33 / 40
33話 静かな決別
しおりを挟む
33話 静かな決別
日常が続くほど、人は無意識に境界線を引く。
何を受け入れ、何を受け入れないのか――その線は、言葉にされないまま、はっきりと存在していた。
王宮では、その線が一つの“決別”として形を取ろうとしていた。
「殿下、旧制度関係者からの最終要請です」
差し出された文書は、これまでで最も丁寧で、最も切実だった。
感情を抑え、理屈を並べ、過去の功績を忘れないでほしいと訴えている。
「……最終、か」
レオンハルトは一読し、机に置いた。
「返答は?」
「保留を望まれています」
「不要だ」
言葉は静かだが、揺らぎはない。
「すでに答えは出ている。これ以上、期待を持たせる方が残酷だ」
決別とは、拒絶ではない。
線を動かさないという意思表示だ。
昼の会合では、その方針が共有された。
反対意見は出なかった。沈黙は、同意だった。
「移行措置は予定通り実施します」 「支援は?」
「再就職支援と、引き継ぎのみです」
「それでいい」
情を挟めば、線が歪む。
歪めれば、また戻される。
一方、フォーマルハウト領。
私は午後、長年取引のあった商家と向き合っていた。
「……今回の条件では、もう続けられません」
彼の声には、諦めと悔しさが混じっている。
「そうですか」
私は否定もしなければ、引き留めもしない。
「条件は変えません」 「分かっています。だから……決断しました」
それでいい。
続けられない相手を、無理に繋ぎ止めない。
契約は、その場で終了した。
握手も、別れの言葉もない。淡々と、書面だけが残る。
夕刻、領内を巡回する。
取引先が一つ減ったことは、すぐに噂になった。
「大丈夫でしょうか」 「問題ありません」
不安を否定しない。だが、判断は変えない。
「空いた枠は、別の商家が埋めます。条件は同じです」
線が見えていれば、人は来る。
来なければ、それまでだ。
同じ頃、王宮では旧制度の完全終了が告知されていた。
掲示は簡潔で、理由も短い。
「現行基準で支障がないため」
誰も騒がない。
拍手も、抗議もない。
夜。
レオンハルトは執務室で一人、灯りの下に座っていた。
(決別は、音がしない)
怒号も、涙もない。
ただ、戻れないという事実が、静かに残るだけだ。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌を閉じ、窓の外を見る。星は昨日と同じ位置にある。
(静かな決別)
それは冷酷さではない。
同じ場所に立ち続けるための選択だ。
過去を否定しない。
だが、過去と共に歩くことも、もうしない。
距離は、変わらない。
だが、その距離の上で、王宮と領地はそれぞれに――
静かに、確実に、別れを終えていた。
そして日常は、何事もなかったかのように、
また一日、更新されていく。
日常が続くほど、人は無意識に境界線を引く。
何を受け入れ、何を受け入れないのか――その線は、言葉にされないまま、はっきりと存在していた。
王宮では、その線が一つの“決別”として形を取ろうとしていた。
「殿下、旧制度関係者からの最終要請です」
差し出された文書は、これまでで最も丁寧で、最も切実だった。
感情を抑え、理屈を並べ、過去の功績を忘れないでほしいと訴えている。
「……最終、か」
レオンハルトは一読し、机に置いた。
「返答は?」
「保留を望まれています」
「不要だ」
言葉は静かだが、揺らぎはない。
「すでに答えは出ている。これ以上、期待を持たせる方が残酷だ」
決別とは、拒絶ではない。
線を動かさないという意思表示だ。
昼の会合では、その方針が共有された。
反対意見は出なかった。沈黙は、同意だった。
「移行措置は予定通り実施します」 「支援は?」
「再就職支援と、引き継ぎのみです」
「それでいい」
情を挟めば、線が歪む。
歪めれば、また戻される。
一方、フォーマルハウト領。
私は午後、長年取引のあった商家と向き合っていた。
「……今回の条件では、もう続けられません」
彼の声には、諦めと悔しさが混じっている。
「そうですか」
私は否定もしなければ、引き留めもしない。
「条件は変えません」 「分かっています。だから……決断しました」
それでいい。
続けられない相手を、無理に繋ぎ止めない。
契約は、その場で終了した。
握手も、別れの言葉もない。淡々と、書面だけが残る。
夕刻、領内を巡回する。
取引先が一つ減ったことは、すぐに噂になった。
「大丈夫でしょうか」 「問題ありません」
不安を否定しない。だが、判断は変えない。
「空いた枠は、別の商家が埋めます。条件は同じです」
線が見えていれば、人は来る。
来なければ、それまでだ。
同じ頃、王宮では旧制度の完全終了が告知されていた。
掲示は簡潔で、理由も短い。
「現行基準で支障がないため」
誰も騒がない。
拍手も、抗議もない。
夜。
レオンハルトは執務室で一人、灯りの下に座っていた。
(決別は、音がしない)
怒号も、涙もない。
ただ、戻れないという事実が、静かに残るだけだ。
一方、フォーマルハウト領の夜。
私は日誌を閉じ、窓の外を見る。星は昨日と同じ位置にある。
(静かな決別)
それは冷酷さではない。
同じ場所に立ち続けるための選択だ。
過去を否定しない。
だが、過去と共に歩くことも、もうしない。
距離は、変わらない。
だが、その距離の上で、王宮と領地はそれぞれに――
静かに、確実に、別れを終えていた。
そして日常は、何事もなかったかのように、
また一日、更新されていく。
28
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者を奪われましたが、彼が愛していたのは私でした
珊瑚
恋愛
全てが完璧なアイリーン。だが、転落して頭を強く打ってしまったことが原因で意識を失ってしまう。その間に婚約者は妹に奪われてしまっていたが彼の様子は少し変で……?
基本的には、0.6.12.18時の何れかに更新します。どうぞ宜しくお願いいたします。
とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜
入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】
社交界を賑わせた婚約披露の茶会。
令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。
「真実の愛を見つけたんだ」
それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。
愛よりも冷たく、そして美しく。
笑顔で地獄へお送りいたします――
なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい
木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」
私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。
アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。
これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。
だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。
もういい加減、妹から離れたい。
そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。
だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
最愛の人に裏切られ死んだ私ですが、人生をやり直します〜今度は【真実の愛】を探し、元婚約者の後悔を笑って見届ける〜
腐ったバナナ
恋愛
愛する婚約者アラン王子に裏切られ、非業の死を遂げた公爵令嬢エステル。
「二度と誰も愛さない」と誓った瞬間、【死に戻り】を果たし、愛の感情を失った冷徹な復讐者として覚醒する。
エステルの標的は、自分を裏切った元婚約者と仲間たち。彼女は未来の知識を武器に、王国の影の支配者ノア宰相と接触。「私の知性を利用し、絶対的な庇護を」と、大胆な契約結婚を持ちかける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる