異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ

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第15章 マドレーヌと輸血革命

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 白衣に身を包んだエリアナは、実験室の一角で何やら作業をしていた。

白い粉末を振り入れ、黄金色のどろりとした液体を加えて撹拌。さらに別の粉末を二種類加えて混ぜ合わせ、溶かしたバターをゴムベラで伝わせるように加えて――丁寧に混ぜ込む。

 一時間ほど休ませた生地を取り出すとスプーンですくって器に流し込み……予熱したオーブンで焼き上げた。

 竹串を刺す。生地がついてこない。

「成功だわ。マドレーヌの完成よ」

(前世で大好きだったお菓子……まさか、この世界でも作れるなんて)

 ふわりと漂うバターと砂糖の甘い香り。
 紅茶と一緒に口へ運ぶと、エリアナの頬が緩む。

 だが、その至福のひとときは唐突に破られた。

「エリアナ殿ーー!!!」

 扉を蹴破らんばかりに飛び込んできたのは、血相を変えた宮廷医師長ガブリエルだった。

「……だから、私は医者じゃないのに」

 頭を抱えるエリアナ。最近はなにかあるたびに呼び出されている気がする。

「国王陛下が大怪我をなされ、多量の出血を! どうかお力を!」

「出血!? 輸血は?」

「ば、馬鹿な……輸血など悪魔の所業! 過去に試した者は皆、失敗して死んだ!」

「へえ? 血液型はちゃんと調べたの?」

「け、血液……型?」

「……そこからかぁ」

 深いため息。
(やっぱり、この世界には血液型の概念すらないのね)

「ガブリエル先生。輸血が失敗するのは、血液型が合わないからなんですのよ」


---

 王宮の医務室。
 国王アルフレッド三世は顔面蒼白、呼吸も浅く、王妃がその手を握って涙をこぼしていた。

「エリアナ様、本当に輸血なんて……」
 侍医長が震える声をあげる。

「大丈夫です。まずは血液型を調べましょう」

 エリアナは前世の知識を総動員し、即席で抗A血清と抗B血清を作り始める。

「抗……血清?」

「ええ、特定の血液型に反応する試薬ですわ」
(『異世界外科医エリーゼ』で読んだ知識、ここで役に立つなんて!)

 顕微鏡で凝集反応を確認し、エリアナは告げた。

「陛下は……A型ですわ」

 医師たちがどよめく。

「では、A型かO型の血液を持つ方を探しましょう」


---

「私の血をお使いください!」

 真っ先に名乗り出たのは騎士団副団長ルカス。

「陛下のためなら!」
「私も!」

 次々に志願者が現れる中、エリアナは手早く検査を進める。

「ルカス様はO型ですわね。万能供血者です」

「万能……?」

「O型の血は、誰にでも輸血できるのです」

「そんな都合のいい話が……」

「科学的事実ですわ。では、輸血を始めます」

 そう言って、エリアナは迷いなく準備を進めた。


---

 ルカスの血液が細い管を伝い、国王の体内に流れ込む。

「陛下の顔色が……!」
「良くなってきている!」

 驚きの声が医務室に響いた。
 国王の頬に赤みが差し、呼吸が安定していく。

「奇跡だ……」
「エリアナ様が陛下を救われた!」

「私は何もしていませんわ。ただ、正しい知識を使っただけです」

 そう謙遜する彼女に、ガブリエルが問いかける。
「だが、どうして血液型など知っていたのですか?」

「それは……医学書で読んだのです。確か、ABO式血液型分類法と呼ばれていました」

「ABO式……」

「ええ、オーストリアの学者カール・ラントシュタイナーが発見したとか」
「だれだ?」
(本当は前世のラノベ小説からの知識だけど……まぁ、いいか)


---

 数時間後。
 国王はゆっくりと目を開けた。

「……私は、生きているのか」

「陛下!」
 王妃が涙を浮かべて抱きつく。

「エリアナ嬢……君が救ってくれたのか」

「いえ、ルカス様の勇気ある献血のおかげです」

「輸血……そんな治療法があったとは」

 国王は感慨深げに呟いた。

「これで多くの命が救えるようになりますね」
 エリアナが微笑むと、ガブリエルは真剣な顔で言った。

「血液型の検査法を確立せねばなりませんな」

「ええ、医学教育にも取り入れるべきでしょう」

「エリアナ様、ぜひ医学院で講義を!」

「だから、私は医者じゃないってば!」

 慌てて手を振る彼女に、笑いが起こる。

 国王は穏やかに微笑んだ。
「君の知識は、この国の宝だ。輸血技術が広まれば、多くの命が救われるだろう」

 エリアナは胸の奥に複雑な想いを抱えながらも頷いた。
(またひとつ、この世界を変えてしまった……)


---

 その夜。
 自室でマドレーヌを口にしながら、エリアナはひとり考えていた。

「今日も大変だったわね……でも、陛下が助かって良かった」

(輸血技術が普及すれば、もっと多くの人が救われるはず)

「私のオタク知識……意外と役に立つのね」

 苦笑しながら、紅茶をひと口。
 窓の外、王宮の明かりが煌々と輝いている。きっと国王の回復を祝っているのだろう。

「明日はまた何が起こるのかしら……」

(でも、困っている人がいたら……やっぱり助けたい)

 そう心に決め、エリアナは静かに微笑んだ。
 新たな医学革命の幕開けだった。
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