7 / 30
第7話 外なのに、ではありませんの
しおりを挟む
第7話 外なのに、ではありませんの
火の匂いに、最初に気づいたのはアルフェッタ自身だった。
庭に出ると、まだ火は起こされていない。けれど、乾いた薪の香りと、金属のほのかな匂いが混じり合い、これから始まる時間を予感させていた。
「……今日は、外で食べましょうか」
それは思いつきだった。
計画でも、催しでもない。
昨日、川辺で過ごした時間が心地よく、その余韻がまだ身体に残っていただけだ。
呼び出された料理長は、庭に設えられた簡素な焚き火台を一瞥し、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「屋外で、でございますか」
「ええ」
アルフェッタは頷く。
「特別なことは、しませんわ。
いつも通りで、外なだけですの」
料理長は、その言葉を反芻するように顎に手を当て、それから静かに笑った。
「承知いたしました。
火の癖はありますが……扱えないほどではございません」
使用人たちが手際よく準備を進める。
薪が組まれ、火打ち石が鳴り、やがて火が息を吹き返す。炎は最初こそ不安定だったが、料理長の合図一つで落ち着きを取り戻した。
アルフェッタは少し離れた椅子に腰を下ろし、その様子を眺める。
誰も慌てない。誰も張り切らない。屋内での調理と変わらない所作が、ただ空の下で行われているだけだ。
(これでいいのですわ)
アウトドアと聞くと、多くの人は「非日常」を演出したがる。
準備に時間をかけ、普段と違う自分を演じる。
(でも、今日は“非日常”にする気がありませんの)
火が安定すると、下拵えされた魚と肉が順に網に乗せられた。
脂が落ち、炎が小さく跳ねる。香りが、庭の空気に溶け込んでいく。
侍女の一人が、思わず声を漏らした。
「……外なのに、美味しそう……」
アルフェッタは、その言葉を聞いて首を横に振る。
「外なのに、ではありませんの」
少し間を置いて、はっきりと告げる。
「外だから、ですわ」
侍女は目を瞬かせ、料理長は火を見つめたまま、深く頷いた。
「確かに……。
屋内では、ここまで火が呼吸しません」
焼き上がった魚が皿に並ぶ。
皮は香ばしく、身はしっとりとしている。
一口食べたアルフェッタは、思わず息を吐いた。
「……ええ。
外だから、完成する味がありますわね」
それは偶然ではない。
風、温度、湿度、音。
それらすべてが、料理の一部として働いている。
食事は静かに進む。
誰も感想を競わず、誰も盛り上げようとしない。
ただ、美味しいものを、気持ちのいい場所で食べている。
(これが“頑張らない贅沢”ですわ)
外で食べるからといって、無理に自分で作る必要はない。
楽しむために、疲れる理由はどこにもない。
「……プロに任せるのも、立派な選択ですわね」
ぽつりと呟くと、料理長は控えめに微笑んだ。
「そのように仰っていただけると、励みになります」
食後、火が落ち着くのを待ちながら、アルフェッタは空を見上げた。
雲がゆっくりと流れ、風が頬を撫でる。
「……これ、イベントではありませんわね」
「はい」
料理長は即答する。
「いつもの延長でございます」
アルフェッタは満足そうに頷いた。
「それで、いいのですわ」
特別にしないから、続く。
続くから、力が入らない。
力が入らないから、またやりたくなる。
庭も、森も、川も。
そして、外での食事も。
すべてが、彼女にとって――
生活の一部になりつつあった。
異世界転生生活七日目。
アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。
けれど確かに――
“外で生きる感覚”を、身体に馴染ませていた。
火の匂いに、最初に気づいたのはアルフェッタ自身だった。
庭に出ると、まだ火は起こされていない。けれど、乾いた薪の香りと、金属のほのかな匂いが混じり合い、これから始まる時間を予感させていた。
「……今日は、外で食べましょうか」
それは思いつきだった。
計画でも、催しでもない。
昨日、川辺で過ごした時間が心地よく、その余韻がまだ身体に残っていただけだ。
呼び出された料理長は、庭に設えられた簡素な焚き火台を一瞥し、ほんの一瞬だけ間を置いた。
「屋外で、でございますか」
「ええ」
アルフェッタは頷く。
「特別なことは、しませんわ。
いつも通りで、外なだけですの」
料理長は、その言葉を反芻するように顎に手を当て、それから静かに笑った。
「承知いたしました。
火の癖はありますが……扱えないほどではございません」
使用人たちが手際よく準備を進める。
薪が組まれ、火打ち石が鳴り、やがて火が息を吹き返す。炎は最初こそ不安定だったが、料理長の合図一つで落ち着きを取り戻した。
アルフェッタは少し離れた椅子に腰を下ろし、その様子を眺める。
誰も慌てない。誰も張り切らない。屋内での調理と変わらない所作が、ただ空の下で行われているだけだ。
(これでいいのですわ)
アウトドアと聞くと、多くの人は「非日常」を演出したがる。
準備に時間をかけ、普段と違う自分を演じる。
(でも、今日は“非日常”にする気がありませんの)
火が安定すると、下拵えされた魚と肉が順に網に乗せられた。
脂が落ち、炎が小さく跳ねる。香りが、庭の空気に溶け込んでいく。
侍女の一人が、思わず声を漏らした。
「……外なのに、美味しそう……」
アルフェッタは、その言葉を聞いて首を横に振る。
「外なのに、ではありませんの」
少し間を置いて、はっきりと告げる。
「外だから、ですわ」
侍女は目を瞬かせ、料理長は火を見つめたまま、深く頷いた。
「確かに……。
屋内では、ここまで火が呼吸しません」
焼き上がった魚が皿に並ぶ。
皮は香ばしく、身はしっとりとしている。
一口食べたアルフェッタは、思わず息を吐いた。
「……ええ。
外だから、完成する味がありますわね」
それは偶然ではない。
風、温度、湿度、音。
それらすべてが、料理の一部として働いている。
食事は静かに進む。
誰も感想を競わず、誰も盛り上げようとしない。
ただ、美味しいものを、気持ちのいい場所で食べている。
(これが“頑張らない贅沢”ですわ)
外で食べるからといって、無理に自分で作る必要はない。
楽しむために、疲れる理由はどこにもない。
「……プロに任せるのも、立派な選択ですわね」
ぽつりと呟くと、料理長は控えめに微笑んだ。
「そのように仰っていただけると、励みになります」
食後、火が落ち着くのを待ちながら、アルフェッタは空を見上げた。
雲がゆっくりと流れ、風が頬を撫でる。
「……これ、イベントではありませんわね」
「はい」
料理長は即答する。
「いつもの延長でございます」
アルフェッタは満足そうに頷いた。
「それで、いいのですわ」
特別にしないから、続く。
続くから、力が入らない。
力が入らないから、またやりたくなる。
庭も、森も、川も。
そして、外での食事も。
すべてが、彼女にとって――
生活の一部になりつつあった。
異世界転生生活七日目。
アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。
けれど確かに――
“外で生きる感覚”を、身体に馴染ませていた。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。
学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。
「好都合だわ。これでお役御免だわ」
――…はずもなかった。
婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。
大切なのは兄と伯爵家だった。
何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。
心のよりどころは絵だけ。
それなのに、利き手を壊され描けなくなった。
すべてを失った私は――
※他サイトに掲載
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる