31 / 40
31話 戻らぬ背中
しおりを挟む
31話 戻らぬ背中
当たり前になった日常は、人の視線を外へ向けさせる。
王宮では今、改革そのものではなく、その“後”をどう生きるかが語られ始めていた。
「殿下、次期人事案です」
側近が差し出した書類には、新しい名前が並んでいる。
基準に適応し、判断を任され、失敗を経験し、それでも立ち続けた者たちだ。
「妥当だ」
レオンハルトは短く答えた。
そこに、かつての派閥的配慮はない。基準に沿った配置。それが、いまや説明を要しない。
昼の評議では、珍しく穏やかな笑いが起きた。
「最近は、“どう決めるか”より“何を改善するか”の話が多い」 「迷いが減りましたからな」
それは、成果だった。
だが同時に、王宮の誰もが薄々感じていることがある。
――戻る場所は、もうない。
夕刻、レオンハルトは執務室に一人残り、窓辺に立った。
引き出しの奥には、返事のない手紙がある。触れない。触れられない。
(彼女は、振り返らない)
タリタ・フォーマルハウト。
改革の途中で姿を消し、最後まで戻らなかった存在。
だが、消えたわけではない。背中を見せ続けている。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、丘の上から領地を見下ろしていた。畑は整い、道は繋がり、人はそれぞれの場所で動いている。
「問題は?」
執事の問いに、私は首を横に振る。
「ありません」
それだけで、会話は終わる。
説明も、弁明も、もう要らない。
午後、集会所で若い者が報告を終え、深く頭を下げた。
「判断に迷った場面が一つありましたが、基準に戻りました」
「正しいです」
その一言で、彼の背筋が伸びる。
評価は短く、結果で示す。それが、ここでのやり方だ。
同じ頃、王宮では一通の外部文書が回覧されていた。
“最近の王宮は、判断が読める”。
それは賛辞でもあり、同時に、期待の言葉だった。
「……読まれているな」
レオンハルトは苦笑する。
「基準を守る限り、裏切りません」
「裏切れない、でもある」
側近の言葉に、彼は頷いた。
背中を見せるとは、そういうことだ。
夜。
王宮の灯りは、いつも通りに消えていく。
改革を語る声は、もう聞こえない。
一方、フォーマルハウト領の夜も静かだった。
私は日誌を閉じ、灯りを落とす。星は、昨日と同じ場所にある。
(戻らぬ背中)
振り返らないから、迷いは生まれない。
追われることも、引き戻されることもない。
距離は、変わらない。
だが、その距離があるからこそ、王宮は前を向き、私は歩き続ける。
戻らぬ背中は、拒絶ではない。
それぞれの場所で、責任を果たすための姿勢だ。
そして今日もまた、
誰にも気づかれないまま――
日常は、静かに更新されていた。
当たり前になった日常は、人の視線を外へ向けさせる。
王宮では今、改革そのものではなく、その“後”をどう生きるかが語られ始めていた。
「殿下、次期人事案です」
側近が差し出した書類には、新しい名前が並んでいる。
基準に適応し、判断を任され、失敗を経験し、それでも立ち続けた者たちだ。
「妥当だ」
レオンハルトは短く答えた。
そこに、かつての派閥的配慮はない。基準に沿った配置。それが、いまや説明を要しない。
昼の評議では、珍しく穏やかな笑いが起きた。
「最近は、“どう決めるか”より“何を改善するか”の話が多い」 「迷いが減りましたからな」
それは、成果だった。
だが同時に、王宮の誰もが薄々感じていることがある。
――戻る場所は、もうない。
夕刻、レオンハルトは執務室に一人残り、窓辺に立った。
引き出しの奥には、返事のない手紙がある。触れない。触れられない。
(彼女は、振り返らない)
タリタ・フォーマルハウト。
改革の途中で姿を消し、最後まで戻らなかった存在。
だが、消えたわけではない。背中を見せ続けている。
一方、フォーマルハウト領。
私は朝の巡回を終え、丘の上から領地を見下ろしていた。畑は整い、道は繋がり、人はそれぞれの場所で動いている。
「問題は?」
執事の問いに、私は首を横に振る。
「ありません」
それだけで、会話は終わる。
説明も、弁明も、もう要らない。
午後、集会所で若い者が報告を終え、深く頭を下げた。
「判断に迷った場面が一つありましたが、基準に戻りました」
「正しいです」
その一言で、彼の背筋が伸びる。
評価は短く、結果で示す。それが、ここでのやり方だ。
同じ頃、王宮では一通の外部文書が回覧されていた。
“最近の王宮は、判断が読める”。
それは賛辞でもあり、同時に、期待の言葉だった。
「……読まれているな」
レオンハルトは苦笑する。
「基準を守る限り、裏切りません」
「裏切れない、でもある」
側近の言葉に、彼は頷いた。
背中を見せるとは、そういうことだ。
夜。
王宮の灯りは、いつも通りに消えていく。
改革を語る声は、もう聞こえない。
一方、フォーマルハウト領の夜も静かだった。
私は日誌を閉じ、灯りを落とす。星は、昨日と同じ場所にある。
(戻らぬ背中)
振り返らないから、迷いは生まれない。
追われることも、引き戻されることもない。
距離は、変わらない。
だが、その距離があるからこそ、王宮は前を向き、私は歩き続ける。
戻らぬ背中は、拒絶ではない。
それぞれの場所で、責任を果たすための姿勢だ。
そして今日もまた、
誰にも気づかれないまま――
日常は、静かに更新されていた。
28
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる