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衛生革命編 第十三章 隣国への技術輸出
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王都に下水処理場が完成してから、わずか半年。
その効果は数字となって明確に現れた。
感染症の発生率は劇的に減少し、下水が原因の下痢や赤痢、コレラといった病気はほとんど姿を消した。乳幼児死亡率も大幅に改善し、市場には笑顔と活気が戻っていた。
「……さすがエリアナ様だ」
「この国は、まさに奇跡のように生まれ変わったな」
市民たちがそう口々に称える一方で、エリアナ本人は紅茶を飲みながら苦笑していた。
(いやいや……私、医者でも土木技師でもなく、ただの元SEでオタクなのに……)
そんな彼女のもとに、一通の書状が届けられた。
---
◇ ◇ ◇
差出人は――隣国ヴォルコフ帝国。
「隣国からの正式な要請だそうです。『下水道技術を我が国にも導入したい』と」
国王アルフレッド三世が重々しい声で読み上げる。
「な、なんですって……!?」
玉座の間にどよめきが走った。
貴族たちは顔を見合わせる。
「技術を輸出するなど前代未聞……」
「国の根幹を担う仕組みを他国に与えるのは危険では……」
財務大臣ヴィクターも腕を組んで唸る。
「しかし、外貨獲得の好機でもある」
その場でディミトリ王子――例の恋愛候補の一人でもある――が一歩前に出た。
「我が国も、たび重なる疫病に悩まされているのだ。エリアナ嬢の技術は国を救う。どうか協力してはもらえないだろうか?」
真剣な眼差しを向けられ、エリアナは少し戸惑った。
(外交的な問題も絡むのよね……でも……病で苦しむ人々がいるなら、放っておけないわ)
やがて彼女は深く息を吸い込み、言った。
「……私にできることなら、喜んで」
---
◇ ◇ ◇
数週間後。
エリアナは技術者チームを率いて、ヴォルコフ帝国の首都へと赴いた。
そこに広がっていた光景は、まさにかつての王都と同じ――いや、それ以上に惨状だった。
市場の路地には悪臭が立ち込め、下水は道端を黒い流れとなって走っている。
井戸の水は濁り、人々の顔はやつれて咳をしている者ばかりだった。
「これでは……病が広がらないはずがありませんわ」
エリアナが眉をひそめると、同行していたアレクサンダーが頷いた。
「水質を分析すれば、一目瞭然でしょうな。大腸菌群で真っ黒の結果になるはずだ」
ルカスは険しい顔で剣の柄に手を置き、警護の目を光らせる。
「嬢ちゃん、気をつけろ。ここでは我々を快く思わぬ者も多い」
確かに、周囲の市民の視線は好奇と疑念で交じり合っていた。
---
◇ ◇ ◇
まずは、帝国の技術者たちとの会議が開かれた。
「王都に導入したという下水道の設計図……ぜひ見せていただきたい」
年配の技師が慎重に切り出す。
だが、すぐに若い技師が口を挟んだ。
「だが、本当にそんなものが役に立つのか? 地下に穴を掘るなど愚の骨頂だ」
「汚物を流すための施設など、無駄な公共事業にすぎん!」
会議の場がざわつき、険悪な空気に包まれた。
しかしエリアナは微笑を崩さず、羊皮紙を広げて見せた。
「これは私たちが王都で実際に建設した処理場の設計図です」
詳細に描かれた流路、沈殿槽、砂ろ過槽……その緻密さに、場の空気が一変した。
「な、なんだこの図面は……」
「この精度……我々の工学を遥かに超えている……」
若い技師の顔から血の気が引いた。
---
◇ ◇ ◇
やがてパイロット計画が始まった。
帝国首都の貧民街の一角に、試験的に下水処理システムを導入する。
「みんなで協力すれば、必ず清潔な町になります」
エリアナは現地の住民たちに笑顔で呼びかけた。
最初は怪訝な目を向けられたが、彼女が一緒に泥まみれになりながら作業を手伝う姿に、次第に人々の心は変わっていった。
「まさか、公爵令嬢が……」
「この人は本気で我々を助けようとしている」
やがて、工事は住民総出の大イベントとなった。
---
◇ ◇ ◇
数か月後。
処理場から流れ出る水は、透明で清らかだった。
その水を川に戻すと、やがて小魚たちが戻り、子供たちが笑いながら遊ぶ姿が見られるようになった。
「病人が減った……!」
「子供の下痢が治まった!」
住民たちは歓喜の声を上げ、エリアナのもとに集まって頭を下げた。
「ありがとう、エリアナ様!」
その光景を見ていたディミトリ王子は、静かに微笑んだ。
「……やはり君は奇跡の人だ。エリアナ、君さえいれば国は救える」
彼の瞳には熱い情熱が宿っていた。
---
◇ ◇ ◇
こうしてヴォルコフ帝国に下水道技術が導入され、両国は前例のない技術協力関係を築いた。
外交関係も劇的に改善し、人と物の往来が増えていく。
「下水道外交……なんてね」
エリアナは夜空を見上げ、苦笑した。
(でも、本当に平和につながるのなら……これほど嬉しいことはないわ)
衛生革命は、ついに国境を越えて広がり始めたのであった。
その効果は数字となって明確に現れた。
感染症の発生率は劇的に減少し、下水が原因の下痢や赤痢、コレラといった病気はほとんど姿を消した。乳幼児死亡率も大幅に改善し、市場には笑顔と活気が戻っていた。
「……さすがエリアナ様だ」
「この国は、まさに奇跡のように生まれ変わったな」
市民たちがそう口々に称える一方で、エリアナ本人は紅茶を飲みながら苦笑していた。
(いやいや……私、医者でも土木技師でもなく、ただの元SEでオタクなのに……)
そんな彼女のもとに、一通の書状が届けられた。
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◇ ◇ ◇
差出人は――隣国ヴォルコフ帝国。
「隣国からの正式な要請だそうです。『下水道技術を我が国にも導入したい』と」
国王アルフレッド三世が重々しい声で読み上げる。
「な、なんですって……!?」
玉座の間にどよめきが走った。
貴族たちは顔を見合わせる。
「技術を輸出するなど前代未聞……」
「国の根幹を担う仕組みを他国に与えるのは危険では……」
財務大臣ヴィクターも腕を組んで唸る。
「しかし、外貨獲得の好機でもある」
その場でディミトリ王子――例の恋愛候補の一人でもある――が一歩前に出た。
「我が国も、たび重なる疫病に悩まされているのだ。エリアナ嬢の技術は国を救う。どうか協力してはもらえないだろうか?」
真剣な眼差しを向けられ、エリアナは少し戸惑った。
(外交的な問題も絡むのよね……でも……病で苦しむ人々がいるなら、放っておけないわ)
やがて彼女は深く息を吸い込み、言った。
「……私にできることなら、喜んで」
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◇ ◇ ◇
数週間後。
エリアナは技術者チームを率いて、ヴォルコフ帝国の首都へと赴いた。
そこに広がっていた光景は、まさにかつての王都と同じ――いや、それ以上に惨状だった。
市場の路地には悪臭が立ち込め、下水は道端を黒い流れとなって走っている。
井戸の水は濁り、人々の顔はやつれて咳をしている者ばかりだった。
「これでは……病が広がらないはずがありませんわ」
エリアナが眉をひそめると、同行していたアレクサンダーが頷いた。
「水質を分析すれば、一目瞭然でしょうな。大腸菌群で真っ黒の結果になるはずだ」
ルカスは険しい顔で剣の柄に手を置き、警護の目を光らせる。
「嬢ちゃん、気をつけろ。ここでは我々を快く思わぬ者も多い」
確かに、周囲の市民の視線は好奇と疑念で交じり合っていた。
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◇ ◇ ◇
まずは、帝国の技術者たちとの会議が開かれた。
「王都に導入したという下水道の設計図……ぜひ見せていただきたい」
年配の技師が慎重に切り出す。
だが、すぐに若い技師が口を挟んだ。
「だが、本当にそんなものが役に立つのか? 地下に穴を掘るなど愚の骨頂だ」
「汚物を流すための施設など、無駄な公共事業にすぎん!」
会議の場がざわつき、険悪な空気に包まれた。
しかしエリアナは微笑を崩さず、羊皮紙を広げて見せた。
「これは私たちが王都で実際に建設した処理場の設計図です」
詳細に描かれた流路、沈殿槽、砂ろ過槽……その緻密さに、場の空気が一変した。
「な、なんだこの図面は……」
「この精度……我々の工学を遥かに超えている……」
若い技師の顔から血の気が引いた。
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◇ ◇ ◇
やがてパイロット計画が始まった。
帝国首都の貧民街の一角に、試験的に下水処理システムを導入する。
「みんなで協力すれば、必ず清潔な町になります」
エリアナは現地の住民たちに笑顔で呼びかけた。
最初は怪訝な目を向けられたが、彼女が一緒に泥まみれになりながら作業を手伝う姿に、次第に人々の心は変わっていった。
「まさか、公爵令嬢が……」
「この人は本気で我々を助けようとしている」
やがて、工事は住民総出の大イベントとなった。
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◇ ◇ ◇
数か月後。
処理場から流れ出る水は、透明で清らかだった。
その水を川に戻すと、やがて小魚たちが戻り、子供たちが笑いながら遊ぶ姿が見られるようになった。
「病人が減った……!」
「子供の下痢が治まった!」
住民たちは歓喜の声を上げ、エリアナのもとに集まって頭を下げた。
「ありがとう、エリアナ様!」
その光景を見ていたディミトリ王子は、静かに微笑んだ。
「……やはり君は奇跡の人だ。エリアナ、君さえいれば国は救える」
彼の瞳には熱い情熱が宿っていた。
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◇ ◇ ◇
こうしてヴォルコフ帝国に下水道技術が導入され、両国は前例のない技術協力関係を築いた。
外交関係も劇的に改善し、人と物の往来が増えていく。
「下水道外交……なんてね」
エリアナは夜空を見上げ、苦笑した。
(でも、本当に平和につながるのなら……これほど嬉しいことはないわ)
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