18 / 30
第18話 文字が読めない人が多い世界
しおりを挟む
第18話 文字が読めない人が多い世界
アルフェッタがそれに気づいたのは、ほんの些細な出来事からだった。
庭の一角に置いた読書用の椅子。
そこへ、侍女の一人が静かに近づいてきた。
「……失礼いたします。
こちらの本、少し拝見してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
そう答えたものの、アルフェッタは次の瞬間、わずかな違和感を覚えた。
侍女は本を開いた。
だが、ページをめくる手が止まり、視線が紙の上を彷徨っている。
読む、というより――
眺めている。
(あら……?)
しばらくして、侍女はそっと本を閉じ、丁寧に戻した。
「……ありがとうございます。
とても、立派な本でございますね」
言葉は丁寧だが、どこか距離がある。
アルフェッタは、やんわりと尋ねた。
「……難しかったかしら?」
侍女は一瞬だけ迷い、そして正直に答えた。
「……文字を、あまり読めないのです」
その言葉は、静かだった。
言い訳も、恥じらいも含まれていない。
事実を、事実として述べただけ。
アルフェッタは、少しだけ目を瞬かせた。
(そう、でしたわね)
考えてみれば、当然だ。
貴族や学者を除けば、
文字を自在に読み書きできる人間は、決して多くない。
教育は高価で、時間もかかる。
生活に追われる庶民にとって、文字は「余裕の証」だった。
侍女が去った後、アルフェッタは読書部屋に戻り、本棚を見渡した。
整然と並ぶ書籍。
どれも価値があり、知識に満ちている。
(でも……)
(これ、誰のための本棚ですの?)
自分のため?
それもある。
だが、もし「落ち着ける場所」を作るのなら、
そこに来る人を、無意識に選別してしまってはいないだろうか。
(文字が読めないだけで)
(入れない場所になるのは……少し、違いますわね)
アルフェッタは、前世の記憶を辿る。
本を読む場所。
けれど、本は必ずしも文字だけではなかった。
(……絵)
思いついた瞬間、世界が少しだけ広がった気がした。
絵なら、読める。
いや、読まなくても分かる。
年齢も、教育も関係ない。
アルフェッタは、何も書かれていない紙を一枚取り出し、
試しに、簡単な線を引いてみる。
丸。
三角。
四角。
(意味は、まだありませんわ)
けれど、形は目に入る。
理解は、文字よりも先に来る。
(物語は、文字だけのものではありませんのね)
読み聞かせ。
芝居。
壁画。
この世界にも、
文字に頼らない物語の伝え方は、昔から存在していた。
ならば――
(本という形に、絵を閉じ込めたら?)
アルフェッタは、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
それは使命感ではない。
義務感でもない。
ただ――
面白そう。
(文字が読めないから、入れない場所ではなく)
(文字が読めなくても、楽しめる場所)
それは、自分が作りたい「落ち着ける場所」の延長だった。
アルフェッタは、侍女を呼び止めた。
「少し、伺ってもいいかしら」
「はい、何なりと」
「……この屋敷で、文字を読める方は、どれくらい?」
侍女は、少し考え、答えた。
「読み書きができる者は……半分ほどかと。
流暢となると、さらに減ります」
アルフェッタは、静かに頷いた。
(思ったより、少ないですわね)
それでも、不便は感じない。
仕事は回る。
生活も成り立つ。
だからこそ、
「読めない」は問題にならない。
(……なら)
(問題にしなくてもいい方法を、作ればいい)
アルフェッタは、庭へ出た。
いつもの椅子に腰を下ろし、空を見る。
(文字は、後からついてくるもの)
まずは、楽しいこと。
面白いこと。
そこに触れたい、と思えれば、
人は自然と、学ぼうとする。
無理に教える必要はない。
(絵なら)
(最初の扉に、なれますわ)
アルフェッタは、ゆっくりと息を吐いた。
異世界転生生活十八日目。
彼女は今日も、何かを始めてはいない。
けれど確かに――
「誰でも入れる場所」の条件を、一つ見つけてしまった。
それは、
この世界に「マンガ喫茶」が生まれる、
最初の、静かなきっかけだった。
アルフェッタがそれに気づいたのは、ほんの些細な出来事からだった。
庭の一角に置いた読書用の椅子。
そこへ、侍女の一人が静かに近づいてきた。
「……失礼いたします。
こちらの本、少し拝見してもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
そう答えたものの、アルフェッタは次の瞬間、わずかな違和感を覚えた。
侍女は本を開いた。
だが、ページをめくる手が止まり、視線が紙の上を彷徨っている。
読む、というより――
眺めている。
(あら……?)
しばらくして、侍女はそっと本を閉じ、丁寧に戻した。
「……ありがとうございます。
とても、立派な本でございますね」
言葉は丁寧だが、どこか距離がある。
アルフェッタは、やんわりと尋ねた。
「……難しかったかしら?」
侍女は一瞬だけ迷い、そして正直に答えた。
「……文字を、あまり読めないのです」
その言葉は、静かだった。
言い訳も、恥じらいも含まれていない。
事実を、事実として述べただけ。
アルフェッタは、少しだけ目を瞬かせた。
(そう、でしたわね)
考えてみれば、当然だ。
貴族や学者を除けば、
文字を自在に読み書きできる人間は、決して多くない。
教育は高価で、時間もかかる。
生活に追われる庶民にとって、文字は「余裕の証」だった。
侍女が去った後、アルフェッタは読書部屋に戻り、本棚を見渡した。
整然と並ぶ書籍。
どれも価値があり、知識に満ちている。
(でも……)
(これ、誰のための本棚ですの?)
自分のため?
それもある。
だが、もし「落ち着ける場所」を作るのなら、
そこに来る人を、無意識に選別してしまってはいないだろうか。
(文字が読めないだけで)
(入れない場所になるのは……少し、違いますわね)
アルフェッタは、前世の記憶を辿る。
本を読む場所。
けれど、本は必ずしも文字だけではなかった。
(……絵)
思いついた瞬間、世界が少しだけ広がった気がした。
絵なら、読める。
いや、読まなくても分かる。
年齢も、教育も関係ない。
アルフェッタは、何も書かれていない紙を一枚取り出し、
試しに、簡単な線を引いてみる。
丸。
三角。
四角。
(意味は、まだありませんわ)
けれど、形は目に入る。
理解は、文字よりも先に来る。
(物語は、文字だけのものではありませんのね)
読み聞かせ。
芝居。
壁画。
この世界にも、
文字に頼らない物語の伝え方は、昔から存在していた。
ならば――
(本という形に、絵を閉じ込めたら?)
アルフェッタは、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
それは使命感ではない。
義務感でもない。
ただ――
面白そう。
(文字が読めないから、入れない場所ではなく)
(文字が読めなくても、楽しめる場所)
それは、自分が作りたい「落ち着ける場所」の延長だった。
アルフェッタは、侍女を呼び止めた。
「少し、伺ってもいいかしら」
「はい、何なりと」
「……この屋敷で、文字を読める方は、どれくらい?」
侍女は、少し考え、答えた。
「読み書きができる者は……半分ほどかと。
流暢となると、さらに減ります」
アルフェッタは、静かに頷いた。
(思ったより、少ないですわね)
それでも、不便は感じない。
仕事は回る。
生活も成り立つ。
だからこそ、
「読めない」は問題にならない。
(……なら)
(問題にしなくてもいい方法を、作ればいい)
アルフェッタは、庭へ出た。
いつもの椅子に腰を下ろし、空を見る。
(文字は、後からついてくるもの)
まずは、楽しいこと。
面白いこと。
そこに触れたい、と思えれば、
人は自然と、学ぼうとする。
無理に教える必要はない。
(絵なら)
(最初の扉に、なれますわ)
アルフェッタは、ゆっくりと息を吐いた。
異世界転生生活十八日目。
彼女は今日も、何かを始めてはいない。
けれど確かに――
「誰でも入れる場所」の条件を、一つ見つけてしまった。
それは、
この世界に「マンガ喫茶」が生まれる、
最初の、静かなきっかけだった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されるはずでしたが、王太子の目の前で皇帝に攫われました』
鷹 綾
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
--
何もしない公爵夫人ですが、なぜか屋敷がうまく回っています
鷹 綾
恋愛
辺境公爵カーネル・クリスの妻となったフィレ・バーナード。
けれど彼女は、屋敷を仕切ることも、改革を行うことも、声高に意見を述べることもしなかった。
指示を出さない。
判断を奪わない。
必要以上に関わらない。
「何もしない夫人」として、ただ静かにそこにいるだけ。
それなのに――
いつの間にか屋敷は落ち着き、
使用人たちは迷わなくなり、
人は出入りし、戻り、また進んでいくようになる。
誰かに依存しない。
誰かを支配しない。
それでも確かに“安心できる場所”は、彼女の周りに残っていた。
必要とされなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
それでも、ここにいていい。
これは、
「何もしない」ことで壊れなかった関係と、
「奪わない」ことで続いていった日常を描く、
静かでやさしい結婚生活の物語。
巻き込まれて婚約破棄になった私は静かに舞台を去ったはずが、隣国の王太子に溺愛されてしまった!
ユウ
恋愛
伯爵令嬢ジゼルはある騒動に巻き込まれとばっちりに合いそうな下級生を庇って大怪我を負ってしまう。
学園内での大事件となり、体に傷を負った事で婚約者にも捨てられ、学園にも居場所がなくなった事で悲しみに暮れる…。
「好都合だわ。これでお役御免だわ」
――…はずもなかった。
婚約者は他の女性にお熱で、死にかけた婚約者に一切の関心もなく、学園では派閥争いをしており正直どうでも良かった。
大切なのは兄と伯爵家だった。
何かも失ったジゼルだったが隣国の王太子殿下に何故か好意をもたれてしまい波紋を呼んでしまうのだった。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~
遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。
「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」
彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。
瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット!
彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる!
その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。
一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。
知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!
ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない
魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。
そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。
ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。
イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。
ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。
いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。
離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。
「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」
予想外の溺愛が始まってしまう!
(世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!
すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
水川サキ
恋愛
家族にも婚約者にも捨てられた。
心のよりどころは絵だけ。
それなのに、利き手を壊され描けなくなった。
すべてを失った私は――
※他サイトに掲載
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる