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2話 祝福の裏で、歯車がずれ始める
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2話 祝福の裏で、歯車がずれ始める
王宮の夜は、祝福に満ちていた。
少なくとも、表向きは。
舞踏会の後半は、婚約破棄という衝撃的な出来事が嘘だったかのように再び音楽が流れ、貴族たちは笑顔を取り戻していた。王太子レオンハルトの周囲には人だかりができ、口々に「英断でしたな」「新しい時代の象徴です」と持ち上げる声が飛び交う。
彼はそれらに満足げに頷きながら、腕に縋る新聖女セラフィナを見下ろした。
「緊張しているのか?」
「い、いえ……ただ、少し驚いていて……」
セラフィナはそう言って、はにかむように微笑んだ。その仕草は確かに可憐で、庇護欲を刺激する。貴族たちもそれを好意的に受け止め、「これぞ王妃に相応しい」「タリタとは大違いだ」と囁き合った。
その名前が出た瞬間、レオンハルトの胸に、微かな引っかかりが生まれる。
(……タリタ)
彼女は、あまりにもあっさりと婚約破棄を受け入れた。
怒りも、涙も、未練も見せず、ただ完璧な礼をして去っていった姿が、なぜか脳裏から離れない。
「殿下?」
セラフィナに呼ばれ、レオンハルトは我に返る。
「どうしました?」
「いや……何でもない」
そう答えながらも、彼は周囲を見渡した。
いつもなら、この場に必ずいた人物がいないことに、ようやく気づく。
――財務官補佐。
――式次第の最終確認役。
――貴族間の微妙な席次調整。
それらを黙って引き受け、滞りなく舞踏会を回していた存在。
タリタ・フォーマルハウト。
(……まあいい。いなくなっても、問題はないだろう)
そう自分に言い聞かせ、彼は再び笑顔を作った。
だが、その直後だった。
「殿下、少々……」
蒼白な顔をした侍従が、そっと耳打ちしてくる。
「財務部から連絡が。今夜の舞踏会の費用精算ですが……一部、承認書類が見当たらないと」
「承認?」
「はい。例年ですと、フォーマルハウト公爵令嬢が事前に全て確認を……」
言葉が、途切れる。
レオンハルトは一瞬、黙り込んだ。
「……後でいい。今は祝宴だ」
「は、はい……」
侍従は引き下がったが、その表情には不安が残っていた。
同じ頃。
王宮の外れ、静かな回廊を歩く馬車の中で、私は一人、窓の外を眺めていた。
――タリタ・フォーマルハウト。
王宮を離れるその瞬間まで、私は何も持ち出さなかった。
帳簿も、覚書も、人脈も。
すべて、私の頭の中にあるものだから。
「……お嬢様」
向かいに座る侍女が、心配そうに声をかける。
「本当に、このままでよろしいのですか?」
「ええ」
私は微笑んだ。
「もう、私が口を出す理由はありませんもの」
それは、強がりでも、皮肉でもない。
本心だった。
私は支える役を降りただけ。
崩れるなら、それは最初から、支えに頼りきっていた側の問題だ。
馬車は静かに王都を離れ、夜の闇へと進んでいく。
その背後で、王宮という巨大な歯車が、
ほんのわずか――音を立てて、狂い始めていることを、
まだ誰も、はっきりとは理解していなかった。
王宮の夜は、祝福に満ちていた。
少なくとも、表向きは。
舞踏会の後半は、婚約破棄という衝撃的な出来事が嘘だったかのように再び音楽が流れ、貴族たちは笑顔を取り戻していた。王太子レオンハルトの周囲には人だかりができ、口々に「英断でしたな」「新しい時代の象徴です」と持ち上げる声が飛び交う。
彼はそれらに満足げに頷きながら、腕に縋る新聖女セラフィナを見下ろした。
「緊張しているのか?」
「い、いえ……ただ、少し驚いていて……」
セラフィナはそう言って、はにかむように微笑んだ。その仕草は確かに可憐で、庇護欲を刺激する。貴族たちもそれを好意的に受け止め、「これぞ王妃に相応しい」「タリタとは大違いだ」と囁き合った。
その名前が出た瞬間、レオンハルトの胸に、微かな引っかかりが生まれる。
(……タリタ)
彼女は、あまりにもあっさりと婚約破棄を受け入れた。
怒りも、涙も、未練も見せず、ただ完璧な礼をして去っていった姿が、なぜか脳裏から離れない。
「殿下?」
セラフィナに呼ばれ、レオンハルトは我に返る。
「どうしました?」
「いや……何でもない」
そう答えながらも、彼は周囲を見渡した。
いつもなら、この場に必ずいた人物がいないことに、ようやく気づく。
――財務官補佐。
――式次第の最終確認役。
――貴族間の微妙な席次調整。
それらを黙って引き受け、滞りなく舞踏会を回していた存在。
タリタ・フォーマルハウト。
(……まあいい。いなくなっても、問題はないだろう)
そう自分に言い聞かせ、彼は再び笑顔を作った。
だが、その直後だった。
「殿下、少々……」
蒼白な顔をした侍従が、そっと耳打ちしてくる。
「財務部から連絡が。今夜の舞踏会の費用精算ですが……一部、承認書類が見当たらないと」
「承認?」
「はい。例年ですと、フォーマルハウト公爵令嬢が事前に全て確認を……」
言葉が、途切れる。
レオンハルトは一瞬、黙り込んだ。
「……後でいい。今は祝宴だ」
「は、はい……」
侍従は引き下がったが、その表情には不安が残っていた。
同じ頃。
王宮の外れ、静かな回廊を歩く馬車の中で、私は一人、窓の外を眺めていた。
――タリタ・フォーマルハウト。
王宮を離れるその瞬間まで、私は何も持ち出さなかった。
帳簿も、覚書も、人脈も。
すべて、私の頭の中にあるものだから。
「……お嬢様」
向かいに座る侍女が、心配そうに声をかける。
「本当に、このままでよろしいのですか?」
「ええ」
私は微笑んだ。
「もう、私が口を出す理由はありませんもの」
それは、強がりでも、皮肉でもない。
本心だった。
私は支える役を降りただけ。
崩れるなら、それは最初から、支えに頼りきっていた側の問題だ。
馬車は静かに王都を離れ、夜の闇へと進んでいく。
その背後で、王宮という巨大な歯車が、
ほんのわずか――音を立てて、狂い始めていることを、
まだ誰も、はっきりとは理解していなかった。
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