婚約破棄で異世界転生を100倍楽しむ方法 ‐漫画喫茶は教育機関ではありません‐

ふわふわ

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第18話 文字が読めない人が多い世界

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第18話 文字が読めない人が多い世界

 アルフェッタがそれに気づいたのは、ほんの些細な出来事からだった。

 庭の一角に置いた読書用の椅子。
 そこへ、侍女の一人が静かに近づいてきた。

「……失礼いたします。
 こちらの本、少し拝見してもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

 そう答えたものの、アルフェッタは次の瞬間、わずかな違和感を覚えた。

 侍女は本を開いた。
 だが、ページをめくる手が止まり、視線が紙の上を彷徨っている。

 読む、というより――
 眺めている。

(あら……?)

 しばらくして、侍女はそっと本を閉じ、丁寧に戻した。

「……ありがとうございます。
 とても、立派な本でございますね」

 言葉は丁寧だが、どこか距離がある。

 アルフェッタは、やんわりと尋ねた。

「……難しかったかしら?」

 侍女は一瞬だけ迷い、そして正直に答えた。

「……文字を、あまり読めないのです」

 その言葉は、静かだった。
 言い訳も、恥じらいも含まれていない。

 事実を、事実として述べただけ。

 アルフェッタは、少しだけ目を瞬かせた。

(そう、でしたわね)

 考えてみれば、当然だ。

 貴族や学者を除けば、
 文字を自在に読み書きできる人間は、決して多くない。

 教育は高価で、時間もかかる。
 生活に追われる庶民にとって、文字は「余裕の証」だった。

 侍女が去った後、アルフェッタは読書部屋に戻り、本棚を見渡した。

 整然と並ぶ書籍。
 どれも価値があり、知識に満ちている。

(でも……)

(これ、誰のための本棚ですの?)

 自分のため?
 それもある。

 だが、もし「落ち着ける場所」を作るのなら、
 そこに来る人を、無意識に選別してしまってはいないだろうか。

(文字が読めないだけで)
(入れない場所になるのは……少し、違いますわね)

 アルフェッタは、前世の記憶を辿る。

 本を読む場所。
 けれど、本は必ずしも文字だけではなかった。

(……絵)

 思いついた瞬間、世界が少しだけ広がった気がした。

 絵なら、読める。
 いや、読まなくても分かる。

 年齢も、教育も関係ない。

 アルフェッタは、何も書かれていない紙を一枚取り出し、
 試しに、簡単な線を引いてみる。

 丸。
 三角。
 四角。

(意味は、まだありませんわ)

 けれど、形は目に入る。
 理解は、文字よりも先に来る。

(物語は、文字だけのものではありませんのね)

 読み聞かせ。
 芝居。
 壁画。

 この世界にも、
 文字に頼らない物語の伝え方は、昔から存在していた。

 ならば――

(本という形に、絵を閉じ込めたら?)

 アルフェッタは、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。

 それは使命感ではない。
 義務感でもない。

 ただ――
 面白そう。

(文字が読めないから、入れない場所ではなく)
(文字が読めなくても、楽しめる場所)

 それは、自分が作りたい「落ち着ける場所」の延長だった。

 アルフェッタは、侍女を呼び止めた。

「少し、伺ってもいいかしら」

「はい、何なりと」

「……この屋敷で、文字を読める方は、どれくらい?」

 侍女は、少し考え、答えた。

「読み書きができる者は……半分ほどかと。
 流暢となると、さらに減ります」

 アルフェッタは、静かに頷いた。

(思ったより、少ないですわね)

 それでも、不便は感じない。
 仕事は回る。
 生活も成り立つ。

 だからこそ、
 「読めない」は問題にならない。

(……なら)

(問題にしなくてもいい方法を、作ればいい)

 アルフェッタは、庭へ出た。
 いつもの椅子に腰を下ろし、空を見る。

(文字は、後からついてくるもの)

 まずは、楽しいこと。
 面白いこと。

 そこに触れたい、と思えれば、
 人は自然と、学ぼうとする。

 無理に教える必要はない。

(絵なら)
(最初の扉に、なれますわ)

 アルフェッタは、ゆっくりと息を吐いた。

 異世界転生生活十八日目。
 彼女は今日も、何かを始めてはいない。

 けれど確かに――
 「誰でも入れる場所」の条件を、一つ見つけてしまった。

 それは、
 この世界に「マンガ喫茶」が生まれる、
 最初の、静かなきっかけだった。
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