婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ

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第6話 庭も森も川も、生活圏ですわ

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第6話 庭も森も川も、生活圏ですわ

 目を覚ましたとき、アルフェッタはまず「音」に気づいた。

 鳥の声。
 葉が擦れ合う、かすかな風の音。
 遠くから、一定のリズムで聞こえてくる水の流れ。

「……静かですわね」

 そう呟いてから、ふと笑う。
 いいえ、正確には「静か」ではない。音は確かにある。ただ、それらがすべて心地よく、邪魔にならないだけだ。

 カーテンを少しだけ開けると、昼の光が部屋に流れ込んできた。
 時計に目をやると、針はすでに正午を回っている。

「完璧ですわ」

 朝寝坊専用の病弱ごっこは、今日も問題なく成功したらしい。
 侍女が様子を見に来た形跡はあるが、扉は静かに閉じられ、無理に起こされることもなかった。

(午前中は、存在しないものとして扱われていますわね)

 それでいい。
 むしろ、それがいい。

 ゆっくりと身支度を整え、軽めの昼食を済ませる。
 量は控えめだが、不足感はない。後で外に出るつもりだからだ。

 扉を開け、外へ。

 その瞬間、空気が変わる。
 屋内とはまるで違う、温度と匂いと湿度。

(……やっぱり、外は別世界ですわ)

 庭に足を踏み入れる。
 よく手入れされた芝生は、踏むとわずかに沈み、反発する。歩くだけで、身体の力が自然と抜けていく。

 以前の彼女なら、この庭を「鑑賞用」としか見ていなかっただろう。
 広くて、立派で、見せるためのもの。

 けれど今は違う。

(座れる)
(歩ける)
(寝転べる)

 それだけで、十分に「使える」。

 アルフェッタは靴を脱ぎ、芝生の上に直接腰を下ろした。
 服が汚れる? あとで洗えばいい。

「……椅子、要りませんわね」

 そう言って、芝生に手をつく。
 土の冷たさと、草の柔らかさが混ざった感触。

(こういう感覚)
(前は、無意識に避けていましたわね)

 貴族らしくない。
 行儀が悪い。
 汚れる。

 そうやって、使えるものを使わずにいた。

(もったいない話ですわ)

 立ち上がり、今度は森へ向かう。
 庭から続く小径は、よく見ればちゃんと整備されているが、ほとんど使われていない気配があった。

 数歩進むだけで、空気が変わる。
 木々の影が増え、温度が少し下がる。

「……涼しいですわね」

 昼でも、ここなら長居できそうだ。
 木陰は自然の屋根で、風が通り抜ける。

(ここは、散歩用)
(あるいは、考え事用)

 用途が自然と頭に浮かぶ。

 さらに奥へ進むと、水音がはっきりしてきた。
 敷地内を流れる川だ。

 川辺に立ち、流れを見下ろす。
 透明な水の中を、小さな魚が群れをなして泳いでいる。

「……釣れそうですわね」

 言ってから、くすりと笑う。

(釣るかどうかは、また別として)

 大事なのは、「できる」と分かることだ。

 庭、森、川。
 これらは全部、移動に馬車も許可もいらない。

(……全部、生活圏ですわ)

 イベントにする必要も、準備する必要もない。
 思い立ったら、出ればいい。

 アルフェッタは川辺の石に腰を下ろし、流れを眺めた。

(アウトドアって)
(本来、こういうものでは?)

 気合を入れるものではなく、
 頑張るものでもなく、
 ただ、外にいるだけ。

 しばらくして、彼女は立ち上がった。
 満足したから、ではない。

(また来ればいい)

 そう思えることが、心地よかった。

 屋敷へ戻る道すがら、庭全体を見渡す。

「……贅沢、ではありませんわね」

 ぽつりと呟く。

「環境ですわ」

 使わなければ、ただの背景。
 使えば、生活の一部。

 異世界転生生活六日目。
 アルフェッタは今日も、何かを成し遂げてはいない。

 けれど確かに――
 世界の使い方を、一つ覚えた。
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