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第37話 平穏の裏で、雪は音を立てずに積もる
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第37話 平穏の裏で、雪は音を立てずに積もる
調査団が去ってから、三日。
極寒監獄は、驚くほど穏やかだった。
警鐘もなく、異常報告もなく、雪はただ静かに降り続く。
「……静かすぎますわね」
キャロは温室で本を閉じ、紅茶のカップを指先で回した。
「ええ。嵐の前触れのようにも感じます」
ヴァルトは、窓の外から視線を戻す。
「調査団の報告が王都に届くまで、通常はもう少しざわつくものですが」
「“問題なし”という報告ほど、人の神経を逆なでするものはありませんの」
キャロは、くすりと笑った。
「壊せないと分かった瞬間、人は“遠回し”を考え始めますわ」
***
午前。
倉庫の在庫点検が行われた。
「……数は合っています。ですが」
担当者が言葉を選ぶ。
「搬入予定だった燃料が、今日になって突然、延期になりました」
「理由は?」
「王都側の輸送手配の遅れ、とだけ」
キャロは、紅茶を一口。
「来ましたわね。“遅らせる”という選択」
「止めるのではなく、遅らせる……」
「ええ。寒さは、待ってくれませんから」
***
昼。
医務室でも、同様の報告があった。
「常備薬の一部が、補充未定です」
「数量は?」
「すぐに不足するほどではありませんが……」
キャロは、静かに頷いた。
「問題ありません。
“今すぐ困らない”程度が、一番いやらしいですわ」
***
午後。
キャロはヴァルトを呼び、地図を広げた。
「輸送路を三本、把握していますね?」
「はい。王都経由が一本、北回りが一本、商人ルートが一本」
「王都経由が止まった以上――」
キャロは指先で線をなぞる。
「北回りと商人ルートを、表に出しましょう」
「ですが、費用が……」
「かかりますわ。でも」
彼女は、穏やかに微笑む。
「凍えるより、安いですもの」
***
夕刻。
追加発注の書類が、淡々と処理されていく。
「商会から、即応の返事が来ました」
「早いですわね」
「“この監獄は、支払いが確実だ”と」
キャロは、満足そうに頷いた。
「信用は、あたたかい通貨ですの」
***
夜。
暖炉の前。
キャロは毛布に包まり、少しだけ真顔になった。
「ヴァルト。
今回の件……」
「はい」
「敵意ではありません。
“様子見”です」
ヴァルトは、理解していた。
「圧をかけ、反応を見る」
「ええ。だからこそ――」
キャロは、静かに言う。
「過剰に怒らず、過剰に怯えず。
ただ、先回りしますの」
***
就寝前。
外では、雪が音もなく積もっていく。
キャロは目を閉じる前、ぽつりと呟いた。
「平穏は、守られているから平穏なのですわ」
炎が揺れ、部屋はあたたかい。
けれど、彼女はもう知っている。
――本当の寒さは、音を立てずに近づく。
だからこそ、
極寒監獄は今夜も、静かに、確実に、ぬくもりを積み重ねていた。
調査団が去ってから、三日。
極寒監獄は、驚くほど穏やかだった。
警鐘もなく、異常報告もなく、雪はただ静かに降り続く。
「……静かすぎますわね」
キャロは温室で本を閉じ、紅茶のカップを指先で回した。
「ええ。嵐の前触れのようにも感じます」
ヴァルトは、窓の外から視線を戻す。
「調査団の報告が王都に届くまで、通常はもう少しざわつくものですが」
「“問題なし”という報告ほど、人の神経を逆なでするものはありませんの」
キャロは、くすりと笑った。
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担当者が言葉を選ぶ。
「搬入予定だった燃料が、今日になって突然、延期になりました」
「理由は?」
「王都側の輸送手配の遅れ、とだけ」
キャロは、紅茶を一口。
「来ましたわね。“遅らせる”という選択」
「止めるのではなく、遅らせる……」
「ええ。寒さは、待ってくれませんから」
***
昼。
医務室でも、同様の報告があった。
「常備薬の一部が、補充未定です」
「数量は?」
「すぐに不足するほどではありませんが……」
キャロは、静かに頷いた。
「問題ありません。
“今すぐ困らない”程度が、一番いやらしいですわ」
***
午後。
キャロはヴァルトを呼び、地図を広げた。
「輸送路を三本、把握していますね?」
「はい。王都経由が一本、北回りが一本、商人ルートが一本」
「王都経由が止まった以上――」
キャロは指先で線をなぞる。
「北回りと商人ルートを、表に出しましょう」
「ですが、費用が……」
「かかりますわ。でも」
彼女は、穏やかに微笑む。
「凍えるより、安いですもの」
***
夕刻。
追加発注の書類が、淡々と処理されていく。
「商会から、即応の返事が来ました」
「早いですわね」
「“この監獄は、支払いが確実だ”と」
キャロは、満足そうに頷いた。
「信用は、あたたかい通貨ですの」
***
夜。
暖炉の前。
キャロは毛布に包まり、少しだけ真顔になった。
「ヴァルト。
今回の件……」
「はい」
「敵意ではありません。
“様子見”です」
ヴァルトは、理解していた。
「圧をかけ、反応を見る」
「ええ。だからこそ――」
キャロは、静かに言う。
「過剰に怒らず、過剰に怯えず。
ただ、先回りしますの」
***
就寝前。
外では、雪が音もなく積もっていく。
キャロは目を閉じる前、ぽつりと呟いた。
「平穏は、守られているから平穏なのですわ」
炎が揺れ、部屋はあたたかい。
けれど、彼女はもう知っている。
――本当の寒さは、音を立てずに近づく。
だからこそ、
極寒監獄は今夜も、静かに、確実に、ぬくもりを積み重ねていた。
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