その瞳はどこか遠く、まるで他人を見るようだった。
「ご決断、祝福いたします。どうか――お幸せに」
社交辞令として完璧な言葉だった。
それが逆に、王太子の神経を逆撫でしたのだろう。彼は何か言いたげに口を開きかけ、結局、何も言わなかった。
私は再び一礼し、その場を辞した。
背中に注がれる視線は、もはや数えきれない。
同情、嘲笑、安堵――そして、「終わった令嬢」を見る目。
けれど、私は足を止めなかった。
王宮の長い回廊を歩きながら、胸の奥で一つだけ、静かに思う。
(……これで、終わりではありません)
フォーマルハウト家の令嬢として生まれ、王太子の婚約者として生きてきた私は、確かに役目を終えた。
けれどそれは、私自身が消えることを意味しない。
王宮を出る直前、ふと窓の外に目を向ける。
夜空に浮かぶ星は、変わらず冷たく、静かに輝いていた。
――フォーマルハウト。
その名を冠する家に生まれた私は、
ただ静かに、そこから去るだけだ。
誰にも縋らず、誰も責めず。
けれど、決して折れることなく。
この婚約破棄が、
どれほど多くのものを失わせるのか――
それを知るのは、もう少し先の話である。
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本文(約2000文字)
王宮の舞踏会は、いつも通り華やかだった。
水晶のシャンデリアが幾重にも光を反射し、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが、音楽に合わせて優雅に微笑み合う。その中心に立つべき人物として、私はそこにいた。
――タリタ・フォーマルハウト。
フォーマルハウト公爵家の令嬢であり、王太子レオンハルトの婚約者。
それが、ほんの数刻前までの私の肩書きだった。
「皆に報告がある」
音楽が止まり、王太子の声が広間に響く。ざわめきが静まり、視線が一斉に彼へと集まった。その隣には、白い法衣をまとった少女――新たに“聖女”と認定されたという平民の娘が立っている。
彼女は不安げに私を見たが、すぐに王太子の腕に縋りついた。
「この場をもって、私はタリタ・フォーマルハウトとの婚約を破棄する」
一瞬、何かの冗談かと思った。
けれど、その言葉に続いた理由を聞いた瞬間、私は理解してしまった。
「彼女は……あまりにも地味だ。感情も乏しく、王妃としての華がない。新たな聖女である彼女こそ、未来の王妃に相応しい」
どよめきが起こる。
驚き、嘲り、好奇の視線が、刃物のように私へ突き刺さった。
けれど――私は、泣かなかった。
怒りも、悲鳴も、抗議の言葉も、胸の奥で静かに沈める。
代わりに、私はゆっくりと一歩前に出て、ドレスの裾を整え、優雅に一礼した。
「承知いたしました」
その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
広間が静まり返る。
王太子が、わずかに眉をひそめた。
「……それだけか?」
「はい。それだけでございます」
私は顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめる。
かつては未来を共にすると信じていた相手。けれど今、その瞳はどこか遠く、まるで他人を見るようだった。
「ご決断、祝福いたします。どうか――お幸せに」
社交辞令として完璧な言葉だった。
それが逆に、王太子の神経を逆撫でしたのだろう。彼は何か言いたげに口を開きかけ、結局、何も言わなかった。
私は再び一礼し、その場を辞した。
背中に注がれる視線は、もはや数えきれない。
同情、嘲笑、安堵――そして、「終わった令嬢」を見る目。
けれど、私は足を止めなかった。
王宮の長い回廊を歩きながら、胸の奥で一つだけ、静かに思う。
(……これで、終わりではありません)
フォーマルハウト家の令嬢として生まれ、王太子の婚約者として生きてきた私は、確かに役目を終えた。
けれどそれは、私自身が消えることを意味しない。
王宮を出る直前、ふと窓の外に目を向ける。
夜空に浮かぶ星は、変わらず冷たく、静かに輝いていた。
――フォーマルハウト。
その名を冠する家に生まれた私は、
ただ静かに、そこから去るだけだ。
誰にも縋らず、誰も責めず。
けれど、決して折れることなく。
この婚約破棄が、
どれほど多くのものを失わせるのか――
それを知るのは、もう少し先の話である。
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