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第18話 ぬくもりは、奪われるものではありませんわ
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第18話 ぬくもりは、奪われるものではありませんわ
夜が明ける前。
極寒監獄は、珍しく深い静寂に包まれていた。
吹雪は止み、風もない。ただ、白い大地が月明かりを反射している。
それは――嵐のあとの静けさではなく、
嵐を呼び込むための、異様な落ち着きだった。
キャロは眠っていなかった。
暖炉の前、毛布に包まりながら、紅茶を少しずつ口に運ぶ。
香りはいつも通り。温度も申し分ない。
だが、胸の奥にある感覚だけが、はっきりと目覚めていた。
(……決めたのね、王都は)
「姫様」
扉をノックする音もなく、ヴァルトが入ってくる。
「南街道より急報です。王都が――正式に“極寒監獄の統治権を回収する”と宣言しました」
キャロは、カップを置いた。
「……つまり」
「軍を動かす口実が、整ったということです」
沈黙。
暖炉の火が、ぱちりと鳴った。
「力で奪えば、すべてが解決する――そう信じたいのでしょうね」
キャロは、静かに立ち上がった。
「けれど、彼らは一つ、致命的な勘違いをしていますわ」
「何を、でしょうか」
「ここが“私の隠れ家”だと思っていること」
キャロは、ゆっくりと部屋を見渡す。
温室。
本棚。
暖炉。
そして、外で働く人々の気配。
「ここはもう、ただの監獄ではありませんの」
***
その日の昼。
キャロは、看守長と数名の代表者を集めていた。
囚人の中からも、信頼の厚い者が同席している。
「皆さま」
キャロは、静かだが、よく通る声で言った。
「王都は、この場所を“回収”しようとしています」
ざわめきが起きる。
「ですが、恐れる必要はありません」
キャロは、微笑んだ。
「ここにいる私たちは、すでに“守る側”です」
一人の囚人が、勇気を振り絞って口を開く。
「……姫様。もし、軍が来たら……」
「戦わせません」
即答だった。
「剣も、血も、必要ありませんわ」
「では、どうやって……」
キャロは、視線をまっすぐに向ける。
「“奪えない”と、分からせるのです」
***
夕刻。
王都へ向けて、一通の文書が送られた。
差出人は、極寒監獄管理局。
内容は、驚くほど簡潔だった。
【当施設は、王国法第七十三条に基づき、
“自主管理移行”を宣言する。
これより、外部からの武装介入は、法的抵触行為と見なす】
署名欄には、こう記されていた。
――管理責任者一同。
「……姫様のお名前は?」
ヴァルトが尋ねる。
「書きませんわ」
キャロは、はっきりと答えた。
「これは、“私の意志”ではなく、“ここに生きる者全員の意志”ですもの」
***
夜。
キャロは、いつもの席に戻っていた。
「ぬくもりは……」
ぽつりと呟く。
「奪われるものではありませんの」
守ると決めた人間が、
手放さないと決めた場所が、
それを“価値あるもの”にする。
ヴァルトは、静かに言った。
「王都は、激しく反発するでしょう」
「ええ。でも」
キャロは、微笑んだ。
「もう戻れませんわ。ここまで来たら」
暖炉の火は、今日も変わらず、あたたかい。
だがそのぬくもりは、
ただ与えられるものではなく――
選び、守り、分かち合う者のためにだけ、
存在していた。
夜が明ける前。
極寒監獄は、珍しく深い静寂に包まれていた。
吹雪は止み、風もない。ただ、白い大地が月明かりを反射している。
それは――嵐のあとの静けさではなく、
嵐を呼び込むための、異様な落ち着きだった。
キャロは眠っていなかった。
暖炉の前、毛布に包まりながら、紅茶を少しずつ口に運ぶ。
香りはいつも通り。温度も申し分ない。
だが、胸の奥にある感覚だけが、はっきりと目覚めていた。
(……決めたのね、王都は)
「姫様」
扉をノックする音もなく、ヴァルトが入ってくる。
「南街道より急報です。王都が――正式に“極寒監獄の統治権を回収する”と宣言しました」
キャロは、カップを置いた。
「……つまり」
「軍を動かす口実が、整ったということです」
沈黙。
暖炉の火が、ぱちりと鳴った。
「力で奪えば、すべてが解決する――そう信じたいのでしょうね」
キャロは、静かに立ち上がった。
「けれど、彼らは一つ、致命的な勘違いをしていますわ」
「何を、でしょうか」
「ここが“私の隠れ家”だと思っていること」
キャロは、ゆっくりと部屋を見渡す。
温室。
本棚。
暖炉。
そして、外で働く人々の気配。
「ここはもう、ただの監獄ではありませんの」
***
その日の昼。
キャロは、看守長と数名の代表者を集めていた。
囚人の中からも、信頼の厚い者が同席している。
「皆さま」
キャロは、静かだが、よく通る声で言った。
「王都は、この場所を“回収”しようとしています」
ざわめきが起きる。
「ですが、恐れる必要はありません」
キャロは、微笑んだ。
「ここにいる私たちは、すでに“守る側”です」
一人の囚人が、勇気を振り絞って口を開く。
「……姫様。もし、軍が来たら……」
「戦わせません」
即答だった。
「剣も、血も、必要ありませんわ」
「では、どうやって……」
キャロは、視線をまっすぐに向ける。
「“奪えない”と、分からせるのです」
***
夕刻。
王都へ向けて、一通の文書が送られた。
差出人は、極寒監獄管理局。
内容は、驚くほど簡潔だった。
【当施設は、王国法第七十三条に基づき、
“自主管理移行”を宣言する。
これより、外部からの武装介入は、法的抵触行為と見なす】
署名欄には、こう記されていた。
――管理責任者一同。
「……姫様のお名前は?」
ヴァルトが尋ねる。
「書きませんわ」
キャロは、はっきりと答えた。
「これは、“私の意志”ではなく、“ここに生きる者全員の意志”ですもの」
***
夜。
キャロは、いつもの席に戻っていた。
「ぬくもりは……」
ぽつりと呟く。
「奪われるものではありませんの」
守ると決めた人間が、
手放さないと決めた場所が、
それを“価値あるもの”にする。
ヴァルトは、静かに言った。
「王都は、激しく反発するでしょう」
「ええ。でも」
キャロは、微笑んだ。
「もう戻れませんわ。ここまで来たら」
暖炉の火は、今日も変わらず、あたたかい。
だがそのぬくもりは、
ただ与えられるものではなく――
選び、守り、分かち合う者のためにだけ、
存在していた。
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