1 / 40
第1話婚約破棄は、あまりにも静かに
しおりを挟む
第1話婚約破棄は、あまりにも静かに
---
本文(約2000文字)
王宮の舞踏会は、いつも通り華やかだった。
水晶のシャンデリアが幾重にも光を反射し、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが、音楽に合わせて優雅に微笑み合う。その中心に立つべき人物として、私はそこにいた。
――タリタ・フォーマルハウト。
フォーマルハウト公爵家の令嬢であり、王太子レオンハルトの婚約者。
それが、ほんの数刻前までの私の肩書きだった。
「皆に報告がある」
音楽が止まり、王太子の声が広間に響く。ざわめきが静まり、視線が一斉に彼へと集まった。その隣には、白い法衣をまとった少女――新たに“聖女”と認定されたという平民の娘が立っている。
彼女は不安げに私を見たが、すぐに王太子の腕に縋りついた。
「この場をもって、私はタリタ・フォーマルハウトとの婚約を破棄する」
一瞬、何かの冗談かと思った。
けれど、その言葉に続いた理由を聞いた瞬間、私は理解してしまった。
「彼女は……あまりにも地味だ。感情も乏しく、王妃としての華がない。新たな聖女である彼女こそ、未来の王妃に相応しい」
どよめきが起こる。
驚き、嘲り、好奇の視線が、刃物のように私へ突き刺さった。
けれど――私は、泣かなかった。
怒りも、悲鳴も、抗議の言葉も、胸の奥で静かに沈める。
代わりに、私はゆっくりと一歩前に出て、ドレスの裾を整え、優雅に一礼した。
「承知いたしました」
その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
広間が静まり返る。
王太子が、わずかに眉をひそめた。
「……それだけか?」
「はい。それだけでございます」
私は顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめる。
かつては未来を共にすると信じていた相手。けれど今、その瞳はどこか遠く、まるで他人を見るようだった。
「ご決断、祝福いたします。どうか――お幸せに」
社交辞令として完璧な言葉だった。
それが逆に、王太子の神経を逆撫でしたのだろう。彼は何か言いたげに口を開きかけ、結局、何も言わなかった。
私は再び一礼し、その場を辞した。
背中に注がれる視線は、もはや数えきれない。
同情、嘲笑、安堵――そして、「終わった令嬢」を見る目。
けれど、私は足を止めなかった。
王宮の長い回廊を歩きながら、胸の奥で一つだけ、静かに思う。
(……これで、終わりではありません)
フォーマルハウト家の令嬢として生まれ、王太子の婚約者として生きてきた私は、確かに役目を終えた。
けれどそれは、私自身が消えることを意味しない。
王宮を出る直前、ふと窓の外に目を向ける。
夜空に浮かぶ星は、変わらず冷たく、静かに輝いていた。
――フォーマルハウト。
その名を冠する家に生まれた私は、
ただ静かに、そこから去るだけだ。
誰にも縋らず、誰も責めず。
けれど、決して折れることなく。
この婚約破棄が、
どれほど多くのものを失わせるのか――
それを知るのは、もう少し先の話である。
---
本文(約2000文字)
王宮の舞踏会は、いつも通り華やかだった。
水晶のシャンデリアが幾重にも光を反射し、絹と宝石に身を包んだ貴族たちが、音楽に合わせて優雅に微笑み合う。その中心に立つべき人物として、私はそこにいた。
――タリタ・フォーマルハウト。
フォーマルハウト公爵家の令嬢であり、王太子レオンハルトの婚約者。
それが、ほんの数刻前までの私の肩書きだった。
「皆に報告がある」
音楽が止まり、王太子の声が広間に響く。ざわめきが静まり、視線が一斉に彼へと集まった。その隣には、白い法衣をまとった少女――新たに“聖女”と認定されたという平民の娘が立っている。
彼女は不安げに私を見たが、すぐに王太子の腕に縋りついた。
「この場をもって、私はタリタ・フォーマルハウトとの婚約を破棄する」
一瞬、何かの冗談かと思った。
けれど、その言葉に続いた理由を聞いた瞬間、私は理解してしまった。
「彼女は……あまりにも地味だ。感情も乏しく、王妃としての華がない。新たな聖女である彼女こそ、未来の王妃に相応しい」
どよめきが起こる。
驚き、嘲り、好奇の視線が、刃物のように私へ突き刺さった。
けれど――私は、泣かなかった。
怒りも、悲鳴も、抗議の言葉も、胸の奥で静かに沈める。
代わりに、私はゆっくりと一歩前に出て、ドレスの裾を整え、優雅に一礼した。
「承知いたしました」
その声は、自分でも驚くほど穏やかだった。
広間が静まり返る。
王太子が、わずかに眉をひそめた。
「……それだけか?」
「はい。それだけでございます」
私は顔を上げ、彼を真っ直ぐに見つめる。
かつては未来を共にすると信じていた相手。けれど今、その瞳はどこか遠く、まるで他人を見るようだった。
「ご決断、祝福いたします。どうか――お幸せに」
社交辞令として完璧な言葉だった。
それが逆に、王太子の神経を逆撫でしたのだろう。彼は何か言いたげに口を開きかけ、結局、何も言わなかった。
私は再び一礼し、その場を辞した。
背中に注がれる視線は、もはや数えきれない。
同情、嘲笑、安堵――そして、「終わった令嬢」を見る目。
けれど、私は足を止めなかった。
王宮の長い回廊を歩きながら、胸の奥で一つだけ、静かに思う。
(……これで、終わりではありません)
フォーマルハウト家の令嬢として生まれ、王太子の婚約者として生きてきた私は、確かに役目を終えた。
けれどそれは、私自身が消えることを意味しない。
王宮を出る直前、ふと窓の外に目を向ける。
夜空に浮かぶ星は、変わらず冷たく、静かに輝いていた。
――フォーマルハウト。
その名を冠する家に生まれた私は、
ただ静かに、そこから去るだけだ。
誰にも縋らず、誰も責めず。
けれど、決して折れることなく。
この婚約破棄が、
どれほど多くのものを失わせるのか――
それを知るのは、もう少し先の話である。
78
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる