婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ

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第7話 外なのに、ではありませんの

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第7話 外なのに、ではありませんの

 火の匂いに、最初に気づいたのはアルフェッタ自身だった。

 庭に出ると、まだ火は起こされていない。けれど、乾いた薪の香りと、金属のほのかな匂いが混じり合い、これから始まる時間を予感させていた。

「……今日は、外で食べましょうか」

 それは思いつきだった。
 計画でも、催しでもない。
 昨日、川辺で過ごした時間が心地よく、その余韻がまだ身体に残っていただけだ。

 呼び出された料理長は、庭に設えられた簡素な焚き火台を一瞥し、ほんの一瞬だけ間を置いた。

「屋外で、でございますか」

「ええ」

 アルフェッタは頷く。

「特別なことは、しませんわ。
 いつも通りで、外なだけですの」

 料理長は、その言葉を反芻するように顎に手を当て、それから静かに笑った。

「承知いたしました。
 火の癖はありますが……扱えないほどではございません」

 使用人たちが手際よく準備を進める。
 薪が組まれ、火打ち石が鳴り、やがて火が息を吹き返す。炎は最初こそ不安定だったが、料理長の合図一つで落ち着きを取り戻した。

 アルフェッタは少し離れた椅子に腰を下ろし、その様子を眺める。
 誰も慌てない。誰も張り切らない。屋内での調理と変わらない所作が、ただ空の下で行われているだけだ。

(これでいいのですわ)

 アウトドアと聞くと、多くの人は「非日常」を演出したがる。
 準備に時間をかけ、普段と違う自分を演じる。

(でも、今日は“非日常”にする気がありませんの)

 火が安定すると、下拵えされた魚と肉が順に網に乗せられた。
 脂が落ち、炎が小さく跳ねる。香りが、庭の空気に溶け込んでいく。

 侍女の一人が、思わず声を漏らした。

「……外なのに、美味しそう……」

 アルフェッタは、その言葉を聞いて首を横に振る。

「外なのに、ではありませんの」

 少し間を置いて、はっきりと告げる。

「外だから、ですわ」

 侍女は目を瞬かせ、料理長は火を見つめたまま、深く頷いた。

「確かに……。
 屋内では、ここまで火が呼吸しません」

 焼き上がった魚が皿に並ぶ。
 皮は香ばしく、身はしっとりとしている。
 一口食べたアルフェッタは、思わず息を吐いた。

「……ええ。
 外だから、完成する味がありますわね」

 それは偶然ではない。
 風、温度、湿度、音。
 それらすべてが、料理の一部として働いている。

 食事は静かに進む。
 誰も感想を競わず、誰も盛り上げようとしない。

 ただ、美味しいものを、気持ちのいい場所で食べている。

(これが“頑張らない贅沢”ですわ)

 外で食べるからといって、無理に自分で作る必要はない。
 楽しむために、疲れる理由はどこにもない。

「……プロに任せるのも、立派な選択ですわね」

 ぽつりと呟くと、料理長は控えめに微笑んだ。

「そのように仰っていただけると、励みになります」

 食後、火が落ち着くのを待ちながら、アルフェッタは空を見上げた。
 雲がゆっくりと流れ、風が頬を撫でる。

「……これ、イベントではありませんわね」

「はい」

 料理長は即答する。

「いつもの延長でございます」

 アルフェッタは満足そうに頷いた。

「それで、いいのですわ」

 特別にしないから、続く。
 続くから、力が入らない。
 力が入らないから、またやりたくなる。

 庭も、森も、川も。
 そして、外での食事も。

 すべてが、彼女にとって――
 生活の一部になりつつあった。

 異世界転生生活七日目。
 アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。

 けれど確かに――
 “外で生きる感覚”を、身体に馴染ませていた。
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